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    ◆


 屋敷へ戻ると、ちょっとした騒ぎになっていた。

「おうり~~ん!」

 ドタドタと駆けて来た玄亀の情けない声。はてさて、と首を捻っていると、すぐに理由がわかった。先ほどよりも少し小さい足音とともに、物凄い勢いで小柄な少年が飛び込んできたからだ。

「玄亀おにいちゃ~ん、遊んでよ~~!」

「だから、おいらも忙しいんだって!」

 ええと……と、桜麟は小柄な少年を見下ろす。少年の方もすぐに気が付いて、今度は桜麟へと突進して来た。

「お姉ちゃん、助けてくれてありがと~!」

 十歳くらいの少年の姿。すぐに桜麟はピンときた。

「あらまあ、妖魔騒ぎの時のあの子ですね? 目が覚めたのですね」

「うん! ボクは漣(れん)。よろしくね!」

「わたしは桜麟と申します。もう身体は大丈夫ですか?」

「ばっちりだよ!」

 妖魔に堕ちかけて暴れていた少年の付喪神。屋敷で預かっていて、やっと目が覚めたようだ。このまま元の姿に戻ってしまうのでは、と心配していた。

「そうか。元気そうなところでさっそく話を聞きたいのだが」

 わちゃわちゃしたやり取りの中に輝久が割って入ると、さっと漣が桜麟の影に隠れた。

「あ! このお屋敷で一番怖そうなおっちゃん!」

「お、おっちゃん……」

 悪気はなかったのだろうが、おっちゃん呼ばわりに、傷ついたように輝久の動きが固まる。その姿に「ぶはっ」と桜麟は吹き出してしまった。いつもは冷静に対応する者が、こんなに動揺しているのを見るのは面白い。

 ……などと思っていると、思いっきり睨まれてしまった。輝久は、こほんと咳払いをすると漣と向き直る。

「ええと、漣とやら。お前が妖魔に堕ちかけていた時のことを聞きたいのだが、誰にあの鈴を付けられたのか覚えていないか?」

「そこのお兄ちゃんにも聞かれたけど、記憶にないんだってば! 覚えてないからって元の姿に戻したりはしないよね? ねっ?」

 ガタガタと桜麟の背後で漣は震える。その頭を桜麟は撫でながら、同じ目線に腰を落とした。

「大丈夫ですよ、漣。おっちゃん……じゃなかった、輝久様は付喪神を大切にしてくれるお方です」

「……本当に?」

 うん、と桜麟は大きく頷いた。たとえ自分をお払い箱にしようとしていても、それだけは間違いない。

「だから、落ち着いて。あの時のことを思い出してみませんか?」

 輝久はこの付喪神を、一連の事件に巻き込まれた付喪神だと思っている。漣の証言はとても重要なものになると予想できる。

「う~ん……ごめん。やっぱり無理だよ」

 しばらく頑張っていた漣だが、恐怖の色をその瞳に浮かべて訴えてくる。

「思い出そうとすると、何だか怖くて……また、ああなっちゃうんじゃないかって……怖い怖いコワイ――」

「ああっ、すみません、落ち着いてください!」

 漣の身体から黒い靄が出てきたのを見て、桜麟は慌てて彼の身体を抱きしめた。それは妖魔に堕ちる前兆。

 漣はよほど怖い思いをしたのだろう。こちらの都合でずけずけと聞いてしまったと、申し訳ない気持ちになる。

「大丈夫ですよ。わたしがいますから。輝久様も守ってくれます。大きく息を吸って、吐いて……ほら、大丈夫でしょう?」

 桜の花弁を漣の頭に乗せて何度も言い聞かせる。九兵衛の屋敷では失敗してしまったので、今度こそと思いながら……。

 幸いにも今回は力が通じた。すぐに漣は落ち着いて、妖魔の前兆は収まっていく。

「あ、ありがとう。またお姉ちゃんに助けられちゃった」

 よほど怖かったのか、桜麟の腕の中で、ぐずぐずと肩を震わせて泣き出す。その背中をあやしながら輝久を見上げると、桜麟は小さく首を横に振った。

「輝久様。しばらく時間を置きませんか」

「ふむ……それがよさそうだな」

 輝久は踵を返しながら桜麟へと告げる。

「漣のことはお前に任せるぞ。町の巡回にはついて来なくていいから、漣の遊び相手になってやれ」

「ええっ! わたしに相手を!?」

 えらく懐かれているが、こんなお子様の相手はしたことがない。目を白黒する桜麟だったが、話は決まったとばかりに輝久はさっさと奥の部屋へ行ってしまう。

「えへへ。お姉ちゃん遊ぼう?」

 追いかけようとするも、無邪気な顔を向けてくる漣を無下にも出来なくて……。

 桜麟は曖昧に笑みを浮かべて頷くしかなかった。


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