勝竜寺城の戦い 1
第1章 堅城
勝竜寺城 周辺 南側
勝家率いる織田軍は勝竜寺城の南側に陣をたてた。
勝竜寺城は小畑川と犬川がぶつかる地点に位置し西国街道沿いにあるため交通の要所でもある。
北側と東側の一部に水堀が残りを全て高さが10m程の土塁が覆うという堅城だ。
南側に東西に伸びる土塁と空堀が施されておりその空堀に架けられた土橋が唯一の入口となる。
だがそこの西側の土塁が張り出していてそこから土橋に矢を射かけられる等防御に適した城となっている。
現在、織田陣営はそんな勝竜寺城を落とすべく軍議のまっ最中だ。
「やはり、戦は正攻法!正面突破じゃ!」
と堂々と言ったのは勝家だった。
それに対して可成が、
「それは危険です!我らの兵は殿の馬廻りとわずかな兵のみ、とても正面突破等できる兵力ではござらん!」
と反論した。
勝家達に与えられた兵はほんのわずかだった。
それは勝家達は先鋒であって城を落とすことを目的としていないからだ。
いくつか首級をあげればいいのだ。
だが今の藤吉郎にとってそんな事はどうでも良く、軍議も上の空である。
どうしよう…。
今思えば市様にとんでも無いことを言ってしまった。
引かれたかな…?
嫌われたかな…?
って、俺は何をこんなにモヤモヤしてんだよ。
高校生じゃあるまいし。
そういえば俺がこっちに来たの高1の時だったな…。
今思えば俺は青春のほとんどを無駄にしたのか。
「…吉郎殿!藤吉郎殿!」
いつの間にか勝家が俺の事を読んでいた。
「は、はいっ!」
俺は慌てて返事をした。
勝家は、
「何を呆けておるのだ!軍議の最中であるぞ!」
と怒鳴った。
「す、すみません!」
俺はその怒声に驚いて勢い良く謝った。
勝家は、
「まぁ、良い。それより勝竜寺城を蹂躙する策を考えよ」
と偉そうに言った。
何だよそんな事かよ…。
藤吉郎は勝家の事が嫌いだった。
偉そうな割には俺より才は無いうえに人を実力で差別するのだ。
しかもその頂点に君臨するのはやはり自分という自己中思想の持ち主だ。
そもそも、勝家は昔信長様を裏切って弟の信行についた事がある。
本当ならあそこで殺されてもおかしく無かったのだが信長の情けで生かされた。
本来、偉そうに等出来ないのだ。
「早くせぃっ!」
勝家は怒鳴った。
仕方がない…。
この程度の城の策など藤吉郎には朝飯前だった。
それに今回は落とすのではなく蹂躙だ、落とす必要が無いので城に入れればほぼ勝ちは確実だ。
「まず、今回は門からは入りません」
藤吉郎は語りだした。
「門から侵入しないだと?」
勝家が呟く。
「はい、今回は土塁をよじ登って奇襲を仕掛けます」
「ど、土塁をか!?しかしやれるのか?」
「やれます。城の東側、ほとんどが堀で囲まれていますが一部堀の無いところがあります、ここから梯子をかけるんです」
「梯子だと?土塁は相当な高さを持つのだぞ、梯子等届くのか?」
「竹です。竹はとても高く育つ上に丈夫です、それにこの辺りは幸い良い竹林が沢山ある。せいぜい奇襲です五本もかかれば上出来でしょう」
「なるほど、それで侵入したらどうする?」
「蹂躙。大手門を目指しながら敵を殺しに殺しまくる。そして最後に大手門を破壊して終了です」
俺は一通り話終えた。
俺の話を聞いていた皆は圧巻と言う感じに固まっていた。
だが一人だけ、
「よし!竹の伐採じゃっ、梯子を作るぞ!」
勝家だけは早くも動き始めた。
蹂躙、残酷な事だ。
城を落とすのではなく人を殺す策を考えるほど苦痛な事はない。だがこれから起こる事の方がよほど辛く残酷だろう…。
かくして、城攻めの準備が始まった。
『そっち持ってくれ!』
『竹がたりない!』
陣では慌ただしく竹梯子をひたすらに作っていた。
戦の開戦は刻一刻と近づく遅らせる訳にはいかない急いで作るしか無いのだ。
だが藤吉郎はもうすぐ戦だというのに悩んでいた。
浅井長政…!
俺はいつもあいつに甘い。
何かとあると直ぐに許してしまう、それはなぜだ?
何かあるのか?
『好きになってほしい』
俺の脳裏を市の言葉がよぎる。
俺の胸が音をたてて鳴りはじめた。
市様…。
市様がいるからか?
いや違うだろ。
「何を迷っておるのだ?」
突然可成に話しかけられた。
「うわっ!あ、えぇっ!?」
俺は驚きの余り間抜けな声を出した。
「はははっ!そんな驚く事無かろう」
可成にはそんな俺の様子がよっぽどおかしかったのだろう。
可成は豪快に笑った。
「す、すみません…」
俺は頭をかいた。
「良い良い。それより何を迷っておったのだ?」
「え、いやぁ…」
「はぐらかしても無駄ぞ、そうだあててやろう!」
可成は右手の人指し指をピンっと立て自分のこめかみに当て思案顔になった。
俺は少し心配になった。
だが可成はしばらくすると気がついた様に顔をあげた。
「わかったぞ!お主恋に落ちたな!」
「んなぁっ!何でわかったんですか!?」
俺は驚いた。
可成は俺が誰にも悟られない様にしていた恋心を見事に見抜いたのだ。
「やはり、当たりか!」
可成は子供の様に喜んでいる。
「で、でも何でわかったんですか?」
「な、何故かって何となくじゃな」
「何となく?」
「そうじゃ、深い意味は無いただそんな気がしたのだ」
「そんな事でわかったんですか?」
「わしは勘が良いからな。まぁでも恋心で悩んでるならばそれは間違っておるぞ」
「え、どういう事ですか?」
「男ならば己の好いた女子を信じよという事じゃ」
「でもそれが出来ないから…!」
「そもそもそこで言い訳をする事が間違っておる。恋とはそこまで複雑か?そうでは無かろうただ好いた、それゆえに側にいたいだから奮闘する。恋において策は無、己の攻のみが全てじゃぞ」
それは間違いなく可成の考えだった。
だが俺はそのまっすぐ過ぎる考えに惹かれた。
「それは、身分も状況も関係無いという事ですか?」
「うむ。恋は戦、女子は城。城を落とすのに身分もクソも無かろう、それに恋において易い状況など無い皆苦しいのだ」
そうか、そうだよな…。
状況が苦しいのは皆同じだ、だから一歩踏み出すんだ、思いを伝えるんだ。
その前にウジウジ悩んでるのはただ単に勇気が無いだけの意気地無しだ。
それに気がつくと大分気が楽になった。
「ありがとうございます…!」
俺は可成に言った。
可成は驚いた様に眉を動かした。
「これで踏み出せます。貴方のお陰で最高の一手が打てそうです」
「ふっ、急に元気になりおって。城は落とせそうなのか?」
「当たり前です。俺に落とせない城はありません!」
「勝手に言っとれ!だが城を落とすにはまず生きて帰らねばな」
「はい、それも勝って帰らねば…」
二人は互いに顔を見合わせると互いの手を力強く握った。
迷いは晴れた伝えよう、市様に思いを。
そして市様にも散々悩ませてやろう!
戦の準備は整った。
勝竜寺城 東側
日はすっかり沈み、辺りは暗闇と沈黙に包まれていた。
藤吉郎達は近くの茂みに隠れていた。
あれが土塁か…。
結構でかいな。
俺達の眼前に堂々とそびえ立つのは人間を何人も重ねた位の高さの土塁だった。
それは土塁と言うよりは壁だった。
「あれを登るのか…?」
勝家が小声で聞いてきた。
「はい、あそこをいかに素早く気づかれない様に登れるかがこの戦の肝です」
俺は土塁を指さしながら言った。
「な、なるほど…」
勝家は少し恐れおののいた様子だった。
だがそれほど困難でもない。
こちらの戦力は200ちょっと、梯子は10ある。
一つの梯子につき20人ずつ昇れば良い。
それに俺もわざわざ難しい場所など選ばない。
この東側というのは土塁よりも水堀のほうが多いため、防御は必然的に薄くなってしまうのだ。
さらにこちらは馬廻り衆。
馬廻り衆とは戦において本陣を防衛する集団の事だ。
それ故に武術に秀でた者が集まっている。
個の戦力は確実に勝っている。
「もうそろそろ行くか?」
可成が言った。
この可成も織田家随一の猛将で只でさえ大男なのに甲冑をまとい自慢の近江槍を手にするとその勇ましさはよもや鬼に匹敵する。
俺は一瞬気圧された。
「は、はい。行きますか…!」
可成はコクっと頷いた。
俺は勝家にも視線を送った。
勝家も慌てて返してきた。
準備は整った、ここを出たら敵の目につく。
直ぐに梯子を登らないと上から袋叩きだ…。
だったら先陣はやっぱり、
「皆っ!続けぇっ!!」
『うぉっ!』
俺しか居ない!
俺を先陣に部隊は雄叫びをあげて突撃を開始した。
辺りに点々と松明が灯る。
『誰だっ!』
目視で確認できる土塁の上にいる衛兵はどうやら気づいたようだ。
だがもう襲い。
ズダァンっ!
銃声が響く。
それは蜂須賀正勝率いる鉄砲部隊だ。
正勝は銃の名手、さらに正勝が率いる鉄砲部隊も凄腕揃いなのでたかたが10メートルなど障害でも何でもない。
蜂須賀達はあっという間に敵を打ち落とした。
これで襲撃に気づいた者は居ない!
「梯子をかけろーっ!」
俺の合図に、竹梯子が土塁にかけられた。
「行くぞーっ!」
『うぉーっ!』
俺は梯子を登り始めた。
登る最中左右を見渡した。
左右には勿論の事に10本の梯子が掛かっててそれをぞろぞろと兵が登っていた。
今一番高くにいるのは勝家だ。
本来こんな事をしていると敵に矢や鉄砲の集中砲火が待っているのだが今回はそれをする敵がいない。
まだ気づかれて居ないのだろうか?
そもそも、箕作城でもこうだった。
日中あんなに攻勢が激しかったのに夜になると俺達の奇襲を易々と許すほど手薄になった。
戦はいついかなる時も細心の注意をはらうんじゃないのか?
どの城もこうだと、何かあるのか?
いや敵は連携していない、ただこの辺の人がそういう気性なんだろう。
そんな事を思っていると随分と高いところに来ていた。
頂上まであと少しだ!
その時、
「柴田勝家っ、一番乗りぃっ!!」
勝家が一番乗りでついたらしい。
勝家らしい図太い雄叫びが響く、
ちぇっ、あのおっさんおいしい所はちゃっかり持ってくんだよな。
俺は心中で悪態をついたがひたすらに上に昇った。
そして、
「木下藤吉郎!二番手っ!」
二番着で頂上にたどり着いた。
やっとついた…!
勝家を見ると、どや顔だ。
あの野郎、敵だったら真っ先にリンチしてやる!
俺はそんな気持ちを必死に押さえ込んだ。
辺りを見渡したが敵の気配は無い。
兵も皆登ってきた。
よし、行くか…。
俺は心の準備を終えると刀を抜き叫んだ。
「皆のもの突撃せよ!蹂躙せよ!なるべく殺せ、一人でも多く殺せ!そして誰一人死ぬなっ!分かったな!?」
『はっ!』
「突撃っー!!」
部隊は再び俺を先頭に突撃を開始した。
今回の戦は蹂躙。
すなわち、城を落とすのではなく城を弱らせるのが目的。
その為に一番簡単な方法は兵を殺す事。
殺し合いだ。
俺はそれに後ろめたさを感じながらも足を止める事も出来ずに城に侵入した。
勝竜寺城 城内
「行けーっ!」
ドドドドドっ!
無数の蹄の音が響く。
それは藤吉郎達だ。
侵入した所がちょうど馬小屋で馬を奪って来たのだ。
既に幾つかの地点で戦闘を行ったが、所詮騎兵に歩兵。
戦いは一方的な物だった。
馬を疾走させるこちらの兵の手元には首が二つ程ぶら下がっている。
それは勿論藤吉郎も同じで左手に首を一つぶら下げていた。
長い間こっちで武人として生きていく中で首を持つという事に抵抗を感じなくなってしまった。
やはりそれは俺も乱世の人間という事だろうか?
いつか人を斬る傷みも忘れてしまうのだろうか?
そんな藤吉郎の前に敵の騎馬部隊が現れた。
「ちっ、敵も動きだしたか」
舌打ち混じりに可成が言った。
俺は
「後ろは振り向けません。やりましょう」
と言って馬を速めた。
可成も頷くと、
「藤吉郎に続けぇっ!突撃じゃぁっ!」
と言って俺と馬を並べた。
忘れてたまるか!
人を斬るのも、殴るのも!
殴った方も、殴られた方も!
「すげー痛いんだ!」
ズバァっ!
俺はすれ違い様に敵の一人の首を胴から切り離した。
司令塔を失った体からはフッと力が抜け馬から滑り落ちた。
「戦え!一人も死ぬなっ!」
俺は叫んだ。
この勝竜寺城の戦いで、藤吉郎達は200以上の首級を挙げたのにも関わらず損害は出さないという大戦果をあげた。
これによる勝竜寺城の弱体は明らかで信長達はこの戦に終止符をうつべく動き出すのだった。
だがこの戦の功績が藤吉郎に渡ることは無く、勝家が貰う事となった。
ダッダッダッダッ!
藤吉郎は寺の廊下を慌ただしく歩く。
戦からはさっき帰ってきたばかりなのでまだ汚れた具足姿だ。
藤吉郎が目指す部屋はただ一つ。
そうそこは、
「市様っ!」
藤吉郎は戸を開けながら言った。
俺が向かっていたのは市様の部屋だ。
可成に背中を押された。
もう迷いたくは無いから今言おう。
「と、藤吉郎…!?」
市は突然の事に戸惑っている。
俺はゆっくりと口を開いた。
「市様はズルいです」
「え?」
「なぜ俺に気持ちを伝えたんですか?貴女の言葉のせいで俺は迷った、悩んだ。気づいてしまった…」
「気づいた?何にじゃ?」
「自分も貴女と同じでズルかった!気づいてはいけなかった!」
俺はついに言った。
市への気持ち、でもやはり怖い。
「そ、それはお主は…!」
「それは!ご想像にお任せします…」
俺は市が核心を突く前にその言葉を遮った。
そして、
「それじゃあ、俺はこれで!」
市の前から逃げるように姿を消した。
何とか言えた…。
市様こんどは忘れません、だから貴女も忘れないで…。
俺への気持ち。
藤吉郎の迷いは払拭された。
そして勝竜寺城はいよいよ最後を迎えることとなる。




