但馬激戦
岐阜城 信長の部屋
三好三人衆と龍興の企てた本圀寺の変も失敗に終わり4カ月。
寒かった冬も終わりを告げて暖かな5月の陽気が姿を見せ始めた。
再び織田家では平穏とまではいかないがのんびりとした日々が流れていた。
そんな、 麗らかな初夏。
藤吉郎はなぜか信長に呼び出された。
俺、 なんかしたっけな?
そんな不安にかられつつ信長の部屋の前に立つ。
「信長様っ! 藤吉郎です」
「入れっ!」
部屋から信長の返事が帰ってきた。
声音から怒っている様子は無い。
藤吉郎は少しホッとしながら襖を開けた。
「良く来たな。 まぁ座れ!」
「え? あ、はい」
おかしい、 なんか変に機嫌が良い。
正直、 ニコニコしてて気持ち悪い。
「で、 何ですか?」
「いや、 それよりまずは菓子でも食え」
「じ、 じゃあ頂きます……」
おい、 なんか嫌な予感してきたぞ。
この妙にふわついた雰囲気、 こんな時の信長様は……。
「猿、 これから城を落としてこい」
「は、 はぁっ!?」
とんでもない無茶ぶりしてくるんだった。
こんな無茶言っているのに信長は表情一つ変えない。
ふわふわしたままだ。
「い、 いくつ位ですか?」
「だいだい10位でいい。猶予は10日と行こう」
「10日で10城を落とせ!? 1日に1城じゃないですか! どうやったらそんな発想に……」
「まぁ、 聞け。 今、 毛利と大友が多々良浜で戦をしているのは知ってるな?」
「はい……」
「それで毛利の守備が手薄になった所をついて奪われた出雲の地を奪還せんと尼子家の残党が挙兵、 それを但馬の山名家が支援した」
「それがどうしたんですか?」
「それで山名を脅かして欲しいと但馬への出兵を毛利元就から受けた」
ついに藤吉郎は返答する事を諦めた。
「いやな、 毛利とはこれからも友好な関係を築きたいわけだ。 それにはこの依頼断る訳には……」
「信長様、 説得する気あります?」
「ん、 いや別に」
信長はなんらおかしな事は無いといった様子ですっとんきょうに答えた。
「やっぱり……別に俺がどんな返答しようと行かせる気だったんですね」
「当たり前だ、 猿に選択権などはなから与える気はない」
まったくこの人は……。
でも仕方ないな。
「別にいくつ落としても良いんですか?」
「もちろんだが?」
「なら15個落とします。 10日で15城」
この言葉で信長からふわふわした雰囲気が消えた。
ピりついた、 でもどこか楽しげな雰囲気が体から滲み出ている。
「兵は3万でいいか?」
「いや、 2万でいいです」
「何だと!? それでは少ないんじゃ」
「俺だってこんなに勝手にやられて黙ってる程、 人は良くないですよ」
「恨みは優秀な、 予想外の結果で返すと?」
「そんな所ですね」
しばらく藤吉郎と信長の間でアイコンタクトが行われた。
藤吉郎の挑戦的な視線と信長の楽しげな視線がぶつかる。
だが、 その視線は藤吉郎からそらされた。
「じゃあ、 そろそろ行きます」
「あぁ、 武運を祈る」
「ありがとうございます」
藤吉郎は立ちあがり襖に手をかけた。
その時、
「あぁ、 そうだ!」
信長に呼び止められた。
藤吉郎は煩わしく思いつつ振り返ると、
「何ですか?」
「良い忘れていたが向こうで光秀も従軍するらしいぞ」
「え……!?」
まじかよ雄二と戦かよ……。
京
「藤吉郎ーっ!」
藤吉郎達は戦地に赴く前に京へと立ち寄った。
目的はもちろん、
「雄二、 出迎えなんて良いからさっさと行くぞ」
この能天気を拾いに来たのだ。
「そ、 そう言うなよ……」
「うるさい、 早く準備!」
雄二は少しショボンとすると馬に股がった。
「うしっ行くぞ!」
「あいよ」
軍は再び進軍を開始した。
はぁ、 雄二と戦すると調子が狂うんだよなぁ……。
但馬国
「やばい、 楽勝過ぎる……」
藤吉郎は本陣の中で拍子抜けと言った感じで言った。
既に5日。
進軍は至って順調だ。
だが落とした城が、
「14城だぞ……おかしいだろ、 なぁ雄二?」
「俺にふるなよ。 そんな風に調子に乗ってると足元すくわれるぞ」
「んなこと言ったって但馬のいや、 山名の城弱すぎるだろ」
あぁ、 弱すぎる。
まず城の様式が旧式すぎる。
多分、 『応仁の乱』初期位だ。
それに加え守備の数は少なく士気も最悪。
「正直、 この程度。 負ける方が難しい」
「はぁ……勝手に言ってろ」
なんだろあいつに呆れられるのはなんか癪だな。
だが、 それでも今の俺は負ける気がしない!
「よっしゃ! この調子で次だ次っ!」
藤吉郎は景気づけに声をあげた。
そこに雄二が、
「だが、 次は少し気を付けろよ」
と急に声を潜めた。
「え、 なんで?」
「次は比隈山城。 山名の本拠だ」
「じゃあ、 そこの城主は……」
「あぁ、 山名祐豊。 山名の現当主だ、 そして奴は少し謀略に関して頭が切れる」
雄二の言うことは確かだった。
山名家代々謀略の名家。
その才はもちろん祐豊も受け継いでいるはずだ。
だが、 その程度で今の藤吉郎は止められない。
「敵は粉砕するのみだ! 進軍あるのみぃっ!」
「はぁ、 お前バカだろ……」
雄二は珍しく本気で呆れているらしい。
そんな事など露知らず、 藤吉郎は他の武将達と策を巡らしている。
その姿はとても生き生きしていてどこか危うい。
「まぁ、 たまには守ってやりますか」
雄二はいつもの能天気はどこへやら、 頼もしげに呟いた。
直に戦が始まる……。
比隈山城
「突撃ぃーっ!」
『うぉーっ!』
太陽が天頂に登ったころ。
比隈山城を取り囲んだ木下軍は辺りに蹄と狂声の轟音を轟かせながら城への突撃を開始した。
「へっ、 余裕だぜ!」
「だから調子にのるな藤吉郎!」
「わーかってるって、 雄二」
「本当かよ……」
だが、 藤吉郎が調子に乗るのも無理はない。
城の様式は再び旧式、 守備もまばら。
それゆえにこちらには被害すら出ていない。
「門に行くな! 土塁をよじ登れ!」
「なんども言うが敵は山名家の当主なんだぞ?」
乗ってきた藤吉郎とは打って変わって光秀は妙に慎重だ。
山名の当主が何だってんだ?
流石にこんな城に謀略もあるかよ……。
「だー、 うるさいな! 俺は先に行くぞ!」
藤吉郎は心配する光秀を振り切って先に土塁を登り始めた。
「お、 おい! 藤吉郎!」
何がそんなに心配なんだ。
この城を落とせばノルマ達成なんだぞ!
少し位、 無茶してもいいだろう。
知るかっ、 あいつなんか……。
土塁の頂上が目前に迫る。
藤吉郎と共に登る将兵たちの士気もどんどん上がっていく。
あと、 少し。
ついに藤吉郎は土塁の縁に手をかけた。
そして体を力一杯に引き上げた。
「……っ!?」
「やぁ、 良く来たな尾張の野蛮人ども」
土塁を登り切った藤吉郎達を待っていた者。
それは、 綺麗に横一列に並んだ鉄砲隊とその後ろに3重の列を組んだ弓隊、 そしてそれを中心で率いる山名祐豊だった。
はめられたっ!?
藤吉郎はそこで自分の浅はかさに気がつき唇をかんだ。
「力任せに戦う貴様らに教えてやろう、 これが策略だ」
恐ろしい程憎たらしい笑みを浮かべる祐豊が片手をあげる。
藤吉郎や周りの将兵は死を覚悟し目を閉じた。
ここで終わるのか……。
「終わりだっ! 撃てっ!」
「させるかぁっ!」
突如、 敵の側面から声が上がった。
藤吉郎は恐る恐る目を開ける。
その視界に入ったのは、
「ゆ、 雄二っ!」
雄二はいつの間にか藤吉郎の前に立っていた。
更に言うと、 敵の鉄砲隊と弓隊もいつの間にかこちらの軍と交戦を開始していた。
「な、 なんで……?」
「ちょっと怪しかったんでな、 兵をいくつか連れてお前達とは違う所から登ったんだよ。 したら案の定お前が待ち伏せされてたんだ」
「…………」
「俺の忠告を気かねぇからだぞ」
光秀は得意気だ。
まぁ、 そりゃそうだろう。
まんまとはめられた俺を助けたんださぞや気分が良いことだろうな。
だが、 気に食わねぇ……。
今すぐにでも雄二に一発ぶちこみたいがそうもいかない。
ならばどうする?
簡単だ、
「山名祐豊……てめぇに野蛮人の戦を見せてやるよ……」
「お、おい藤吉郎……? なんかすげぇ禍禍しいぞ?」
「構うな雄二。 俺はお前の怒りを山名祐豊に捧げると決めた」
「そりゃ、 祐豊さんが可哀想なんじゃ……」
「うるせぇっ! 行くぞっ、 貴族かぶれのエセ大名に血みどろの戦を見せてやろうじゃねーかっ!」
『うぉーっ!』
藤吉郎は一瞬で味方の士気を最高潮に高めるとそれを率いて敵に突っ込んでいった。
一人残された雄二は藤吉郎の余りの剣幕にただただ引き笑いを浮かべた。
「ははっ、 一度最悪に落ちた士気を再び盛り返すか……それも才能だな。 やっぱあいつには勝てねぇや」
その後、 藤吉郎は奮戦というより一方的な攻勢を続け敵を撃破した。
祐豊は奇跡的に藤吉郎の魔の手から逃げる事に成功した。
その為か藤吉郎の怒りは収まらず祐豊探しと称して城を更に3城落とした上にそこの城主にジャパニーズロシアンルーロット(詮索はしない事をおすすめする……)を行い一生立ち直れない程の恐怖を植え付けたのだった。
その噂が人でなしの二つ名と共にしばらく京の人々を震撼させる事になったのはこのしばらく後の話だ。
京
「それじゃあ俺はこれで」
戦から帰還し藤吉郎は京で雄二と別れる事になった。
「あぁ、 じゃあな」
雄二は笑顔で手を振った。
藤吉郎らそれを確認すると再び馬を進めようとしたが、
「な、なぁ……雄二」
心残りがあり馬を止めた。
「なんだよ?」
「その……悪かったな」
「は……?」
「いやぁ、 お前の忠告も気かずに調子に乗って」
相手が雄二だからだろうか、 なんだかくすぐったい。
もじもじする藤吉郎に対して雄二は、
「ま、まさかお前そうやって油断させる作戦か!?」
「は……?」
「お、 俺は騙されないぞ! あんなとても人の所業とは思えない罰なんて受けたくねぇっ!」
「やめろっ、 それを話題に出すな!」
どうやら雄二は藤吉郎が山名の城主達に行った事を未だに恐れているらしい。
顔が恐怖でひきつっている。
「あのあと城主達の精神がどうなったか……思い出すだけでも」
「やめてぇっ! あれただの思いつきだから!」
そういや城主達を山名の城に送ったのってこいつだったな。
いったい何が……?
「お前、 あれを思いつきでやったのかよ」
ようやく雄二の顔から恐怖が消えた。
「ま、 まぁな……」
「お前、 人間かよ?」
「うるせぇな! もう帰る」
藤吉郎は今度こそ本当に馬を進めた。
その時、
「じゃあな相棒っ!」
後ろから雄二が声をあげた。
藤吉郎はそれに少し嬉しくてはにかみながら、
「あぁ、 相棒っ!」
と言って右手の親指を立てた。
雄二はやはり一番の友だ。
でもあいつとの友情を確認する度に分からなくなる。
雄二、 なんでお前が明智 光秀なんだよ……。




