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    ◆


「すみません、輝久様」

 九兵衛の屋敷を出てから、桜麟は頭を下げて謝っていた。

「わたし、何もできませんでした。こんな役立たずな護り手はお払い箱ですよね……」

「深く気にする必要はない。お前の力をこの目で見たかったから試しただけだ」

 追い打ちをかけられるかと思いきや、意外にも輝久は寛大だった。落ち込む桜麟の肩を労わるように叩いてから、近くの茶店に連れて行く。桜麟のために団子を注文してくれて、自分はお茶を飲む。

「お前が成功すればそれでよし。失敗したら失敗したで、九兵衛の説得の材料に使えると思ったのだが、あのごうつくばりは命よりも銭のほうが惜しいらしい」

 吐き捨てるような輝久の口ぶり。自分と同じような感情を抱いていたのだと、桜麟はほっと安心した。

「しかしだな、その後のお前の行動はいただけん」

「ええと……九兵衛に文句を言おうとしたところでしょうか。すみませ――」

「屏風の攻撃を避けなかったところだ」

 予想外のところを指摘されて、桜麟は驚いて団子を喉に詰まらせるところだった。

「けほっ……ど、どうしてですか? わたしが避けたら輝久様に害が及んでしまっていたではないですか。九兵衛はどうでもよかったですけど」

 主に怪我をさせるわけにはいかない。自分の身体で受けようと思ったのは、そんな咄嗟の判断だった。自分の霊力は高めていたので、直撃を受けたとしても全身が痺れるくらいですんだはずだ。

「阿呆」

 輝久の手が伸びてきて、その人差し指が桜麟の額を軽く弾いた。

「護り手は弾除けではないのだ。少なくとも俺にとってはな。ともに任務を遂行する仲間だ。お前だけが痛い目を見ればいいというわけではない」

「ですが……」

 桜麟は戸惑ってしまう。自分が抱いていた護り手という印象と、輝久からの扱いがかけ離れている。主のために命を賭けて尽くす。それが護り手に選ばれた付喪神の使命ではないのだろうか。

 もちろん桜麟だって死にたくはない。痛いのだって嫌だ。たとえ妖魔でも自分の刃は向けたくないから、妖魔退治もしたくはない。けれど、そのために自分を惜しみ、主を害させてしまっては意味がないではないか。

「お前は斬妖刀の付喪神だからか、最初から忠誠心は高い。護り手が嫌で、慣れるまでは反抗的な付喪神もいるからな」

 桜麟のために団子を追加してから輝久は続ける。

「だがな、そんなことでは長生きできんぞ。もっと気楽にいけ。お前は千両もしたんだから、簡単に壊れてくれるな」

「うう……お払い箱にしようとしているのに、その言いようはずるくないですか?」

「そうか? 俺は護り手としての心構えを説いているだけだ」

 全くわかっていない様子で輝久。

 ずるい。全くもってずるい。

 お払い箱にされるわけにはいかない。そんな一心で輝久へ宣戦布告をした。本当は護り手なんて自分にはできないと思っているのに、このようなことをされたら、輝久が主であってほしいと、心から願ってしまうではないか。

(妖魔退治さえできれば……)

 致命的な己の欠点。これを克服しない限り、輝久は不要と判断するだろう。今は妖魔を鎮めるという霊力の特殊性で誤魔化しているが、いつまでも隠し通せるわけもない。いつかは明るみに出て、輝久の期待を裏切ってしまう。

 いや、今だってあまり変わらない。あの『成り』かけの付喪神を鎮めることができなかったのだから。

「――おや、もしかして、桜麟かい」

 聞いたことのある声に呼びかけられ、思考に沈んでいた桜麟は顔を上げて驚く。

「あ……徳次郎様! どうしてここに」

「うん? ああ、仕入れってやつだよ。輝久様もご機嫌うるわしゅう」

 一瞬だけ間があったようにも思えたが、すぐに徳次郎はにこにこと揉み手をする。

「桜麟の具合はどうじゃろうか? お役に立っておりますかのう?」

「まあ、そこそこだな」

 桜麟に見せていた雰囲気からは一転して、事務的な口調で輝久。

「大きな失敗もなく、そつなくこなしているぞ。護り手という役目に慣れれば、もっと力を発揮するだろう」

「そうですか。それはよかった。付喪神奉行様とあれば、護り手も相応のモノが必要ですからのう。護り手は限りある人間の霊力を補う存在。消耗品とおなじですからな。次の護り手を求める際も、是非ともこの徳次郎を御贔屓に」

「ふむ。また千両の護り手か? 俺の噂を知らんはずはないだろうに……なかなかにお前は商売熱心だな」

 ちくりと輝久が皮肉を刺すと、徳次郎は滅相もないとばかりにパタパタと手を振った。

「ふぉっふぉっふぉ、だからこそですじゃ。せっかくお近づきになれたこの縁。商売繁盛のためにも、絶対に離しはしませんぞ。護り手はどんどん使い倒してくだされ。いくらでも次はご用意できますからなぁ!」

 悪びれた様子もなく、笑いながら徳次郎が去って行く。輝久はその後ろ姿を厳しい瞳で見送った後で、呆れたように息を吐いた。

「あそこまで熱心に売り込まれると、逆に感心してしまうな。こっちも出るか」

 輝久は店の者を呼んで銭を払う。「行くぞ」と声を掛けられて、ぼーっとしていた桜麟は慌てて彼の後を追いかけた。徳次郎から散々な言われようだった彼女だが、それよりも別の事柄が彼女の心を占めていたのだ。

「あの……輝久様。先ほどのお話は本当なのですか? 人間の霊力は限りある、と」

 それは、桜麟の知らない事実だった。

 付喪神にも寿命というものがある。それは付喪神に『成る』までに溜め込んだ霊力だ。それは人型であろうと、モノの姿のままであろうと同じだ。霊力が尽きれば、人型は元の姿に戻るし、モノの姿の付喪神は動かなくなる。

 これがいわゆる、付喪神としての死だ。一度その状態になってしまえば、霊力を再度蓄えて付喪神へ戻ることはできない。

 だが、人間の霊力と寿命は別であり同義ではないはずだ。だから桜麟は、人間の霊力は一生使えるものだと思い込んでいた。

「ああ、徳次郎の言った通りだ。まさかお前は、人間の霊力は湧き水のように枯れないとでも思っていたのか?」

「いえ……人間は歳をとりますから。体力的に衰えるものはあると思っていましたけど、それ以外にも霊力が弱まる条件があるのですか?」

「俺も詳しいことはわかっていないのだが……」

 心乱れる桜麟をよそに、飄々と輝久は説明する。

「どうやら一生のうちに使える霊力は決まっているようなのだ。その時が近づけば徐々に霊力が弱まる。付喪神奉行所の組織は実力主義だから、霊力が弱まった時が隠居だ」

「護り手はどうなるのですか?」

「……まだまだ余力のある護り手は、次の者に引き継ぐこともある」

「そう……なのですか」

 人間と護り手の関係は一生ものだと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 玄亀の説明では、今の奉行所の雰囲気は輝久のおかげだ。別の者が奉行職に就けば、当然それも変わってしまうということだろう。輝久と同じように付喪神に理解のある者であればいいが、もしも、付喪神をただの道具としてしか扱わない者が来たりしたらどうなってしまうだろうか。

 人型の付喪神は便利な道具だ。鈴を付けられて霊力が尽きるまで酷使される。そして、役に立たなくなれば、容赦なく処分される。霊力が尽きたころは、元の姿もボロボロとなっており、適当に捨てられてそれで終わりだ。

「ま、そんなわけだからな」

 沈黙した桜麟の肩を叩いて、輝久が明るい声で言う。

「だから、護り手なんぞやめておけと忠告しているのだ。お前は霊力そのものが寿命だろう? 長生きしたければ付喪神屋に戻って、次の主を見つけることだな。平穏な暮らしなら、お前は百年や二百年は軽く生きるだろうよ」


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