第八十三話 兄の肩書
検査を終えた翌日、王女から短い呼び出しが届いた。
東棟の書庫の机には封筒が一つだけ置いてあった。封蝋は王家の記録係のもので、その横に、円に番号の印が押してある。
「あなたが前に頼んだ照会の返事よ」
エレオノーラは封筒をこちらへ押した。
「兄君の今の立場を、妹として確かめたい。あなたはそう書いた。私は窓口へ回しただけで、何を出すかは向こうが決めたわ。王家の印があっても、私の名前で開けた封ではないの」
「分かっています」
「なら、読んで」
リディアは封を切った。
紙は一枚だった。上に王家の記録係の印。その下に、短い文が並んでいた。
当事者からの照会に対する回答。
管理先の正式名称、王立魔導院・世界基盤研究零号室。
設置の目的、世界基盤の衰えの観測と、その対策。
副室長、セドリック・エルフォード。任命は六年前。現職。
室長の名と、その他の職員、内部の決定の記録は、本回答の範囲に含まない。
いちばん下に、円に番号の印があった。
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リディアは紙を二度読んだ。
副室長。前の人生でアレクシスが知ったことと、同じ肩書だった。
今世の裏付けが、目の前にあった。
「世界基盤研究」
リディアは小さく読んだ。
「この前の要約にあった言葉ですね」
「そうね。同じ言葉よ」
王女は窓の方を見た。
「衰えの対策。つまり、世界が崩れないようにするための部署ね。どんな対策なのかは、一行も書いていない」
「殿下は、ご存じだったのですか」
「零号室という名前は知っていた。あなたに見せたとおりにね。中身は知らなかった。兄君の名前がここにあることも、この返事で初めて見たわ」
エレオノーラはリディアに視線を戻し、少しだけ口の端を上げた。それから、封筒をもう一つ出した。
「写しよ。持って帰っていい。原本は返して」
リディアが写しを鞄に入れると、王女はもう一言足した。
「兄君と話すなら、記録係を一人立ち会わせることもできるわ。それくらいの手配なら、私の名前で通る」
「ありがとうございます。最初は、私だけで聞きます。記録は自分で取ります。足りなければ、その時にお願いします」
「そう。なら、足りなかったら言いなさい」
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伯爵邸に戻ると、リディアは自分の部屋の机に、兄に関わるものを並べた。
北の遺跡の写しの、円に番号の管理印。報告書から外された一行の行き先。院に来た査察官。北の奥の、兄が自分の権限で止めた新しい線。
一行を移すと決めたのが兄だったのかは分からない。査察官を送ったのが誰なのかも、北の線を足したのが誰なのかも。
それでも、全部が同じ部屋につながっていた。その部屋の副室長が、兄だった。
リディアはしばらく、紙の並びを見ていた。
兄は、研究室と家の往復だけにしろと言った。北の奥へ行くなら自分も行くと言った。お前のためだと言った。
あの言葉に、嘘はなかったと思う。兄は本気で、自分を守ろうとしている。
けれど、何から守ろうとしているのか。どうやって守るつもりなのか。兄は一度も、自分の口から説明していない。
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リディアは便箋を出した。
兄様、と書き出しかけて、ペンを止めた。
家族として会いたいのなら、夕食の席で話せばいい。兄はいつも、そうしてきた。心配するな、お前のためだ、と言って、話を終わらせてきた。
今度は、それでは足りなかった。
リディアは書き直した。
王立魔導院・世界基盤研究零号室、副室長、セドリック・エルフォード様。
当事者として、説明を求めます。零号室が私について何を記録し、何を管理し、何をしようとしているのか。副室長として答えられる範囲を、答えられないならその理由を、伺いたく存じます。
日時と場所は、そちらの都合に合わせます。ただし、記録を取ることをあらかじめお許しください。
最後に、署名した。研究員、リディア・エルフォード。
封をする前に、もう一度読み返した。
妹としての言葉は、一つも入っていなかった。それでいいと思った。兄が妹に答えたいなら、副室長として答えたあとで、いくらでも聞く。
封筒を執事に預けると、窓の外はもう暗くなっていた。
兄の言う世界は、二百年かけて衰えてきた世界だった。それを守るのが、兄の仕事だった。
兄が守ろうとしている世界に、自分の希望は入っているのか。




