怪将、松永久秀!
第1章 進む上洛
芥川城 広間
勝竜寺城の攻略から早3日、織田軍はさらに三好三人衆である三好長逸守る芥川城を落城させた。
また、芥川城落城をうけ篠原長房率いる越水城、そして滝川城も降伏した。
これにより織田軍は見事三好勢を四国に追い返す事に成功したのだった。
だが三好三人衆は取り逃がした。
信長は芥川城に本陣を移し残った敵の掃討に向け軍儀を開いていた。
「次に討つべきは松永久秀だ」
信長は言った。
松永久秀は大和の大名だ、かつて将軍だった足利義輝公暗殺や大仏焼き討ちなど様々な悪行を重ねているが、どれも動機がはっきりせず腹の読めない男だ。
「松永は何を考えておるか分かりませぬ、相手にするには苦しいかと?」
そう言ったのは恒興。
だが信長は首振った。
「確かに松永は何を考えているか分からないが、敵であることに変わりは無い。この戦では生き残りを出してはいけない敵対する者はどんな者だろうと斬らないといけないんだ!」
そうだこの戦は掃討戦、生き残りを作ると後々こちらが痛い目にあう、それに遅かれ早かれ戦う事になる相手だ、なら今叩いておいた方が良い。
だがその時耳を疑う様な報が飛び込んできた。
「信長様っ!いち大事にございます」
勢い良く入ってきたのは一鉄。
「どうした?」
信長は怪訝そうに聞いた。
一鉄は呼吸を整えると口を開いた。
「松永久秀が…、降伏しました!」
『何だと!?』
その場の者は皆絶句した。
降伏…!?
それは藤吉郎も同じだった。
ありえない!
今まであんなに頑なに反抗していたのに今更降伏?
犠牲の割にあわないぞ。
やはり松永久秀、危険だ!
「降伏の許しを乞いに久秀本人がこの城に来城するとの事!」
一鉄は更に付け足した。
本人が!?
これは極めて異例の事態だ。
いくら降伏するからといって大名自ら出向くことはない、下手をすればその場で首を切り落とされる事もあり得るからだ。
「そうか、本人がか…」
信長は何やら考えている。
久秀自ら出向く理由は何だ?
自分の忠誠心を見せるため?
いやそれは無い、苦労の割にあっていない。
別に忠誠を示したくても大名自ら赴く必要はない、自分の子息を養子に出したりすれば必然的に自分の忠誠は伝わる。
じゃあ何だ?
俺は松永久秀という人物の過去を思い起こした。
そういえば久秀って前に将軍を…。
まさか…!
「久秀は自らが刺客になるんじゃ無いですか?」
俺は口を開いた。
その言葉にその場の皆が衝撃をうけた。
だがそれを認めさせる根拠はあった。
「確かに、久秀は前に将軍を殺害しておる…」
「それに将軍に太刀を入れたのは久秀本人と聞く…」
「まさか久秀は本当に…!」
皆が俺の意見に納得しだしたその時、
「待てっ!」
信長の声が響いた。
皆が信長に注目する。
信長の目付きは険しい、
「確かに猿の言うことにも一理ある、だがその証拠の全てに裏付けが無い。そんな不安定な根拠だけで久秀を疑う事は出来ない」
信長は俺の意見を一蹴した。
だが俺もそう簡単に引き下がる気は無い。
「ですが久秀は敵!ついこの前まで殺し合いをしてたんですよ!そう言う奇行を取ってもおかしくない!」
俺は信長に食い下がった。
信長は、
「だがその逆もあり得る、俺が奇行に走ることも」
と言った。
ぬ、確かにその通りだ…。
久秀が信長様を殺す様に信長様も久秀を殺そうとするかもしれない。
それじゃあ俺の推測は成り立たない…。
俺が黙りこくっていると信長が、
「そんなに心配ならお前が久秀の本心を探ればいいじゃないか?」
「え…?」
「だから、お前が久秀を見極めるんだそれ次第で俺は久秀を斬るか生かすか、あるいは降伏を許すか決める」
それは中々良い提案だった。
だが逆に考えれば久秀の命と織田の命運は俺に託されたという事になる。
ほぅ、面白いな…。
これは歴史を知ってる俺には有利だ。
俺はにたりと笑うと、
「分かりました。久秀の本心俺が暴いて見せます!」
と言って頭を下げた。
信長はコクりと頷くと、
「じゃあ今日は解散!久秀が来るまで待機!」
『ははっ!』
皆がゾロゾロと部屋を出ていっている時俺はふと気がついた。
「松永久秀って何した奴だっけ…?」
芥川城 自室
俺は自室で項垂れていた。
やべー、俺歴史あんまり知らないんだった…。
いつもは知らない人とか出来事は歴史得意なねねに聞いてたからな、くっそー調子乗るんじゃなかった。
俺は松永久秀という人物を知らない、それじゃあ俺の独断で決めるしかない、歴史には頼れない。
俺にそんな人を見る目あったっけな?
その時、
「藤吉郎殿!少し良いか?」
「恒興さん?」
どうやら恒興が訪ねて来たらしい。
「どうぞ!」
俺は恒興を通した。
「すまんな」
恒興は俺の前にどかっと胡座を書いた。
「どうしたんですか?」
俺は尋ねた。
恒興は暫く言うのを渋っていたが、何かを決心したのか口を開いた。
「お主は松永久秀をどう見る?」
「どうって、まだ何も分からないですが…」
「そうか…。ならば信長様はどうだ?」
「信長様?信長様がどうしたんですか?」
俺は質問の意図が分からず首を傾げた。
「信長様は久秀を殺すと思うか…?」
その言葉にさらに意味が分からなくなり俺の頭は混乱した、
恒興もそんな俺の様子が分かったのだろう、ハッとしたように、
「あ、あぁすまぬ!少し噛み砕いて話さねばな…」
て言って頭を下げた。
俺は目上の人が頭を下げたので反射的に頭を下げてしまった。
「ふふっ、なぜお主が頭を下げるのだ?」
俺の様子がおかしかったのだろう恒興はクスッと笑った。
空気が、すこし軽くなった。
だが恒興は直ぐに綻んだ顔をキュッと結び直した。
「信長様はこれまで沢山の人間をその手で殺めてきた。それは仕方の無いことだ、信長様の道にはまだまだ敵が多い。だがここまで人を殺し過ぎると信長様は人を殺める痛みを忘れてしまうのではないかと思うのだ…」
人を殺める痛み…。
それは信長だけじゃないここで戦う皆が必死に手放さない様に掴んでいる物だ。
だがそれ故にそれを手放すのは中々にしんどいとも思う。
それに信長様は俺達以上に芯の、心の強い人だ。
そんな簡単には壊れたりはしない。
「俺が見る限り信長様はそう簡単には壊れませんよ」
俺は断言した。
「え…っ!?」
恒興はその答えは予想していなかったのだろう、驚きで声をあげた。
「信長様にはしっかりとした芯が通ってる、そういう人はそう簡単には壊れません」
「そ、そうか…。そうだな!わしは少し考え過ぎた様だ、愚問をしたな許せ」
恒興は頭を下げた。
「い、いや!大丈夫です、気にしないでください!」
目上の人が頭を下げたので俺は恐縮し慌てて恒興を起こした。
恒興は照れくさそうに頭をかいた。
「じゃあわしはもう行こう!相談に乗ってくれたこと礼を言うぞ!」
恒興は立ち上がった。
「いえ、いつでも言ってください」
俺も見送るため立ち上がった。
恒興は微笑むと部屋から出ていった。
ふぅ、なんか久々に良いことしたな。
俺は自らの善行にひたった。
しかし信長様は良い家臣に慕われてるな、これなら織田家は安泰だ。
さてそろそろ久秀もやって来る頃だろう、それそれ俺も自分の仕事をしなければならない。
松永久秀、どんな男何だ?
俺は部屋を後にした。
芥川城 広間
信長と織田家臣団は広間に集まった。
信長が上座に、それ以外は下座に中心に道を開けて左右向かい合う様に胡座をかいている。
皆、松永久秀が来るというのでピリピリしている。
その時、
「松永久秀様!ご到着です!」
襖の外で声が響いた。
「通せっ!」
信長は言った。
遂に来た、久秀、お前の本性俺が見極めてやる!
襖が開いた。
一人の男が広間に入ってきた。
こいつが松永久秀!?
辺りの人間はまず久秀の人相に驚いた。
やって来た行いから皆厳つい風体を予想していたが、今目の前にいる久秀は細身で端整な顔立ちの優男だ。
いや紳士と言った方が良いだろうか?
とにかくこの男が将軍を暗殺したとは到底思えなかった。
久秀は中心道を真ん中程進み、そこに胡座をかいて座った。
そこで更に驚きの出来事がおこる。
「松永久秀にございます。こたびはお目通り頂き誠にありがとうございます」
久秀はまたバカ丁寧な口調で頭を下げたのだ。
いきなり飛びかかるのでは等と予想していたこちらからしてみれば拍子抜けである。
だが信長だけはまったく動じていない。
「うむ、部屋を用意した。ゆっくりしていけ」
「はっ!」
これはどうやら久秀への見方を改めないといけないようだな。
でも何だろう?
久秀が入ってきた時からずっと胸がざわつく、気のせいかな?
そうこうしている内に久秀が広間を出ていった。
俺は信長に目配せをした。
信長はコクりと頷く。
俺はそれを確認すると部屋を後にした。
芥川城一室
久秀は城のある一室に通された。
俺はそこに世話役として潜り込む。
俺は部屋の前に立った。
良し行こう。
「失礼します!」
「はい!」
俺は襖をあけた。
部屋には久秀が胡座を掻いて座っていた。
俺は自分も正座をして久秀と同じ目線になった。
「信長様より久秀殿のお世話を仰せつかった藤吉郎にございます」
「それはそれは、どうぞ上がってください」
やっぱり変だ。
俺は正座のまま体を滑らせ部屋に上がった。
「まずは何をしましょう?」
「そこに居てください」
は?
何だ何を考えてるんだ?
「あ、あの…?」
俺が戸惑い口を開いたその時、
シャッ!
首筋に殺意を感じた。
見るといつの間にか久秀の刀の切っ先が自分の首筋を捉えていた。
「な、何を…?」
俺は久秀を睨んだ。
久秀は声音を少し低くし、
「貴方の狙いは分かります。信長殿から私の心中を探るよう言われたのでしょう?小賢しい」
そう言ったが表情は笑っていた。
「き、気づいていたのか…」
「当たり前でしょう?木下藤吉郎、貴方ほどの将が私の世話役に等普通はこない。それ故に何かただならぬ訳があると思ったのですよ」
こいつ頭までキレるのか、厄介だな。
でも何だこの殺気、今までどの武将からも感じた事の無い殺気。
何だか体の力が抜けるような…。
俺はそんな殺気と必死に抗い久秀の目を見据えた。
「じゃあ聞きます。貴方の本心は何ですか?」
「ほぅ、面白いですね…」
「良いから教えろ…!」
「まぁそう睨まないでください、ほらっ刀引きますから」
そう言うと久秀は刀を藤吉郎の首筋から引き鞘に戻した。
その時、認めたくは無いが少しばかりホッとした心がある。
俺はそれを気取られぬ様に必死に久秀を睨んだ。
「あぁ、結局睨むんですか」
久秀は俺の行動を茶化した。
「質問に答えろっ!」
そろそろこちらの堪忍袋も限界に近付いている。
久秀は呆れたように口を開いた。
「別にそんな複雑じゃ無いですよ私の本心は。ただ強い者についていく、弱くなったら切り捨てる、それだけです」
「そ、それだけ…?」
あまりに単純な解答だったので俺は拍子抜けした。
「はい、他意はありません。それともまだ探りたい事でも?」
「い、いえ。ありません…」
「ならば、もうここに居る必要はありませんね。さぁ、帰った帰った」
久秀は追い出す様に座を立たせた。
「え、ちょっ!」
そして襖をあけて無理矢理廊下に放り出した。
「ただこれだけは言っておきましょう。私は誰の指図も受けたくはない」
そう吐き捨てた久秀の表情は笑っていたが、その笑いを見て俺は確信した。
あぁ、この人は本当に将軍を殺したんだ…。
「ふっ、戯れです」
久秀は襖を閉じた。
視界から久秀が消えた瞬間、藤吉郎の肩からスッと力が抜けた。
やっぱり松永久秀、危険だ。
でも強い者についていくというのも本心だろう。
信長様は十分に強いし、裏切る事も無いと思う。
それに認めたくは無いけど久秀は相当優秀な武将だそんな将を仲間に出来るならメリットはデカイ。
俺の脳内を様々な思考がグルグルと回った。
一つを認め、一つを殺す、そうやって一つの答えを探す。
暫くして答えがでた。
「信長様に伝えに行くか…」
俺は久秀の部屋の前を後にした。
芥川城 信長の部屋
「で、松永久秀どうだった?」
信長は興味津々と言った様子で聞いてきた。
「やはり危険です」
俺は感じた事を率直にのべた。
「そうか…。どんな所が?」
「まったく腹が読めませんでした。何を考えているのか、何も…。
ですが損はしない気もします」
「どういう事だ?久秀は危険なんだろう?」
「確かに危険です。ですがそれは自分達に都合が悪い時だけ、久秀自身降伏は力のある者の側に着き自分の身を護りたいという防衛本能の表れだと思いますし」
「つまり俺がこの先力を弱めずに強くなり続ければ問題ないと?」
信長はイタズラな笑みを浮かべ尋ねた。
俺もニヤリと笑うと、
「そういう事になりますね」
と答えた。
その答えを受けた信長はしばらく黙って考え込んでいた。
恐らく、久秀を降伏させた後自分がどの様な道を辿るのかシュミレーションしているのだろう。
信長は頭の中でそうやって未来を予測、組み立てる能力が異常に高い。
信長が平成にいたら絶対数学者になってるな…。
藤吉郎がそんな余計な事を考えている最中、信長のシュミレーションも終わった様だ。
信長は静かに顔をあげて藤吉郎を見据えた。
藤吉郎も信長と真っ直ぐに目を合わす。
「俺は決めた!」
信長が口を開く、
「俺は松永久秀の降伏を認める!」
信長の返事は藤吉郎には大体予想がついていた。
「はっ!」
俺は何も反発することなく頭を下げた。
信長にはその反応は予想外だったのだろう、
「なんだ?もっとないのか、反応はしてこないのか?」
と残念そうだ。
だが信長の性格は大体分かっている。
1度決断したら信長はもう引かない、
「俺がどうこう言っても変わらないんでしよ?それに信長様の決断に俺は元から賛成ですし」
「なんだ、つまらんな」
信長はふて腐れた。
だが決まったんなら時間は無い、
「じゃあ広間行きましょう、急がないと」
そう言って俺は信長を無理矢理立たせた。
「な、わかってる!」
信長も嫌がりながら立ち上がった。
「行きますか」
「そうだな」
二人は部屋を出た。
この後、広間にて久秀の降伏が認められ久秀は織田家の家臣になった。
だがやはり久秀は危険、彼の降伏により織田家の歯車はゆっくりとだが確かに音をたてて軋みはじめた。
芥川城 大手門
『松永様ご一行、お帰りーっ!!』
降伏の承諾より一夜久秀達は芥川城を後にする。
大手門には織田家の家臣団、そして信長が見送りに出ていた。
「相当、睨まれておるな…」
久秀は聞こえないように呟いた。
織田家の家臣団が久秀を見る目はまるで化け物を見るような目だった。
それは仕方がない、訳のわからない男をそう簡単に認める訳にもいかない。
織田家臣団の目はそれこそ、不安の表れだ。
「それでは、これからもよろしく」
「こちらこそ、信長様に一生着いて参ります」
信長と久秀は握手をかわした。
その手が離れると久秀は馬に股がり、律儀に一礼をして馬を走らせた。
久秀の姿はあっという間に見えなくなってしまった。
ふぅ、行ったか…。
これが善か悪かどっちに転ぶか?
まぁ、どっちに転ぼうと俺達は前に進むだけだかな!
藤吉郎は密かに決心を固めた。
「一生、着いて行くか…」
久秀は馬上で呟いた。
「ありえん、わしは誰の指図も受けない。天下は誰にも渡さない、天下をとるのはこの俺だぁっ!!」




