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「――やったぁ。ボクのまた勝ちだね!」

 どうやら、漣は碁盤の付喪神らしい。

 桜麟がそう思ったのは、遊びにと漣が選んだのが囲碁だったからだ。外で相撲をするだとか鬼ごっこだとか、そういうものを想像していた桜麟にとっては意外だった。

 そして、いざ打ってみるとめっぽう強い。最初の数戦は互先でやったのだが、相手にならずこてんぱんにされてしまった。漣が面白くないと膨れるので、置き碁になったのだが、四つ石を置いた状態でも負かされてしまった。

「漣は強いですねぇ……」

 石を片付けながら桜麟は悔しくて唇を曲げる。

 主を楽しませるには教養も必要。徳次郎の屋敷では一通りの遊びを習っており、その中には囲碁もあった。素人の域ではなかったはずなのに、ここまでの差があるとは思わなかった。

「早く次をやろうよう! 置き石は五つにする?」

「うっ……いえ、四つでお願いします」

 このまま言われるがままに置き石を増やすのは情けない。このあたりで連敗は止めたいところだ。

 ぱち、ぱち。

 何手か無言で進んだところで、漣が腕を組んで呟いた。

「このお姉ちゃんの手癖。どっかで見たことあるんだよなぁ」

「そうですか? 別の手を選んでいるつもりなのですけど」

 自分としては考え抜いた一手のつもりだ。思考に癖でもあるのだろうか。

 囲碁盤の付喪神ともなれば、多くの手順を知っているだろう。それが誰かに似ているということなのかもしれない。

(わたしも漣のことを、どこかで知っている気がするのですが)

 一方で桜麟もそんなことを考えていた。出会って日が浅いはずなのに、以前どこかで会っている。それが思い出せそうで思い出せない。決定的なものがなくて、ここ数日はもやもやとしたものを抱えている。

 そんな集中ができていない状態で勝てるわけもなく、再び桜麟は負けてしまった。ぐぬぬ、と拳を握っていると、見廻りから左近と玄亀、他の者達も戻って来る。

「もうこんな時間ですか」

 外を見ると空が茜色に染まっていた。

 玄亀に漣の相手を任せて、桜麟は腰を上げると急いで台所へと向かう。うっかり時間を過ごしてしまい、今日は台所の付喪神達に全部任せてしまった。

 台所ではほぼ夕餉の支度は終わっていた。桜麟は台所の付喪神に謝ってから、盛り付けを手伝う。輝久の戻りを確かめてから、二人分の膳を運んだ。

「輝久様。今日もご苦労様です」

「すまんな。少し遅くなった」

 いえいえ、と桜麟は茶碗にご飯を盛る。最近はなぜか、左近と玄亀は別の部屋で食事をとるので、輝久とは二人きりだ。漣の相手も夜は玄亀がしてくれる。理由を聞くと「大切な時期だからね」と左近が片目を瞑ったのだが、桜麟には意味がわからない。

 いただきます、と輝久が箸を取るのを待ってから、自分も食べ始める。ここ数日、恒例のようになった問いかけを輝久がしてきた。

「漣は何か思い出したか?」

「いえ、まだ何も。すみません、役立たずで……」

 桜麟は恐縮しながら答える。ここで厳しい主なら――たとえば徳次郎のような――桜麟を折檻するところだが、輝久は落胆することもなく箸を動かす。

「そうか。仕方がないな。引き続き漣の件は任せるぞ」

(うう……またお払い箱が近づく……)

 何も進展がなくて焦りを覚える。九兵衛の屋敷で失敗して、漣からも何も聞き出せないとなると、本当に何もできない役立たずだ。輝久は荒事をさせまいと、桜麟にこのような役目を命じたのだろう。だが、桜麟のほうも漣に怖い思いをさせてまで、何かを思い出してもらおうとは考えてはいない。

 前にも後ろにも進めない状況は、桜麟を次第に追い詰めていた。

「ふっ……」

 輝久に茶碗にお代わりを盛っていると、聞こえてきた忍び笑いに桜麟は首を傾げた。

「何か可笑しいのですか?」

「お前は心根が優しすぎるな。本当に護り手には向いていない。俺がお前の立場なら、多少締め上げてでも漣に吐かせるがな」

「……そんなこと、出来るわけがないじゃないですか。それでもわたしには退けない理由があるんです!」

 さすがに、むっ、ときてしまう。眉間に皺を寄せていると、輝久がさらにくすくすと笑った。

「そんなに徳次郎の元に戻りたくはないか」

「もちろんです! 出戻ったらわたしは何と言われることか。きっと妓楼に売られてしまいます!」

「そのくらいは、俺が手を回してやれるところではあるのだが」

 肩をすくめながら輝久はご飯をかきこむ。桜麟はその姿を見ながら心の中だけで、こっそりと付け加える。

(それに……もう、わたしは輝久様が主であってほしい)

 輝久は桜麟を護り手にさせるつもりはないようだが、桜麟はここで生涯働きたいと思うようになっていた。この奉行所は、付喪神にとって実に居心地がいい。左近や他の人間達も付喪神に理解がある。まるで本当の人間のように接してくれる。

 それは、付喪神奉行である輝久が作り上げたものだろう。

 輝久がその立場にいる限り、ここの付喪神は安泰だ。なるべく長い期間、輝久には奉行の座を保ってもらいたい。それを助けるためならば、桜麟は自分の霊力などいくらでも使っていい。自分の寿命が縮んだって構わない。輝久を主と仰いで過ごせるならば、どんなに素晴らしい日々となるだろう。

「わたしはまだ諦めていませんから。絶対に輝久様に認めてもらいます!」

「オレとしては、自分から諦めてほしいと思っているんだが」

 食後のお茶を飲みながら輝久は小さく息を吐いた。

「明日は久しぶりにお前も連れて行こうと思う」

「え、いいのですか?」

「お前が思い詰めて妖魔に堕ちられても困るからな」

 茶化すような輝久の口ぶりは、それはないと信用されているからだろうか。

「九兵衛の屋敷に行く。お前も気になっているのではないか?」

「何かわかったのですか?」

 うむ、と食後のお茶を飲みながら輝久は言う。

「数日調べていたのだが、あの屏風は盗品ということがわかった。となると、付喪神絡みの事件の糸口になる可能性もある。上手く鎮めてやれば話を聞けるかもしれん」

「わたしに名誉挽回の機会を与えていただけるのですか?」

 思いがけない機会に、桜麟は胸に手を当てて昂る感情を抑えた。

「一度の失敗では、お前も納得いかんのだろう?」

「はい……っ!」

 身を前に乗り出して力強く返事をする。

 それと同時に、今度こそ失敗するわけにはいかないと気を引き締める。今まで何も成し得ていない自分に、ここまで機会を与えてくれるのだ。絶対に成功させて、輝久を認めさせるきっかけとするのだ。

「――ん。この音はなんでしょう。火事……?」

 今度はどうすべきかと方法を考えていると、遠くの方から半鐘が鳴るのが聞こえて桜麟は眉をひそめた。

 その中に少し高い別の半鐘の音が混じった。すると、輝久の手が脇に置いていた斬妖刀へ伸びた。

「火事だけではないな。妖魔も出たようだ」

「輝久様、わたしも!」

 気持ちが昂ったままの桜麟は、思わずそう言って立ち上がっていた。輝久は少し迷うような表情。

「お願いします!」

「……また勝手をされても困るからな。俺の側から離れるなよ」

「ありがとうございます!」

 もちろん、離れるつもりなんてない。自分の力を示すには、輝久にその目で見てもらわなければいけないのだから。

 はやる気持ちを抑えながら、桜麟は輝久の後を続いた。


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