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藤吉郎におまかせあれ  作者: ヤブ医者
上洛将軍擁立編
30/35

久々の平穏

第一章 生きてくれてありがとう


池田城 広間


信長一行は開城したばかりの池田城に入った。

開城とは言うものの実際の戦闘はここでは行われていないため、城は綺麗なままで矢一つ刺さっていない。

「流石は池田城だな堅固にも程がある」

信長が感心しながら顔をコクコクと揺らしている。

「左様ですな。なんでも虎口という門構えはこの城独自の物らしいですぞ」

恒興も応じる。

広間には先ほどの戦闘とは打って変わって和気あいあいとした空気が流れていた。

だがその空気をぶち壊す報せが入る。

「藤吉郎です!池田勝正を連れてきました!」

広間に響く藤吉郎の声、襖を一つ挟んで勝正がいる。

その報せに辺りの空気が一変した。

信長はゴクリと唾を飲むと、

「通せっ!」

と言って勝正を通した。

襖が開く。

皆が身構えた。

そこには未だ砂ぼこりまみれの甲冑を着た勝正が辺りを睨み付けながら立っていた。

両手は後ろに縄で縛られ身動きが取れないようになっている。

「勝正さんこっちです…」

勝正は藤吉郎に促させ広間の中心に通されそこで座らされた。

目線は信長をジッと見つめている。

周りの者は勝正の動向一つ一つに目を配った。

藤吉郎が勝正から離れ、家臣達の中に入り座った。

それを契機に信長が口を開いた。

「なぜ来た…?」

その口調には明確な怒りが籠っている。

ヤバイな…。

信長様があそこまで怒るなんて。

藤吉郎の掌には汗が滲んできた。

そんな事は露知らず勝正も口を開いた。

「許しを乞いに来ました…」

その言葉に信長の眉がピクリと動いた。

次の瞬間、信長は刀を掴んでいた。

鞘から抜けていないのが幸いだ。

んえっ!?

あまりに唐突な出来事に藤吉郎は驚いた。

勝正さんは生かすんじゃないのか?

話が違う!

「許しを乞うだと?ふざけるな、貴様は何人の人間を殺したと思っている…!」

「そ、それは…」

「この罪をどう償う?」

尋ねる信長の声音には怒りを通り越して殺意すら感じる。

勝正さん、ここで死を口にするな!

信長様の殺意に負けてはいけない!

そう藤吉郎は願った。

今の藤吉郎にはこうやって願う事しか出来ない。

全ては勝正自身の生きたいという心意気にかかっている。

勝正は信長を上目遣いで見る。

そして口を開く。

「申し訳ありません。わしは死ぬ事はできません!」

「何だと…?」

「わしには使命が出来申した。この日の本の国境を無くすという使命が!故にわしに今一度命をっ!」

勝正が半ば叫ぶように言った。

勝正さん…。

国境を無くす使命か、良いこと言ってくれる。

これなら信長様の胸にも…、

「国境を無くすだと、お主が?図に乗るなぁっ!」

信長は咆哮の如き憤怒の叫びと共に抜刀した。

切っ先はそのまま宙を舞う。

だが信長の殺意はしっかりと勝正に向いている。

「勝正さんっ!」

流石の藤吉郎もこの事態に声をあげて立ち上がった。

勝正もその刀を避けようとするが縛られており上手く動けず床に倒れてしまう。

ついに刀が振り下ろされた。

切っ先も勝正をしっかりと捉える。

「ダメだぁっ!」

藤吉郎は目を瞑った。

バスっ!

藤吉郎の耳に衝撃音が響いた。

嘘だろ…。

藤吉郎は拒む自我を必死にはね除け目を開いた。

「は…?」

開かれた藤吉郎の視界にはしっかりとた倒れこんだ勝正が写った。

出血はしていない。

首もしっかりと胴に繋がっている。

な、何で…!

藤吉郎は混乱した。

どうやら刀は勝正の傍らの床を貫いたらしい。

だが動機がわからない。

勝正も目が泳いでいる、藤吉郎と同様に状況が掴めず混乱しているのだろう。

そんな勝正に信長は微笑み口を開いた。

「良く避けてくれたな。本当に生きる決心をしたのか」

「え、ははい…」

「ふっ、ならば織田家はお前を歓迎しよう。生きようと決心したお前を我らは最大限の敬意を持って迎え入れる」

そう言って信長は勝正の肩を掴み起き上がらせた。

「信長様…」

「共に国境を無くそう。なっ、みんな!」

『あたりまえです!』

『よろしく頼むぞ勝正殿!』

『よく決心なさった!』

信長の問いに家臣達は口々に答えた。

「み、皆様…」

勝正は突然の歓迎に舌を巻いている。

そんな中信長は勝正の縄をほどきながら言った。

「織田家ようこそ…」

その言葉に勝正の心は打たれたのだろう。

涙を流し、床に額を擦り付けながら、

「ありがとうございます!殿ぉ…!」

と嗚咽まじりに答えた。

嘘だろ…?

勝正さんの事を信長様は試したのか、本当に生きる決心をしたのか。

そして家臣達のあの同調の仕方は確実に口裏合わせをしてる…。

じゃあ俺だけ知らなかった…っ!

その時、藤吉郎は自分の行動が異端だった事に気がつき、凄まじい恥じらいを感じた。

藤吉郎は顔を赤らめながらなるべくバレないように静かに座った。

だが信長は見逃していない、

「それより猿、凄い慌てようではないか。どうした?」

と子供のように藤吉郎を問い詰めた。

くそっ、この人…!

そう心で悪態をついても実際慌てて立ち上がり声まであげてしまっているので言い訳も出来ない。

「い、いやぁ…。信長様が刀を抜いたのでもしかしたらなぁと」

藤吉郎は半笑いで必死にはぐらかした。

だがそんな態度が信長にはおかしくてたまらない。

「ほぅ、猿は俺の意図がわからないのかぁ?」

こいつ、殴りてぇ…!

「べ、別にそんなんじゃっ!」

「だが皆には伝わっていたみたいだぞ?」

信長がそう言うと周りの家臣達は一様にコクコクと頷いた。

皆まで…っ!

俺より格下の奴は後でしばき殺す!

「わ、わかってましたよ!臨場感を出すためにわざとです!」

心中でどんなに強がろうと信長に偉そうな事は言えない。

言っても、別に首は飛ばされないだろうが一週間は根に持たれネチネチ言われるだろう。

そっちの方が厄介だ。

ここはなんとか丸く納める…。

「ほぅ…?」

信長は疑わしそうに藤吉郎の顔を見つめた。

「な、何ですか?」

信長は答えない。

家臣達の視線も集まる。

無数の視線の重圧が藤吉郎を襲った。

あー、今すぐにでも刀抜きてぇ…!

だがそんな事思おうと視線は外れない、藤吉郎は重圧に押さえつける。

徐々に気まずくなる。

そして、

「あーっ、もう!そうですよ!知りませんでしたっ、わかりませんでした!俺には信長様の真意がわかりませんでしたっ!」

やけくそになり全てをぶちまけた。

それに信長は、

「ぷっ、ハハハハハっ!」

とお笑いだ。

「わ、笑うなぁっ!」

恥ずかしそうにする藤吉郎の姿が信長を更に愉快にさせた。

笑いはやまない。

この、くそ…!

藤吉郎も限界だ信長の事をキッと睨み付けた。

それでようやく信長の笑いも止んだ。

「悪い悪い。ついからかいたくなったんだ」

この人、心はまだ爆笑してるよ…。

藤吉郎はもう怒りを通り越して呆れてきた。

そんな藤吉郎に信長は続ける、

「まぁ、そんな顔をするな!ほれ、行くぞ」

「い、行くってどこに?」

信長は立上がった。

そして、家臣達を見回すと口を開いた。

「勝者の凱旋だ」


京の町


その日、京は騒然となった。

『み、見ろ!』

『あれが織田信長…』

信長は上洛を終えると直ぐ様京の町を家臣達や兵と共に凱旋した。

それは凄まじい迫力でまさに日の本の王者にふさわしい貫禄だった。

そして信長についていく家臣達もまた常人とはどこか超越しているといった感じだった。

だが本人達にそんな意図は無かった。

「はぁーっ!これが京ですか、素晴らしい!」

藤吉郎の隣で馬にまたがる秀長がまるで子供のように騒ぐ。

それに藤吉郎は、

「お前凄いなそんなはしゃげるなんて。俺は疲れてそんな気分じゃ…」

と感心した。

そこに二人の後ろで馬にまたがる利家が、

「わしはもう家に帰りたいのぅ、家に帰ってまつに会いたい…」

と感慨深く言った。

「そうですね、俺もねねに…」

戦いが日常になっている戦国武将でも一度戦いから解放されるとただの男でしかない。

それはどこまで行こうと人間は人間なのだという事だろう。

「それにしても京の女子は美人じゃのう!」

「あんた今、奥さんの話したばっかだろ!」


京都御所


信長の京都凱旋から更に4日後、帝の住まいである京都御所にて義昭の征夷大将軍任命式典が催された。

「足利義昭、そちを征夷大将軍に任ずる」

目隠しすだれの内側、上座で帝が偉そうに言った。

「ありがたき幸せにございます!」

正装を身に纏ったよう義昭が深々と頭を下げた。

「善きにはからえー」

上座から更に声が響く。

その様子を後ろから見ていた信長が唐突に、

「下らんな…」

と小声で言った。

それは義昭や帝には聞こえていないが隣に座る藤吉郎と恒興にはしっかりと聞こえていた。

「な、何をおっしゃるんですか…!」

恒興が小声で叱る。

信長は、

「別に良いだろう、ちゃんと顔は出したんだから」

と反論する。

「確かにそれは褒めましょう、ちゃんと正装ですし」

「遅刻もしてませんもんね」

藤吉郎も会話に入る。

「お、お前らどれだけ俺を信用してないんだ…」

信長はあまりの人望の無さに少し絶望した。

「ま、まぁ。でも下らない何て言うもんじゃないですよ」

「そうですぞ、下手したら首を飛ばされます」

二人は再び説教を始めた。

もちろん小声だ。

だが信長は引く様子をみせない。

「下らん物は下らん。官位等に何の意味がある?そもそもこの戦乱は官位が引き起こしたような物じゃないか、帝はまだ戦乱を望むのか?」

信長の口調は怒りというより呆れだった。

信長はこの幕府に朝廷に呆れているのだ。

それは藤吉郎も分かる気がする。

「確かに愚かですね…。でも口だけじゃ何も出来ませんよ?」

「あぁ、わかってるよ」

「ま、まさか。幕府はまだしも朝廷まで潰すのですか?」

恒興は若干怯え顔だ。

信長はいたずらな笑みを浮かべ、

「二択だ、使えるなら使う、使えないなら潰す。嫌か?」

と言って顔を横に傾けた。

恒興は、

「どうせ私が何を言っても聞かぬのでしょう?なら着いていくしかありませぬ」

と諦めた様に言った。

それでも信長様についてくるんだからやはり一番の忠義ものはこの人だな。

「あぁ、平和を手に入れる為なら何でもするぞ」

「「はい」」

信長の言葉に二人は返事をする。

そして三人揃って帝を睨み付けた。


将軍御所


「こたびの上洛は誠にそちのお陰じゃ、礼を言うぞ!」

任命式典の後、信長と一部の家臣達は義昭が京に用意した御所に招かれた。

義昭は信長に偉そうに礼をベラベラと述べている。

あぁ、あいつが上座にいるのは何か気に食わねぇ…。

そもそも何で将軍があんなおしゃべり何だよ。

礼の言葉で数分も消費できるか普通…?

藤吉郎の思う通り義昭は常人の数倍おしゃべりだ。

そのくせボキャブラリーと話題は皆無に等しい。

逆にそれで話せるのも凄いが、義昭は毎度だいだい同じ話を延々と聞かせてくる。

それに信長を含め織田家臣団はうんざりしていた。

だが、今回は珍しく違う話題が上がった。

「ところで信長殿、そちに官位を授けようと思うが何が良い?何でも良いぞ?尾張守か?近衛将曹か?そうじゃ、副将軍何てどうじゃ?」

そうそれは官位の催促だ。

だが、義昭のこの誘いはもちろんの事無駄な物となる。

「申し訳ありませんが官位はお断りいたします」

信長はハッキリと言った。

目付きから迷いが無いことは明確だ。

だが義昭のしつこさは尋常じゃない。

「な、なぜじゃ?官位じゃぞ、全国の大名に誇れるのじゃぞ!」

義昭さんの言うことは間違ってはいない。

官位はもらえば一生誇りになるし自慢にもなる。

でも、それだけだ。

信長が求めるのは乱世の終結。

それは官位程度でどうにかなるものじゃない。

だから信長様にとって官位は!

「無駄でしかない…!」

信長は呟く様に言った。

「な、なんじゃ?」

「官位などにうつつをぬかす等愚の骨頂。俺が求めるのは力のみ自慢じゃない。だから官位など邪魔でしかない!」

信長は義昭を睨み付ける。

義昭は顔を憤怒の色に染める。

「な、なんじゃと!わしを誰と心得る?わしは征夷大将軍じゃぞ!」

「それも官位に過ぎぬ、作り物の力に溺れておると足下をすくわれますぞ」

信長の恐ろしい声音と目付きに義昭は突然黙りコクった。

信長はそれに、

「はははっ!戯れです戯れ。それではこれからもよろしくお願いいたします、将軍?」

「は、はい!」

動揺して下手に回る義昭を信長は鼻で笑い、

「では失礼いたします」

家臣達をつれて御所を後にした。

将軍義昭、この男との歪みはこの後更に大きくなり織田家を危地に叩き落とす。


京の町


1569年1月5日。

京の町の街道に織田軍が集まった。

将は馬の轡をしっかりと揃え。

足軽も槍の矛先をしっかりと天に向けている。

集まった京の人間にも彼らは輝いて見えただろう。

京の守護者、日の本の守護神、そう思ったに違いない。

人々はただただその壮健さを見とれるだけであった。

信長が片手をあげる。

皆は一様にまっすぐと前を見る。

そして、信長が手を振り下ろした。

「いざっ、岐阜へっ!!」

『応っ!』

沢山の血を流し、無数の命を奪いながらも生き延びた戦士達は今、家族の元に帰る。


岐阜城下 藤吉郎の屋敷


ねねは一人、玄関前の掃き掃除をしていた。

「はぁ、あのバカっ年明けても帰ってこない何て…」

ため息混じりに愚痴を溢す。

「とかいって寂しいんじゃないですか?」

そんなねねを玄関から出てきた桜がからかった。

「そ、そんなんじゃ…」

ねねはあからさまに照れている。

桜はそんなねねが可愛くて、

「ふふふっ」

と笑った。

「な、何よ!別にただ藤吉郎がいないと力仕事やる人いないし掃除もやんなくちゃいけなくるし…」

「俺は下僕か」

「えっ…!」

ねねの後ろから聞き慣れた声が聞こえた。

桜は空気を読んで屋敷に引っ込む。

ねねはゆっくりとふりかえった。

「藤吉郎っ…!」

「ただいま」

ねねは何やら迷っている様子だがそんな迷いを無理やり振り切り言葉を発した。

「おかえり!」

そして二人揃って大笑いした。

その時ふと目があった。

その目は離れない。

逆に引き込まれていく。

ねねは遂に我慢できなくなり駆け出した。

藤吉郎もねねを迎える為に両手を広げた。

だがねねは、

「帰ってくんの遅すぎんのよーっ!」

と言って藤吉郎を蹴り飛ばした。

藤吉郎は転がった。

「いってぇ!何すんだ!?」

「何すんだって、蹴った」

ねねは藤吉郎に近づき身を屈める。

「蹴ったじゃねぇ、蹴るな!そもそもああいう場面はハグだろ!」

「何考えてんのキモっ」

「テメェ…」

睨む藤吉郎を急にねねは優しい眼差しで見つめた。

「な、何だよ?」

「帰ってきてくれてありがとう」

そして頬にキスをした。

「ねね…」

「ほらっ、入ろう。お腹空いたでしょ?」

ねねは照れを隠すように藤吉郎を引っ張って屋敷にいれた。

藤吉郎は久しぶりの日常を取り戻したのである。

ちなみにこの日の夜、ベロンベロンに酔っ払ったねねに藤吉郎がボコボコにされたのはまた別の話だ。

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