もしかして浮気っ!?
岐阜城下 藤吉郎宅
「はぁ、どうするかなぁ…」
戦から帰還した藤吉郎であるが実は心残りがある。
それは、市との事だ。
市は確実に藤吉郎の事が好きだろう。
そして、そんな気持ちに藤吉郎の心が揺らいでしまったのも事実な訳で…。
ひとまず、東福寺での一件により事は終息したが、市と一時事を構えたままねねと過ごすのは藤吉郎には至難の技だった。
その為家の中でも落ち着かない。
「落ち着くのは、ここ縁側だけかぁ…」
藤吉郎は快晴の青天井の元大きな溜め息をついた。
それにしても天気が良いなぁ。
こういう日は外に散歩にでも…。
「藤吉郎!散歩に行こうよ!」
突然、ねねが散歩に誘ってきた。
だが、藤吉郎は驚いてしまい、
「え、え!?あぁ、ごめん!この後、師匠と用が…。だからいってくる!」
とキョドりながら説明し、逃げるように家を出た。
「何あれ…?」
一人残されたねねは疑り深そうに首を傾げた。
岐阜城下
「はぁ、不意打ち過ぎて逃げ出してしまった…」
家を逃げ出す様に飛び出してから藤吉郎は行く当てもなく城下をさ迷っていた。
ただ、逃げ出したって言うことは市様との事は俺の心にクスッぶってるって事だしな…。
このままじゃ、これからのねねとの生活に支障をきたす、つかもうきたしてる。
くっそ、あの悪ガキめぇ…。
い、いやいや市様は悪くない!
藤吉郎はブンブンと顔を横に振った。
悪いのは俺だ…。
今まで市様の気持ちを忘れて、ほっぽって…。
だから、その報いが回って来たんだ。
ちゃんと、向き合わないといけない時なんだ!
かといって、どうすりゃいいんだよぉ…!
藤吉郎は再び項垂れた。
それも無理はない。
藤吉郎は現代ではモテた事も無ければ、女友達も少なかった。
こんなハイレベルな昼ドラみたいな展開など経験したことも無い。
戦場では最強でも恋愛は弱点なのだ。
そのため気のきいた打開策など打てるはずもない。
一人じゃ無理だな。
となると誰かを頼るか…。
藤吉郎は信頼できる人間を思い浮かべた。
やはり、それは一人しかいない。
「師匠の家行こう…」
藤吉郎はトボトボと利家の家に向かった。
岐阜城 帰蝶の部屋
帰蝶の部屋に帰蝶を加えてねねと利家の妻であるまつの三人が集まった。
三人は週に一回程のペースでこの帰蝶の部屋で女子会を開いている。
まぁ、女子会とは名ばかりで目的は菓子を食べる事と夫の愚痴を言うことだ。
それを考えると話の内容は相当おばさんチックな物だろう。
無論、この日の話題もいつもと変わらない。
「最近、藤吉郎の様子が変なんです…」
「えぇっ!」
「うそっ!」
ねねの言葉に他の二人が驚愕の声をあげる。
「え、何ですか…!?」
二人がなぜ驚いてるのかわからずねねは小首を傾げた。
「いや、藤吉郎がまさか浮気なんて…」
言いにくそうに帰蝶が言った。
「そうだよ!藤吉郎くん、流石に浮気できる玉には見えないもん!」
帰蝶が言いずらそうにしたことをまつは平気に言ってみせた。
「うわ、浮気ぃーっ!」
予想外の答えに今度はねねが驚いた。
「え、違うの?」
「でもそれ以外なくない?」
三人の間にしばらく沈黙が流れた。
それぞれ、なぜ藤吉郎の様子がおかしくなった理由を必死に考えていた。
だが、考えれば考える程答えは決まっていった。
「やっぱり、浮気だよ」
まつがきっぱりと言った。
「私もやっぱりそう思うわ…」
帰蝶も申し訳なさそうに言った。
「うそ、浮気なんて…」
ねねはやはり認めたくないといった様子だ。
そんなねねを尻目にまつは話を進める、
「様子がおかしくなったのは、戦から帰ってから何だよね?」
「え、うん…」
「じゃあ、戦で何かあったのかな?ねぇ、帰蝶さん?」
「うん、戦で誘惑でもされたのかしら…」
「そうだね。藤吉郎くんが自分から仕掛けるなんて思えない」
「殿、何か知ってるかしら?」
「利家なら何か知ってるかも!家の旦那、結構、藤吉郎くんの側にいるから」
「あ、そうね。お願いできる?」
ねねを会話に加えないまま話はどんどん進んでいく。
だが、ここで騒いでも仕方がない様な気がねねにはしていた。
それに、いざ藤吉郎本人に聞いてみて違ったら、いや本当に浮気だとしても、嫌われて側から離れて行ってしまうのはねねにはとても堪えられるものじゃない。
それだったら、知らないふりをしてる方がよっぽど良い。
「良いよね、ねね?」
いつの間にか話は大分先まで進んでいた。
このままでは、まつは利家に戦で何があったか聞いてしまう。
そんな事をすればじきに藤吉郎の耳にも入る、そしたら疑われる。
嫌われてしまうかもしれない…。
それは、嫌だ!
私には藤吉郎しかいない!
「待ってっ!」
慌ててねねは叫んだ。
突然の叫びに二人も勢い良くねねを見つめる。
二人の視線が集まった事を確認するとねねは再び口を開いた、
「まだ、藤吉郎が浮気したとは思えないんだ…」
「いや、絶対浮気だって!このままだと傷つくのはねねなんだよ?」
まつは必死に説得する。
だが、ねねの藤吉郎を思う気持ちはその程度じゃ揺らがない。
藤吉郎は私を守る為にたくさん傷ついてくれた。
だから、私が傷つく事なんて構うもんか!
「別に傷ついても良いかなって…?」
「え…っ!?」
「このまま一緒にいたら傷つくってなんとなくわかってる。でも、それでも私は藤吉郎の側にいたい、ボロボロになっても私は藤吉郎の側にいたい!傷つくなら藤吉郎の側が良い!」
「ねね、あんた歪んでるよ…」
まつは理解出来ないといった様子で涙を流して嘆いた。
ねねも話しているうちにいつの間にか涙が溢れていた。
「ねね…」
不意に帰蝶に名前を呼ばれた。
ねねは涙でグシャグシャになった顔を帰蝶に向けた。
帰蝶は優しく微笑むと、
「貴女の考えは確かに歪んでる。でも、人らしい、生々しい恋をしている。傷心なんて恋心には負けるのね。良いと思う、傷つくまで藤吉郎に尽くす事は最高の愛の形よ。私達も全力で力を貸す」
「帰蝶さん…」
「でもね、このままじゃ貴女が藤吉郎を傷つけるかもしれないわよ?疑念を抱いたまま接していればその内そんな心の闇は彼に伝わるわ。そんな時、一番傷つくのは藤吉郎よ」
「それは、それはわかってる!でも、どうすれば…。藤吉郎は話してくれないし」
「簡単よ、貴女が伝えれば良いの。ねねの気持ちを隠さずに、まっすぐに…。そうすれば、藤吉郎も話してくれる、貴女への気持ちを…」
それは、誰でもできる一番簡単で一番尊い方法。
人間、素直でぶつかれば相手もありったけの素直で返してくれる。
だが、人という生き物は相当ひねくれており、素直になることが一番苦手だ。
それでも、素直にならざるを得ない時は素直になる。
吹っ切れられる。
ねねにとってそれが今だ。
ねねは今こそ素直にならねばならない。
「うん、それしかない。私、伝えてくる!藤吉郎に好きだってちゃんと…」
ねねはそう言うと立ち上がった。
「頑張ってねね…!」
「負けるなよ!」
二人も決心したねねの背をおす。
ねねは二人に力強く頷くと部屋を勢いよく飛び出した。
藤吉郎、私はあんたが好き!
どんなに変わっても愛してる…。
だから、言わせて。
届かなくてもいいから聞いて。
これからも側にいたいから…!
ねねは藤吉郎に向かって、まるで矢の如く駆けた。
岐阜城下 大通り
「お主が浮気とはのぅ…」
利家は感心したように言った。
結局、藤吉郎は行く宛もなく放浪するのに飽きてしまい、利家を捕まえた。
利家は大通りで昼間から酒を飲んでいた。
「浮気ではないです!」
感心する利家に藤吉郎は怒ったように返した。
利家は悪びれた様子で、
「すまんすまん!だが、どうするんじゃ?」
「どうって…?」
「これからじゃ、このまま外をぶらつく訳にはいかぬじゃろう」
「確かにそうですけど、俺にはどうにも…」
藤吉郎は項垂れた。
利家はそんな藤吉郎の女ベタにほとほと呆れている。
だが、女の扱いに関しては利家の方が上手だ。
「お主はねね殿を好いておるのだろう?」
「いや、それがわからないから…」
いや、わからないか?
わからなくは無いだろう!
誰が好き位は俺でも…。
思案する藤吉郎に利家は続ける、
「浮気を重ねるとな、わかってくるのじゃ、本当に好いておる相手は誰なのか。
わしにとってそれはおまつな訳でのぅ。故に一度道を踏み外したお主ならわかる筈じゃ、本当に好いておる相手が誰なのか…」
本当に好きな相手…。
そんなのガキでもわかる。
俺だってわかってる、どんなに道をそれようとそれだけは変わらない!
「俺、家に帰ります!」
「おぅ、帰れ帰れ!」
「はい、それじゃ!」
藤吉郎はそう言うと反転して家に向かって駆け出した。
利家の視界から藤吉郎がみるみる内に消えていく。
利家はそんな藤吉郎を見つめながら、
「まったく世話の焼ける弟子じゃの。これで良いであろう、まつ!」
と吐き捨てた。
「気づいてたんだ」
物陰から隠れていたまつが姿を現した。
「それは気づくに決まっておろう!お主、わしから丸見えであったぞ」
利家は茶化しながらまつに歩み寄った。
「うそ、そうだったの!?」
「うむ、もう少しましな隠れかたをいたせ」
「うるさいなぁ。でも、これで藤吉郎くんは大丈夫だろうね」
「あぁ、やつはもう大丈夫じゃろう」
「本当に好きな人か…」
まつは感慨深そうに呟いた。
利家はあからさまに顔を赤らめている。
「でも、だからといって浮気が許される訳じゃありません!」
まつは突き放す様に言った。
「え、そんな…!」
「そんなじゃない!」
まつは利家の腰に蹴りを入れた。
利家は尻餅をつく。
「な、何を…!」
「一昨日の事、忘れてないからねぇ!」
まつはそんな利家を威圧した。
「そ、それは…!」
「さぁ、家に帰ろうか!」
「ゆ、許せぇっ!」
利家は叫ぶと物凄い逃げ足でその場を逃げ去った。
「あ、ちょっ!まったくバカな夫だ…」
まつはどんどん小さくなっていく利家を黙って見送った。
岐阜城下 藤吉郎宅
「はぁはぁ…!」
早く、帰らなきゃ!
ねねが待ってる。
藤吉郎は家に向かって、愛するねねに向かってひたすらに駆けた。
何度となく、あってどうするのか迷ったがそんな迷いは勢いでかき消した。
迷ったって仕方がない!
会ってみればわかる。
家が視界に入った。
あと少し…。
興奮と疲労で息が上がる。
足は動いているのが不思議な位だ。
歳を実感する。
でも、今は歩みを止めてはいけない!
藤吉郎は勢い良く門をくぐった。
そして、玄関まで急ぐ。
若干ぶつかるように戸に手をかけると開いた。
「ねねっ!」
叫びながら家に足を踏み入れる。
「藤吉郎…っ!」
視界に驚きの顔を浮かべるねねが入る。
あれっ?
おかしい、なんて言えば良いんだろう?
会えばわかるって思ったのに…。
いざ、ねねを前にすると口は石の如く固くなり言葉が出ない。
あぁ、意気地ねぇ…。
「お、おかえり!」
項垂れる藤吉郎にねねは上ずった声を掛けた。
「えっ…!」
予期していなかった言葉。
でも、当たり前だ。
帰ってきたら誰だって『おかえり』って迎える。
そして、それに返す言葉は、
「ただいま」
藤吉郎は、はにかみながら言った。
ねねは安堵の微笑みを浮かべる。
挨拶って不思議だ。
凍りついた心を一瞬で溶かしてしまう。
今なら言える気がする。
言わなきゃ…!
藤吉郎は息を吸った。
そして、吐く行きに乗せて言葉を発した。
「好きだ…!」
「好き…!」
偶然にも二人の声は重なった。
二人してキョトンとしている。
そして、目線を合わせあうと今度はワッと笑い合った。
心の緊張はいつの間にか無くなっていた。
それからは時間の進みが凄く早かった気がする。
二人で縁側に座り。
戦から帰ってきて久々の会話をした。
ねねは意外にも戦で何があったのかは聞かなかった。
俺は、それには少し罪悪感を感じていたがここは最大限の愛情で返そうと思った。
わからないけど、ちゃんと返せたと思う。
「ねぇ、藤吉郎」
「ん、どした?」
「結婚式の時、覚えてる?」
「覚えてるよ…」
藤吉郎は少し赤面した。
「藤吉郎と私、喧嘩したね…」
「そうだな、あの時は悪かった…」
「ううん、私もごめんね」
二人は互いに目を合わせると微笑みあった。
「でも、嬉しかった。藤吉郎はちゃんとけじめを着けようとしてくれたから」
「俺も、嬉しかった。ねねはちゃんと助けに来てくれたから」
そうだ、あの時は必死だった。
ねねを手放さないように、必死にもがいてた。
あの時の感情は今の俺の心にもしっかりと残ってる。
でも、俺はこれからもその感情を持ち続けられるだろうか?
藤吉郎は一瞬考えた。
だが、答えは単純だった。
愚問だな…。
「守るよ、一生」
呟くように言った。
「うん、守ってね…」
ねねも呟きで答えた。
藤吉郎は空を仰ぎ見る。
雲一つ無い青空は高く高く広がり、藤吉郎達を清々しく包み込んでいた。
長島 龍興の亡命先 広間
「憎き信長より我が美濃を奪われてから早い事に2年だ!」
龍興は高らかに叫んだ。
「信長は今だわしの美濃で権威を奮っている!」
龍興のその言葉に家臣達は怒りを露にした言葉を発した。
不思議な事だ。
あんなに酷い扱いを受けたのにも関わらず家臣達は今だしっかりと龍興についてきている。
だが、この2年で龍興も変わった。
それが、家臣達にも伝わったから彼らは忠誠を誓い続けているのかもしれない。
「三好三人衆は我への協力を誓った!」
龍興は立ち上がる。
「今こそ美濃を取り戻す時だ!」
家臣の目付きも変わる。
それを確認した龍興は高らかに叫んだ。
「今こそ、出陣の時ぞっ!」
『応っ!』




