勝竜寺城の戦い 2
第1章 陥落
東福寺
「市様のご帰還だぁ!」
帰城から一日。
遂に市の帰る日がやって来た。
織田家臣団は総出で見送るため大手門に出てきた。
それはもちろん藤吉郎もである。
「市様が帰るのか…。また静かになるの」
利家が染々と言った。
俺は、
「そうですね。またいつもの織田家に戻ります」
と返した。
そして二人で相づちを打ち合っていたその時、
「猿っ!」
俺は市に呼び止められた。
「へ!?」
俺は驚きの余り間抜けな声を発した。
市はニタリと笑うと、ダッと階段を駆け登り出した。
は?は?
困惑する俺の目の前に市様は勢い良く現れると顔をグンッと近づけて来た。
「あ、あの…!市様?」
俺は市から距離を取ろうと後ろに下がるがそれと同じ分だけ市も距離を詰めてくるので無駄だった。
何がしたいんだ、この人?
これには流石に耳が熱くなってきた。
周りの目も気になる。
周りは驚きの余り固まっている。
師匠に至っては憤怒の表情である。
いや、あんた妻いるだろ…。
「い、市様」
俺が引き離そうと肩に手を掛けた時、
「顔、紅くなっておるぞ」
トンっと人指し指で額を弾かれた。
俺は驚きで言葉も出ない。
市はクスリと笑うと俺に背を向け階段を降りていった。
ヒラヒラと右手を振っている。
ふっ、仕返しですか?
貴女もまだ子供だな。
かくして、市は去っていったのであった。
東福寺 広間
「先の勝家達による攻撃のお陰で勝竜寺城の弱体は必至!よって俺らは全軍をもって勝竜寺城を包囲、総攻撃を行う!」
信長は家臣達の前で高らかに宣言した。
『はっ!』
家臣達は頭をさげる。
既に戦の準備は整っておりあとは出陣するだけとなっている。
「ですが…」
恒興が不安そうに口を開いた。
「敵総大将はあの岩成友通。三好三人衆の一人です、いくら弱体化したからといってまだ先は見えませぬ…」
確かにその通りだ。
岩成友通はあの三好三人衆の一人。
そして藤吉郎と同じように下人からその地位まで登り詰めた出世頭だ。
その為能力は三人衆の中で一番高いと見ていい。
信長は一瞬迷ったが、
「だが、このままこの好機を逃すわけにもいかない。戦は行ってみなければわからない事だってある」
と言った。
そうだ、戦は現場。
遠く離れた地から軍配を振るえないように戦は現場に行ってみなければわからない事が沢山あるのだ。
恒興は、
「左様ですね、まずは行かねばなりませんな」
といって頭をさげた。
信長は頷くと、
「よし、異論は無いな。ならば出陣だ!勝竜寺城の三好どもを蹴散らしに行くぞ!」
『おぅ!』
信長を先頭に家臣達は広間を出ていく。
もうじきこの戦がおわる。
だが岩成友通、どんな相手なんだ?
勝竜寺城 織田本陣
信長率いる織田軍は勝竜寺城を包囲した。
その数はおよそ1万8000。
信長はその軍を三つに別け、南、北、西の三方位に配置した。
主に攻撃を仕掛けるのは南側の軍だ。
この軍は信長が率いる。
南側の軍は門を破壊し城内に侵入、そして本丸を目指し友通を狙う。
その他の二軍も梯子を使い土塁をよじ登り城内に侵入する。
だがこちらは牽制だ。
藤吉郎は南側の本軍に配置された。
「敵の数は6000、こちらが優位だ」
信長が言った。
現在、本軍では緒将が集まり軍議の真っ最中だ。
「ですが友通は知将、何をしてくるか?」
そう言ったのは利家。
皆も利家と同じ思いで、苦しそうに嘆いた。
だがわからない以上はどうしようも無い。
「それがわからない以上、我々は正攻法に徹するしかありません」
俺は言った。
信長もそれに同意で、
「そうだ、逆に下手に手をうつと酷い目にあう。まずは普通に行き様子を見よう」
と言った。
『ははっ!』
家臣達も承諾した。
策も整った、兵の士気も十分だ。
戦をするには申し分ない。
「ならば、出るか…」
信長は家臣達に問いかける。
皆の目付きが変わる。
藤吉郎も身構える。
信長はコクりと頷くと、立ち上がり、
「各陣に伝えろ!出陣だ!」
『おぅ!』
信長を先頭に家臣達は陣を出た、ここに開戦が宣言された。
勝竜寺城 南側
織田軍は出陣し城を取り囲む様にズラッと並んだ。
この規模の軍になると本当に戦をやっている気になる。
長さは言うまでも無いが厚さが違う。
一番前にいる藤吉郎は後ろを振り向いても人しか見えない。
馬上にいるのにも関わらずこの人の壁の終わりが見えないのだ。
「やっぱり、異常だ…」
俺は呟いた。
長い間ここに居てもその感覚はやはり抜けない。
平成の人間はやはり平和が一番なのだ。
それ故に俺は平和を求めるのだろうか?
いやそれは違うだろう、時代の問題じゃない。
俺はただ皆で笑いたいだけ何だ、悲しい思いをする人間を減らしたいだけなんだ。
視界の先にはには高い土塁がそびえ立っている。
平和はあれを登るより困難だろうか?
皆、笑いたくは無いのだろうか?
俺は考えていた。
だがそんな俺でも戦国に染まり出している。
必死に染まらないようにしているが、いつか本当に平和を忘れてしまいそうな気がする。
藤吉郎が今一番怯えている事だ。
信長が拳をあげた。
兵達の気も引き締まる。
藤吉郎も思案を止めた。
考えちゃだめだ。
今は生きる事だけを考えよう、今ここで死んだら夢も叶えられない。
その時、
「突撃ぃーっ!」
信長の声が響いた。
『うぉーっ!』
兵達はそれを合図に城に向けて突進した。
藤吉郎も馬を走らせる。
相変わらずのバカデカイ声だな。
でも不思議だあの声を聞くと不思議と強くなれる。
悩みなんてぶっ飛んでしまう。
これが声の力か…。
そんなことを考えている内も城は近づく。
『うぉーっ!』
兵達の雄叫びは城を包む様に木霊する。
城まであとすこし。
疾走していた列の一部が突出する。
それは大手門正面の兵達だ。
そしてその中心に太い丸太を持った兵が疾走している。
あの丸太を門にぶつけて門をこじ開けるのだ。
だが敵もそう易々とはやらせようとはしない。
それにこの城は防御に適している。
土塁の上から容赦なく鉄砲を打ち掛ける。
一人また一人と倒れていくだが。
丸太だけは止まらない。
周りの兵は丸太を運ぶ兵を死守し、丸太を持つ兵が倒れれば直ぐ様代わりに持つ。
そうやって丸太だけは運ぶ。
丸太は希望だ、これがなければ門は開かないだから行くのだ。
どんな犠牲を払おうと足は止められない。
門はすぐ側だ、敵の攻撃も強くなる。
だがそれも限界がある。
『叩き壊せぇっ!』
兵達は門にたどり着いた。
兵達は丸太を門に叩きつける。
門はミシミシと鈍い音をたてて軋む。
そして、
ガシャーんっ!
門は壊された。
『進めぇーっ!』
『いけぇーっ!』
兵が城内になだれ込む。
城の兵達も応戦するが、門が開いているのだ織田の兵はどんどん増えていく。
戦いは混戦の様相を見せはじめた。
「我らもいくぞーっ!」
藤吉郎も城内に侵入した。
城に入ると既に戦場は乱れており敵味方入り乱れる乱戦となっていた。
くそっ、これはスゴいな…。
辺りは人でごった返している上に砂ぼこりで視界が悪い。
それに敵の抵抗も強い。
これじゃあここを抜けるまでに相当戦力を削られる。
「こりゃ戦い方工夫しないとな…」
俺は呟いた。
だが敵は俺に考える暇を与えなかった。
『奴等を倒せーっ!』
敵が俺達の存在に気づき突進してきた。
くっ、そうのんびりは出来ないか!
「応戦しろ!こんな所で倒れるな!」
俺は自分の率いる兵達に命を飛ばした。
『うぉーっ!』
兵達は俺の脇を駆け抜けて応戦する。
俺も行くかっ!
俺は下馬し敵に突っ込んだ。
乱戦の中はさらに凄かった。
鼓膜をつんざく様な雄叫びと、四方から迫る槍や刀、砂ぼこりで目は痛くなった。
そしてそれ以上に凄かったのは兵士一人一人が発する殺気だった。
戦場では兵士一人一人が凄まじい殺気を発する、それは生きたいからからだ生存本能は殺害欲求と紙一重だ。
生きたいが故に、自らを守る為に敵を殺す。
生存本能から成る殺気は時に憎悪からくるそれを上回る。
それを今100を超える人間が発しているのだ、殺気特有の重苦しい空気で息をするのも辛くなる。
だが藤吉郎とてこんな状況何度も経験している。
藤吉郎は戦いながらもここから抜ける術を考えていた。
ここは大手門に入ってすぐの場所だ、だからそれだけ守りやすくなっている。
敷地は広いが障害物が無い、それに広いと言うことはそれだけ多くの兵を配置出来るという事だ。
大手門を開ければそこには大量の敵みたいな策を講じることができる。
それに障害物が無いという事はこちら側は行える策が格段に減る、いや皆無と言っても良い。
それ故に敵に突っ込み乱戦に持ち込むしか無いのだ。
現に今は乱戦になってしまっている。
更に出口は一つだ、だが敵はその出口を厳重に固めている。
突破は困難だ。
普通に出口を目指すのは無理があるな…。
だが周りは塀に囲まれている。
ん…?
そこで藤吉郎は異変に気づいた。
あの塀、低くないか?
そうその塀は明らかに普通より低かった。
あれは登ろうと思えば登れる。
だが、そんな簡単な欠陥があるか?
罠か?
だがそこで俺の脳裏にこの城の特徴が過った。
この城は非常に防御力の高い城だ。
そういう城にはこういう一部の塀を低くする構造が良くある。
特にこういう四方を塀に囲まれた空間には。
それはその塀から鉄砲を撃ち掛け蜂の巣にするためだ、だから撃ち易い様に塀を低くしてあるのだ。
今回もその為の塀だと思われる。
あれを登るか、ちょっと怪しいがこの状況を打開するためにはこれしかない。
俺は
「塀だ!あの低くなっている塀を登れ!」
と言って塀に飛びついた。
そして腕の力と壁に引っ掻けた脚の力で身体を持ち上げた。
塀は予想以上に簡単に登れた。
塀の上から辺りをみる。
塀の先にも道は続いている、兵の姿も罠らしき物もない。
よし、行ける!
「俺に続けぇっ!!」
俺は塀を飛び降りた。
俺に続き沢山の将兵が塀に飛びついた。
この奇行に敵は戸惑い対処に遅れた。
それも功をそうし藤吉郎の率いる部隊も含め沢山の将兵が塀を越えた。
勝竜寺城 曲輪
塀を越えた藤吉郎達は本丸を目指して曲輪をひたすらに進んでいた。
敵もここを通られる事は予想外だったのか、塀を越えてから今まで敵にはあっていない。
だがこういう時の方が恐い。
「妙だな…」
俺は呟いた。
「何がじゃ?」
それを利家が聞いていた。
俺は驚いたが、
「いやあまりに敵と会わないなと」
「確かにここまで警備がうすいのも気になるの…」
利家は顎にてをあて思案顔になった。
だがしばらくして顔をあげると、
「じゃが後ろはあの塀、後戻りも出来ぬぞ」
と言った。
「それはそうなんですけど…」
そうじゃないんだ。
この先には確実に何かある、何だ?
何が待ち受けている?
なら、
それがわかってるなら準備をする!
「軍を整備しましょう!」
俺は言った。
「整備じゃと?」
利家は首を傾げた。
「はい、今この軍はさっき塀をよじ登れた者達で構成された部隊です。つまり所属も装備も何も分かってない部隊です。自分達の事すら知らないで戦をするのは正直言って自殺行為です」
「確かにそうじゃな…。よし一旦ここで軍を止めよう」
「はい」
俺が頷くと利家が、
「一旦止まれーっ!!」
と行軍を止めた。
それから軍整備が行われたのだった。
勝竜寺城 広間
「ふっ、織田めわしの事を知らんのか?」
勝竜寺城の広間、友通はここで戦の指揮を取っていた。
友通はまだ余裕そうだ。
それにはもちろん理由がある。
「伝令!織田方罠に入りました!」
広間に伝令の声が響く。
友通は不適な笑みを浮かべた。
「なるほど、くくくっ、わしの城に入った時点で貴様らの死は決まっとる!」
友通は明らかに高揚している。
突然高笑いをあげた。
その笑いは不気味で聞いているのが辛いくらいだった。
「殺せぇ…、狂人隊っ!」
勝竜寺城 塀を越えた先
軍を止めてから約10分、軍整備が終わった。
軍の数は146人、内23人が鉄砲を持っている上に弓を持っている兵も多数いる。
これならいろいろな局面に対応出来るな。
将も複数人いる。
俺の他に師匠、可成、佐々成正がいた。
更に古代中国の戦法である伍を採用した。
伍は軍を五人一組の班に別けてその班で戦闘に当たらせる事を言う。
軍の規模が小さいので大規模の軍に対応するには集団戦闘に重きを置くしか無い。
よし、じゃあ先を急ぐか。
整備は終わった、もう立ち止まっている意味もない。
「先に進むぞ!」
俺達は前進を始めた。
そういえば…!
俺はふと思い出した。
師匠と成正さんってメチャクチャ仲悪くなかったか!?
「なんじゃと、成正!?もう一度言うてみぃ?」
向こうで師匠の怒鳴り声が響いた。
お、遅かったかぁ…!
俺達の脚は再び止まった。
俺は声があがった方に向かった。
人混みを掻き分けるとそこでは既に睨みあいが始まっていた。
「あぁ?なんじゃ聞こえんかったか?ならもう一度言うてやろう、『犬』!」
成正は利家を睨みつけながら言った。
犬とは利家のあだ名だ。
だが利家はそのあだ名を気に入ってなく呼ぶことは信長にしか許していない。
そのあだ名を成正は躊躇いもなく放った。
利家の怒りは計り知れない。
「犬じゃと…?それを呼んで良いのは殿だけじゃ…!」
怒りのあまり声音は驚くほど低い。
聞くだけで背筋が凍る。
だが成正はそれに臆する事は無い。
二人は毎日喧嘩をしているもう慣れたのだろう。
「おぉ!それは済まなかったのう、野良犬殿!」
うっ、この人凄いな只でさえ長身で威圧感凄い師匠なのに今は怒りでそれがいつもの何倍にも膨れ上がってる。
それでも気にせず挑発してる。
あの人死ぬぞ。
「貴様、それ以上減らず口を叩くのならば痛い目をみるぞ…!」
利家の堪忍袋は断裂寸前だ。
だが成正は、
「ほぅ、ならばやってみぃ?出来るか、貴様に殺れるのか?」
と言いながら手招きした。
「貴様ぁ…っ!」
ヤバイ、ダメだ師匠!
だが利家は動かない。
「そうか、ならばこちらから殺ってやろうぞ!」
成正は刀を抜いた。
それでも、利家は微動だにしない。
成正はそれに少し動じる。
「くっ、なっならば殺ってやるわぁっ!」
刀が天高くあがった。
まずい!
「師匠っ、避けろっ!」
次の瞬間刀が振り下ろされた。
瞬間っ!
俺は利家の死を覚悟した。
だが、利家はまだ突っ立っていた。
えっ?
利家の手からは血がポタポタと滴り落ちている。
そう、利家は刀を素手で受け止めたのだ。
利家はまだ成正の刀を握っている。
「きっ、貴様!何を?」
成正は刀を引き離そうとするが更に利家は強く握り放さない。
「し、師匠…?」
利家はキッと成正を睨んだ。
「図に乗るなよ…!成正、貴様にわしは殺せぬ…!」
「な、何を言うか!?ならば貴様とて出来ぬだろう!」
「あぁ、出来ぬ…」
次ね瞬間利家は成正の腹を強く蹴った。
成正は吹き飛び尻餅をつく。
そこに更に追い撃ちをかける様に顔面に強烈な蹴りを決め込んだ。
「ぐあぁっ!!」
成正は余りの痛みに顔を抑え悶えた。
「成正ぁ!確かにわしはお主を殺せん、いや殺さぬ!それはあの日殿と誓った!例えどんなに気に食わぬ奴でも敵で無いのなら殺さぬ!」
「くっ、んっ!ならばなぜ手をあげた!?」
「ふっ、殺さぬ事は誓ったが、殴らぬ事は誓っとらん!やられっぱなしはわしの道義に合っとらんかなら!」
「な、道義じゃと?」
「あぁ!殺さず死なず、されど死なぬ程度に徹底的にやる!それがわしの道義じゃ!故にお主、まだわしとやるか?」
利家は成正を睨みつけた。
成正は初めてその利家の目付きに臆した。
「くっ、お、おのれ!今日はここまでじゃ!」
と言いながらへっぴり腰で逃げていった。
利家は成正が去ったのを見ると今までのは無かったような穏やかな顔に戻った。
「流石ですね師匠」
俺は利家に声をかけた。
「そうか?わしは自分の道に正直になったまでだが?」
「それが凄いんです。どんな人でも自分に正直になる事って出来そうで出来ないんですよ」
「そうかのぅ?」
利家は納得出来ぬ様子で去っていった。
師匠、あの人は戦国武将を絵に描いたような人だけど、あの人の自分に嘘をつかない真っ直ぐな考え方は何となく好きだな。
戦国での親友が貴方で良かった。
「さぁ!こんどこそ行くぞ!」
軍は再び行軍をを始めた。
勝竜寺城 塀の向こう
藤吉郎達は未だ敵と合うこと無く本丸を目指していた。
おかしい、絶対に罠だ!
だが今さらそんなこと気がついても遅い。
その時だった。
「キヘヘヘヘッ!」
奇声があがった。
あがった方向は後方、まさか奇襲?
悪夢が始まったのは次の瞬間からだった、
『ぎゃぁっ!!』
『く、来るな!』
『化け物だぁっ!』
後方で悲鳴があがった。
それに先程の奇声もまじる。
「何だっ!?」
俺は足をとめ後ろを振り向いた。
どうやら敵襲の様だ。
奇襲とはいえ普通の敵っぽいけど?
なぜそんなに浮き足立っているんだ?
俺は疑問に思いながらも、
「援護に行くぞ!」
と前方の味方を連れて後方に向かった。
だが後方の惨劇に藤吉郎達は目を疑った。
そこには余りに無惨に食い千切られた味方の骸とそれを貪る敵の姿があった。
敵の目は逝っていて、その行動も常軌を逸している。
「な、何だこれ…?」
余りの惨劇に嘔吐するものすらいる程だった。
「薬じゃ…」
利家が思い出した様に呟いた。
「薬?何ですかそれ?」
「昔聞いたことがある。『アヘン』と呼ばれる薬を大量に投与すると、あのような化け物になると…」
「アヘンって…。麻薬じゃねぇっか!」
俺は怒りがわいた。
だがそうのんびりともしていられない、敵の標的が骸からこちらに変わっている。
「コロス…っ!!」
まずい!
「逃げるぞっ!全員走れっ!」
俺は叫んだ。
『うわぁーっ!』
それと同時に兵達が走り出した。
たが敵も追ってくる。
やっぱり人間じゃない!
敵の歩き方は奇妙で人のそれとは違った。
半四足歩行で飛び跳ねる様に追ってくる。
だがそれだからだろうか?
脚は異様に遅い。
これなら逃げ切れる!
だがここは流石は知将友通といった所だった。
『アァァァッ!』
前方からも奇声があがった。
まさかっ!
俺は慌てて足をとめた。
『ま、またかっ!』
『ひぃ!し、死ぬ!』
そう前にも敵が現れたのだ。
俺達は完全に挟まれた。
逃げ場は無い上に、味方の士気はドン底だ。
だが藤吉郎は一人現実に怒りを覚えていた。
「何だよ…?何でこうなるんだよ!戦だからって何でもありなのか!?人権は無いのか…?そんな事合ってたまるかっ!これだからいつまでたっても平和が来ないんだ!」
藤吉郎の憤怒の言葉に仲間の兵士達は黙って耳を傾けた。
「なら俺が終わらせる…!こういう事やるやつ全員、片っ端から倒して平和を取り戻す!だからそこどけぇっ!!」
俺は敵の群れに突っ込んだ。
「藤吉郎っ!ダメじゃ、死ぬぞ!」
利家の静止が聞こえる。
死ぬもんか!
確かに一人じゃ無理だ…。
だから、
「お前ら全員力貸せっ!!」
バキッ!ドコッ!
俺は敵の中に飛び込んだ。
怒りを纏った刀は重く、辺りの敵を吹き飛ばした。
「や、やりおった…。と、突撃じゃっ!藤吉郎に続けっ!」
続いて利家が前にでる。
そして二人に勇気を貰った兵が次々と前に出る。
『うぉーっ!』
それは全兵士に伝わり、やがて狂った敵達を吹き飛ばし始めた。
「目指すは本丸!岩成友通のみ!進めぇっ!」
藤吉郎達は見事敵を突破した。
その時、利家はある異変に気がついた。
「そういえばお主が斬った敵には傷が見えなかったがどういう事じゃ?」
と藤吉郎に言った。
確かにその通りだった。
藤吉郎の斬った敵には傷が無かった。
その理由は簡単だ。
「峰打ちです。さっきはずっと峰打ちでした」
「峰打ちじゃと?」
「はい、彼らは明らかに被害者です。自分の意思で俺達に立ち向かって来てはいない。そんな人達を俺には斬れません」
「ふっ、そうかお主は良い奴じゃの…」
「そんなんじゃ無いです…」
この戦いで俺は改めて戦はしてはならないと強く感じたのだった。
勝竜寺城 広間
「今ごろは罠にかかった織田どもは狂人隊に食いちぎられておるだろうな!」
友通は高笑いを飛ばした。
家臣達も愉快そうだ。
だが、
「残念だったな、食われてねぇよ」
彼らの前に藤吉郎達は姿を現した。
藤吉郎はあのあと何度と無く敵襲を受けたが、その度に勢いで敵を撃破してきた。
「な、なぜっ!」
友通は驚愕の声をあげる。
「ふざけた事しやがって、なぜ薬をつかった!?」
「なぜじゃと?勝つために決まっとろうが!戦は勝手なんぼ、その為には手段は選ばん!」
「てめぇ…!兵士はてめぇの道具じゃねぇんだぞ!一人の人間だ、そんな人達の将来を奪う権利なんててめぇにあるわけねぇだろ!」
「ふっ、綺麗事を!兵は駒!駒は、せいぜい勝利の為に散れば良いのじゃ!」
友通はこの一点張りだった。
これが友通の考えなのだろう。
藤吉郎には理解が出来ない。
「お前みたいな奴等がいるから平和が来ないんだよ…。誰かが傷つくんだよっ!」
藤吉郎はあくまで平和を望む。
だがこの考えはこの時代では受け入れられそうでなかなか受け入れられない。
「平和じゃと!?そんな物は偶像じゃ、夢見るだけ無駄じゃ!それこそ愚か者という者、そうは思わぬか?」
友通は家臣に同意を求めた。
『そうですな!』
『夢物語じゃ!』
友通もその家臣達も藤吉郎を嘲笑した。
明らかな差別の目。
それは藤吉郎でもなかなか堪える物だった。
だが、その時、
バスっ!!
突如、利家が友通の家臣を一人斬った。
「な、何をする!?」
友通と家臣は一斉に抜刀した。
利家は友通をギロッと睨んだ。
「こやつはわしの大事な弟子なんじゃ…。故にこやつの夢を馬鹿にする奴は何があろうとわしが許さんっ!」
ドスっ!バスっ!
利家は更に家臣を斬っていく。
もちろん敵も太刀打ちしてくるが、利家にはまったく歯が立たない。
「藤吉郎!お主のその平和への真っ直ぐな執念、わしは好きじゃぞ!故にわしだけはお主の夢を笑わん、わしだけは何があろうとお主の味方じゃっ!!」
「師匠…!」
利家はいつもその真っ直ぐな心意気で俺と共に戦ってくれた。
俺の隣にはいつも貴方がいる。
だから、
「はい!これからも二人で戦いましょう!」
俺も戦いに飛び込んだ。
「ひ、ひぃ!」
友通は怯えて何も出来ない。
その間に俺達は家臣達を完全に制圧した。
そして、
「さぁ、最後だ!友通っ!」
藤吉郎は友通の首筋に切っ先を向けた。
「くっ、ふふはははははっ!」
友通は突然笑いだした。
「な、何がおかしい?」
「終わりだと?そんなわけなかろう…!」
友通はニヤリと笑うと俺の腹を蹴り飛ばした。
俺は尻餅をつく。
利家が斬ろうとするが凄まじい逃げ足で駆け抜け、窓から飛び出した。
バカな!
死ぬぞ?
俺達は窓を覗きこむ。
すると、友通は天井を器用につたい外に逃げていた。
あれじゃもう捕まえるのは困難だろう。
「くっそっ!!」
俺は壁を怒りに任せて蹴った。
「落ち着け藤吉郎」
利家はそんな俺をいなす。
「でもっ…!」
「でもじゃない。例え奴を取り逃がそうとわしらは勝ったのじゃ!」
「俺達の勝ち…」
「そうじゃ戦は終わった!」
そうだ終わったんだ!
また何とか生き残ったんだ!
「やったぁぁっ!」
俺は勝利を素直に喜んだ。
この戦で当の友通は取り逃がしたが、戦は見事な勝利に終わり、これによる反織田勢力の弱体は必至だった。
この後様々な城が織田家に降伏することとなる。
かくして、勝竜寺城の戦いはここに幕を閉じたのである。




