稲葉山城の戦い 1
第1章 開戦
1567年8月1日
墨俣城 広間
その日信長達の元に待ちに待った報せが届いた。
「西美濃三人衆我軍への内応に同意致しました!」
伝令が声高に叫んだ。
西美濃三人衆とはこの頃西美濃を統治していた龍興の有力な家臣、稲原良道、安藤守就、氏家直恒のことだ。
この三人が寝返った事により信長に残されたのは稲葉山城だけとなった。
信長は勢いよく立ち上がった。
そして叫んだ。
「皆、長い間待たせてすまない!だがようやく準備は整った!全軍出陣!美濃を奪いにいくぞっ!」
『はっ!』
家臣達は頭を下げた。
井口山
信長は順調に進軍していた。
今朝方三人衆の内応の報せが入り直ぐ様兵士を集めて出陣した我々は今稲葉山城の城下である井ノ口の町を目指していた。
「猿っ」
俺は信長に呼び止められた。
「はい?」
俺は信長に近づきながら聞いた。
「猿、お前に任務を与える」
「任務ですか?」
「あぁ、これから今向かっている井ノ口の町へ火を放ってこい」
「えっ!?」
「どうした?何か不満か?」
「不満も何も。どうして無実の人々を殺さなきゃいけないんですか?」
俺は声を荒げた。
「どうしたも何も、戦だからだ」
信長は当然の如く答えた。
「だから、戦だからって戦わない人々を殺す必要は無いんじゃ無いですかっ?」
「戦わなくても奴等は戦力だ。町を潰す事で敵の収入を失わせるんだ」
「でも…」
「わかったな…」
「はい…」
「ふっ、まぁ生きたいと懇願する者は生かしても良いぞ」
そう言って信長は去っていった。
俺の心は曇ったままだった。
井ノ口の町近くの丘
先程の口論に負けた俺は秀長と兵士を連れて井ノ口の町にやって来た。
「兄上、さっさと火を灯して帰りましょう!」
秀長は楽しそうだ。
「あぁ、そうだな…」
俺は空返事を返す。
さっきから何かが引っ掛かっている。
何だこの心のモヤモヤは?
何かある、あの信長の言葉には何かが…
それは何だ?
俺は信長の言葉を思い出していた。
その時ある言葉が不意に不自然に感じた。
『生きたいと懇願する者は生かしても良いぞ』
何で信長はこんな事言ったんだ?
この言葉は完全に蛇足じゃないか。
何か理由があるんだきっと。
その時秀長が
「それにしても住民達が恐れおののいて逃げ惑う姿が目に浮かぶ!」
ん?住民が逃げ惑う?
そうか!そう言う事か!
死にたいなんて願う人はいない。
どんなに祖国に忠誠を尽くした兵士でも心の何処かでは生きたいと願っている。
ましてや一般人だ死を願う何て奴はいるはずない。
信長のあの言葉は存在するもの全て燃やせ尽くせって意味じゃ無くて、命ある者は助け出せって意味なんだ!
俺は秀長に言った。
「秀長!今すぐ住民の避難路を探し出せ!」
「えぇっ!何故にございますか?これから全て灰にかすと言うのに」
「信長様の命令だ!住民は全員助け出せ!」
「その様な事は仰って無かったような…」
「つべこべ言わずにやれ!」
「は、はい!」
秀長は作業を初めた。
「全くめんどくさいお方だ…」
俺は呟いた。
井ノ口の町
井ノ口は灰とかした。
だが犠牲者は一人もいない。
俺達が避難路を確保し無事全員を逃がすことに成功したからだ。
避難した住民は一旦清洲城下に送り信長が美濃を奪取し個々が復興したら戻すことになっている。
勿論それまでの生活は保証する。
一人で燃え尽きた町を見ていた俺に信長がやって来た。
「良くやってくれた」
そして俺の隣に立った。
俺は
「信長様は俺の事を試しましたよね」
「ふっ、あぁ試した」
「もし俺が住民を皆殺していたら信長様は俺の事を斬っていたんですよね?」
「あぁ勿論そうした。だがそうはならないと分かっていた」
「何故?」
「お前は俺の野望を良く理解しているからだ。俺の野望は誰一人傷つかない世の中を創ることそんな俺が無駄な血を流す事を望むはずない、それを一番理解しているのはお前だ」
「信長様…」
「だから、だから大丈夫だと信じていた…」
この人は信長なのか?
俺の知っている信長は残酷で人の痛みなんて分からない人だ、でも個々にいる信長はとても優しいじゃないか…
その時ふと言える気がした。
全てを言える気がした。
「信長様…」
信長は静かに振り向いた。
「俺は、俺は本当は…」
信長は真剣な眼差しでこちらを覗きこんでいる。
その眼差しを見ると気圧されて言える物も言えなくなった。
「腹がへりました」
「ふっ、何だそんな事かじゃあさっさと食おう!」
そう言って信長はは何処かに言った。
一人残された俺は自分の不甲斐なさを憂いた。
言えなかった…
本当の事言ったらもう信長様は俺から離れて行ってしまうんじゃないかって思ってそれが怖くて…
でもいつかは言わなければならないこと…
その時に言おう…
全てを…未来を…
俺も皆の元にむかった。
稲葉山城 広間
「何だと!井ノ口に火を放たれた!?」
斉藤龍興は声を荒げた。
龍興は若干16歳にして家督を継いだのだが。
16と言う若さに不満を抱いた家臣達から反乱を起こされた。
そして反乱を収めたと思ったら今度は龍興自信が酒と女に溺れてしまったのだ。
今も
「ふっ、大丈夫だ!この城はお祖父様が造り上げた無敵の堅城!それにわしには西美濃三人衆がおる!尾張のうつけ等には負けん!」
と家臣と城を過信し過ぎた少し抜けた奴なのだ。
龍興は家臣達に命令を始めた。
「皆の者、城の防御を堅めよ。一鉄、お主は軍を率いて信長を討ってこい!」
『はっ!』
家臣が頭を下げた。
一鉄も
「はっ!」
と言って頭を下げた。
そして評定はお開きとなった。
稲葉山城 一鉄の部屋
部屋には野村三十郎が訪ねて来ていた。
野村三十郎、龍興時代に武勇を認められた武将。斉藤家滅亡後は織田家に仕官しここでも武勇を認められた。その後重臣の佐々成政の家臣となる。
三十郎は言った。
「此度の戦従軍させて貰うことになった」
一鉄は
「そうか」
「あぁ、それよりどう思う?」
「何がじゃ?」
「斉藤家の行く末じゃ、わしはもう駄目だと
思う…」
「縁起でも無いこと申すな」
「でも事実じゃろう!龍興様は城と家臣を信頼し過ぎているし!それに何より家臣の心が離れて行っておる…」
「確かにそうだなぁ、だがそれをどうこう言っても無駄じゃろう」
「え…」
「わし等は自ら望んで龍興様についたならば最後までお仕えせねばならんそれがけじめというものだ」
「けじめ…」
「あぁ、一度決めたら絶対に負けないもし間違えたらけじめをつけるそれが忠誠心と言うものだ」
「ふっ、忠誠心か…そうじゃな最後までお仕えせねばな!」
「あぁ、さぁそろそろ行くぞ」
「おぅよ」
二人は部屋を出た。
その背中は先程までとは討って違い生き生きとしていた。
稲葉山城周辺 平地
織田軍陣 近く
「あれじゃ!」
三十郎は下を指差した。
兵士達は下を見下ろした。
下には織田軍の陣があった。
「思ったより少ないな…」
一鉄は呟いた。
その呟きに反応したのは三十郎だ
「あぁ、これなら勝てるぞ!」
「そうだな!行くぞ!」
「おぅっ!」
そして一鉄軍は進軍を再開した。
織田軍陣
「斉藤軍こちらに迫って来ます!正面から来る
模様!」
信長は
「ふっ、やはり来たか、数は?」
「約1000」
「ハハハハッ、まんまと騙されおった!我らは5000だが藤吉郎の策により数を偽装した!奴等はそれにまんまと騙されたのだ!」
この直前藤吉郎は軍の3分の2を後方に下げ陣には少数の兵士を残しあたかも少ない兵士で攻めて来たと思わせたのだ。
信長は俺に
「良くやった藤吉郎」
と言った。
俺は
「ありがとうございます」
信長は満足気に頷き。
家臣達に向き直った。
そして
「後方に下げていた軍を戻せ!戦だっ!」
『はっ!』
家臣達は陣を出ていく、俺も出ようとすると。
「藤吉郎!」
と信長に呼び止められた。
俺は振り返り信長に近づいた。
「何ですか?」
「この戦どう戦えばいい?」
「この戦ですか、まぁ数は圧倒的有利ですし正攻法で行った方が良いでしょう、敵を半ば囲む様に兵士を配置して一気に突撃する、下手に奇襲とかをした方が帰って損害が出ます」
「そうだな、だがこの先攻城戦が待っている出来れば兵の損失は最小限にしたいんだ」
「確かにそうですね。ならばこれはどうでしょう」
俺は信長に策を話した。
「おぉ、確かにそれは良いな、良しそれで行こう!藤吉郎出陣だ!」
「はい!」
俺も信長と共に陣を出た。
稲葉山城周辺 平地
一鉄軍側
一鉄は兵士達と共に最前線で馬に乗っていた。
1000人の兵士は横に並び綺麗な長方形を
作っている。
隣には三十郎がいた。
一鉄は三十郎に言った。
「兵の数が多くなっている…」
「まんまとやられたな…」
「くそっ!仕方がない防御中心で行くぞ!」
「了解!」
一鉄は叫んだ。
「全員戦闘用意!」
『おぉぅっ!』
兵士達は雄叫びをあげた。
その先には先程よりも圧倒的に数が増えた信長軍が布陣していた。
稲葉山城周辺 平地
信長軍側
信長は叫んだ。
「この一戦は我々織田の美濃進出の第一歩だ!皆心してかかれ!全軍突撃ーっ!」
『うおーっ!』
信長の合図と共に兵士達は突撃していく。
先陣を切るのは勿論信長だ。
信長は馬で颯爽とかけていく。
俺も後ろを馬で追う。
敵は反撃の用意を整えた。
そして遠くで鉄砲の鳴る音が聞こえた。
次の瞬間兵士が次々と血を吹き倒れていった。
幸い俺や信長他の家臣達には当たっていない。
敵は弓を放つ用意をしている。
その時辺りに恒興の声が響いた。
「弓を放てー!」
シュッシュ
頭上を矢が飛ぶ。
矢は美しい弧を描き敵に向かって飛んでいく。
そして
ズドズトズトッ
矢は敵に次々と刺さった。
矢を受けた兵士は唸りをあげて倒れていく。
これが俺の考えた策だ。
突撃は攻撃力は高いが敵にたどり着くまでは無防備となるその隙を後方から矢を注ぐ事により埋めると言うものだ。
敵の弓隊は頭上から降り注ぐ矢の雨に成す術も無く倒れていく。
そしてその間突撃隊は敵に突っ込んでいく。
だが敵も必死だった。
ズダンッズダンッズダンッ
今度は目に見える所で鉄砲が鳴り響いた。
そう敵の鉄砲隊が矢の降り注ぐ中命がけで放ったのだ。
その弾丸は直ぐにこちらに届いた。
兵士達が鮮血を吹き出し倒れていく。
辺りは血に染まる。
今度は何人かの武将にも当たった様だ。
馬上の武士が馬から吹き飛ぶ。
だが信長は無事だ。
信長は敵陣目掛けてまったく怯むこと無く進んでいく。
戦中の信長は別人だ。
目に心を感じられなくなる。
でもそれくらいがこの戦国時代には丁度良いんだろう。
そうこうしているうちに敵は目前だ。
弓隊は斉射を止め後ろから追って来ている。
そして遂に
『うぉーっ』
『イヤーっ』
兵士達が雄叫びをあげながら敵に飛びついていく。
ある者は槍を振り回し。
ある者は敵の首を斬り。
ある者は惜しくも敵に斬られ。
戦闘は白兵戦へと移行した。
俺も馬上て刀を振り回していた。
もう桶狭間で怯えていた俺はいない。
あの時利家に教わったのだ、敵を殺すのではない解放するのだと。
そう利家から。
俺はふと辺りを見回した。
その時ある見覚えのある姿があった。
それは
「師匠!?」
そこには利家がいた。
利家は昔ある問題を起こし今は出仕停止を受けている。
つまり個々にいてはいけないのだ。
俺は馬を降り急いで利家の元に向かった。
「師匠!何でいるんですか!?」
利家も驚いた様で
「おー!藤吉郎!久しぶりだな!」
「久しぶりだなじゃ無いです!師匠今出仕停止されてるんですよ!」
「そんなことしるか!戦があると聞いたから来たんじゃ!」
「でも師匠、桶狭間の時も勝手に参加してこっぴどく叱られたじゃないですか!」
「あの時は手柄が足りなかったんじゃ!今回は首二つじゃ!今度こそ!」
「いや、止めた方が良いですって!」
「うるさいわ!わしは行く!お主がなんと言おうとな!ではまた会おう!」
そう言い残して利家は行ってしまった。
「止めた方が…」
俺は一言そう呟いた。
その時
「やぁーっ!」
後ろから雄叫びが聞こえた。
俺は慌てて振り返った。
振り替えると後ろから刀を振り上げた武者が突っ込んで来ていた。
やべっ!
俺はその武者の刀をギリギリでかわした。
その勢いで後ろに下がり距離をとった。
その時ようやく相手の顔を見た。
「稲葉一鉄…」
そうそこには墨俣で俺達を襲った奴がいた。
一鉄は
「また会ったな。名は確か…」
「木ノ下藤吉郎」
俺は仏頂面で言い放った。
「藤吉郎か、良い名だ」
そう言った瞬間一鉄は斬りかかって来た。
俺は一鉄の振り上げた刀を刀で弾いた。
その時一鉄の腹に隙が出来た。
俺は迷わずそこに刀を突き立てた。
だが一鉄は体をねじりそれを交わし一歩後ろに下がり距離を取った。
その直後一鉄は再び踏み込んで刀を振り上げた。
俺はそれを胸の前で刀で守り力をこめた。
俺達は刀を交差させた状態でいがみ合った。
一鉄の豪胆な顔が直ぐ側にある。
なかなか良い顔だ。
俺達は足を振り上げた。
そしてお互いの腹を蹴り飛ばした。
二人は同時に吹っ飛んだ。
気がつけば息が上がっていた。
俺は息が上がって状態で一鉄に言った。
「貴方はなぜ龍興につくのですか?」
一鉄は首を傾げた。
「言っている意味がわからん」
「龍興は女ったらしで酒浸りで人間の駄目な所を纏めたような奴じゃないですか!」
「ふっ、龍興様はそんな方では無い、今は魔が差しているだけだ、あの方は本当は強い信念をもっているのだ」
「信念?」
「あぁ、あの方が幼くして家督を継いだとき家臣達の心は揺らいだ、それは勿論わしもだ、そんな時あの方はわしには仰られたのだ『わしは自分が傷つく事自分が死ぬ事は怖くない、だがお主達が死ぬ事は耐えられんだからわしはもしお主がお主達が危険に晒されたら例え楯に成ってでもお主達を守る、たがらお主達は絶対に死ぬな』とな、その時わしは誓ったのだわしとて龍興様に死んでほしくないたがら共に生き一生側に居ようとそれがわしの龍興様に付いていく理由だ」
「でもそんなの今のあの人にあるがどうか?」
「ある!あの人は忘れていない!今に見ていろお主等が稲葉山に攻めいったらお主等など木っ端
微塵だ!まぁ今は退くがな」
一鉄はニヤリと笑うと
「退却じゃーっ!退却じゃーっ」
と叫んだ。
そして俺に向き直り
「ではまた会おう!」
そう言って走り去ってしまった。
俺は一人立ち尽くし呟いた。
「あれも正義か…」
俺は追撃にかかった。
こうして準備は整った。
遂に美濃奪取最終決戦が始まる。




