第三十話「大攻勢」
第三十話「大攻勢」
「今のところ尾宇美に大きな動きは無いみたいだな」
岐羽嶌領は烏峰城の一段高い玉座から聞く俺。
「はい、天都原軍の手によって尾宇美城前平原に簡易的な城を築かれてしまって以降、戦況は膠着状態です」
段下の正面に立って答えるのは俺の側近、宗三 壱だ。
「一夜城ね、小癪な真似をするな」
俺の暗殺騒ぎから数日も経たずに攻め込んできた天都原軍との睨み合いは、もう四日ほどになる。
十三万という大軍勢で攻め寄せた天都原軍とそれを迎え撃つ五万五千の尾宇美城軍。
尾宇美の臨海軍を率いるのは鈴原 真琴だ。
堅牢で知られる尾宇美城を前に、数に勝る天都原軍も当初は距離を取って様子見であったが、ある早朝、尾宇美平原には城が出来上がっていた。
簡易的ながらも取りあえずは十分に用を足すだろうその城、物見の監視を出し抜いて、闇中にて僅か一晩で出現した出城の建造方法は……
――まぁ、俺が陽子との戦いで、山中で船を仕立てさせたのと同じ手法だろう
加工済みの木材などを予め軍備と一緒に運び込み、闇中に紛れて速攻で組み立てた。
――要はプレハブ工法だ
「あの妖怪ジジイの入れ知恵だろうな、ちっ」
早速、一本取られた俺は少々機嫌が悪かった。
「拠点を築かれてしまったのは不本意ですが、尾宇美を攻めた天都原軍は大軍勢のうえに猛将揃い、迂闊に打って出なかったのは正解でしょう」
ふて腐れた表情で頬杖を着いた俺に壱は言う。
――確かに、今の段階では尾宇美城という指折りの堅城を前面に、守りに徹するのが上策だ
「尾宇美を攻めた天都原軍の主立った面子は?」
壱に取りなされるまでもなく、俺は真琴に落ち度があったわけでは無いと解っていたので、簡易城の問題は流して質問を先に進めた。
「攻め手の総大将は阿薙 忠隆。副将に中冨 星志朗、麾下の将軍で目立つのは平山 行造と中冨 伝士朗、後は……次花 臆彪と報告されております」
「鬼阿薙が大将に副将にあの軍略の天才かよ、十剣が三人も居るうえに日向の鶚”の異名を誇る名将、次花 臆彪までとはなぁ……」
――確かに超ヤバイ面子だ
「いち戦場にこの量と質、やはり尾宇美攻めが敵の主力部隊だと思うか?」
「間違いないでしょう」
俺の質問に即答した壱はそのまま、床に置いていた身長よりも高い巻物を晴天の下でシーツを乾かすが如き動きで振るう。
――ブワッ
途端に床に勢いよく巨大な地図が広げられ、
――
「天都原軍は戦力を三軍に分けて侵攻しています。一軍は先だって話に出ました尾宇美攻めの部隊。、二軍は南下しているとの事ですから恐らく目的は九郎江でしょう。どちらも後方である天都原領都、斑鳩領から出ております。そして斑鳩領の最東端に在る篠山城に大元帥、藤桐 光友が直々に兵を率いて大本営を敷いたとの報告も」
――本人がねぇ?なんとも勇ましいことだが……
「それだけ自信があるってことだろう。それで残る三軍の行方は……日乃か」
「はい、ご明察の通りです。そちらは支篤の旧南阿領から海路で攻め寄せております」
――ちっ、蟹甲楼が在るからガンガン攻められるってか!?
難攻不落の海上要塞”蟹甲楼”
それにその後方には支篤の旧南阿領から補給は万全と……
「…………」
――三方同時侵攻か
心中で俺は思わず舌打ちをする。
天都原の侵攻は予測通りとは言え、こうも同時でさらに全て大攻勢だとは……
藤桐 光友もまたここが”天下分け目”だと良く理解っている!
天都原の全力を以て大戦に当たる判断だ。
俺も猪親に準備をさせてはいたが攻守が想定の逆とは……
「まぁな、猪親には海千山千の有馬 道己が付いているから当面はどうにか対応するだろうが、それでも我が臨海が北来との対応を急ぐのを見越して現場に暗殺者を向け、それが最上の結果とならなくても、最果ての地に別格の将であるペリカを引きつけることにはなる」
「尾宇美本戦への戦力を大幅に低下させる結果を招くためと……流石は”鵜貝 孫六”老ですね、その見識は常人の域を遙かに凌駕しております」
立場も個人的感情も置いた壱の偏り無い正統な評価に俺はそっぽを向く。
「単に嫌がらせばかりで人生の大半を埋め尽くしてきた碌でもないジジイだ」
対して、偏りまくった個人的感想を吐く俺。
――我が臨海も侵攻の用意はしていた……
「だが臨海としては特に小幅轟島の蟹甲楼から日乃へと先手を取られたのは痛いな」
「……最嘉様」
俺はまたも渋い表情で地図を見下ろしていた。
「他部隊の構成は?」
あまり聞きたくも無いが、そうもいかないのでさらに踏み込んで聞いてみる。
「はっ、二軍の総大将は鷹司 具教、副将に真加部 幹生。総兵力は約五万です。三軍は総大将に織江 慈斎、副将には元、南阿三傑であった長谷部 利一、同じく三傑であった織浦 一刀斎で総兵力は約八万と報告されております」
「……」
――なるほど、なるほど
俺は絨毯のような地図と睨めっこしてから顔を上げた。
「やっぱ聞かなきゃ良かった、はぁぁぁ」
「情報は正確です、流石は”蜻蛉”部隊ですね」
「…………」
弱音を吐く俺を完全に無視して話を進める宗三 壱。
「温存兵力を含めたら三十万以上の大兵力で攻め立てられてるんだぞ?弱音くらい聞いてくれて……」
「もう既に対抗策が胸中にお有りでしょう?時間は黄金よりも貴重ですから」
鰾膠もない。
「お前はそういう面白みの無い真面目男だったよな、くそ」
「お褒めに預かり光栄です。ではこれを……」
――ちっ!壱め、俺は熊原大神宮で置いてけぼりくらったのを何時までも覚えてるからな!この裏切り者め!!このセリヌンティウス!!
*注・セリヌンティウスは裏切り者とは真逆の人間です
「…………」
心中で真面目男を罵倒しつつ、俺は仕方なく再び地図に視線を落とした。
今更ながらだが、地図には後方支援地の状況や経路から、それに敵軍の進軍ルートまでが事細かに書き込まれている。
――さすが清奈さん、どこぞの裏切りセリヌンとは大違いだ!
*注・セリヌンティウスは裏切り者とは……
「うるさいな」
「は?」
「いや、なんでもない。それより……」
俺は流石に遊んでいる場合では無いと真面目に考える。
「現在、九郎江は熊谷 住吉が守っていたな?あの”熊ゴリラ”なら大丈夫だろう。なら援軍がいるのは尾宇美と日乃か。特に尾宇美は戦力差が著しいからな」
「九郎江も敵は倍以上の大軍ですが?」
「人海戦術ごとき、あの”脳筋・熊ゴリラ”なら大丈夫だって」
「攻め手に十剣が二人もおりますが?」
「あの”単細胞・脳筋・熊ゴリラ”ならなんとかするだろ?で……送れる援軍についてだが」
「…………そうですね、陸狗領や北来の備えとして比堅様と岩倉殿に行って頂きましたが、それ故に援軍に送れる将の質が難しいですね」
どんどん失礼な異名が加算されて行くのに呆れたのか?壱は諦めて話を進めた。
――陸狗方面は真仲 幸之丞を使ってある程度対応したが……
それでも統治して間もない北来も考えると、保険として武力と統率に長けた将軍が必要で、それに比堅 廉高と岩倉 遠海という老練なうえに未だに現役の猛将である二人を抜擢したのだ。
それもこれも――
焔の闘姫神たる覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥと白き砦、アルトォーヌ・サレン=ロアノフという武勇と知謀に抜きん出た将と、北来討伐に派兵していた兵力を幾分かでも戦場に得るためだ。
「文官気質の勘十郎だけで制圧したばかりの荒くれ者国家、北来を任せるのはキツいからな、仕方ない」
中々にカツカツな人事を行わざるを得ない俺の苦労に壱も渋い表情で頷く。
「しかし、そのペリカ様も未だ志那野にまでは戻られていない様子で、そこから尾宇美へとなると時間的にはギリギリでしょうか?」
「そうだな、かなり強行軍で急がせているがアレならなんとか間に合うだろう。そうすれば尾宇美も少しは楽になる」
――少しは……な
「このままですとペリカ様だけでなく志那野に常駐させている兵力まで遊ばせることになりますが……」
壱の言いたいことは解る。
だが……
「将があっての兵だ」
例え他の将に指揮させた志那野軍を合流させても、ペリカほどの将が率いなければその威力も半減以下、戦力低下は免れない。
「志那野兵の本戦合流は一時保留だ、焦りは兵を無駄死にさせる」
尾宇美の防衛には――
「鷦鷯城の一原 一枝も居るし、補修済みの耶摩代、平蜘蛛城にも兵力はある」
「では取りあえずは日乃に優先して援軍を?」
俺の言葉に壱はそう問うが、
――尾宇美も日乃も状況は切迫している!!
――直ぐに動かせる兵力は限られ……
「尾宇美だな」
だが俺はその問いに即決していた。
「尾宇美は我が臨海の要だ。直ぐに向かって現地で直接状況をさらに詳しく得る。然る後に日乃との今後の援軍比率を検討する。直ぐに出るぞ!」
「はっ!では直ぐに……」
俺の最終決断に宗三 壱は敬礼してから早速、背を向け……
「なにやってんだ?壱?出陣るのは俺だ」
「は?え?し、しかし……それは王たる最嘉様がここ岐羽嶌で全体の指揮を執られなければ……補給などの采配もありますし……」
グダグダと言う側近を無視して俺は席を立つ。
「危険過ぎますっ!!王である最嘉様がこの状況で最悪の最前線になどっ!!」
どうにか思い留まらせようとする壱に俺は既に歩きながら言った。
「忘れたか?宗三 壱。鈴原 最嘉は何時いかなる時も超の付く現場主義者なんだよ!」
第三十話「大攻勢」 END




