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二度目の人生では、公爵様と結婚しません ~前世の夫が、なぜか今度は私を守ろうとします~  作者: かなりあ


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第七十一話 共同研究の条件

 誰もいない研究室は、いつもより広く見えた。


 バルドは院の資料庫の棚卸しに出ていて、ニコには王宮工房へ標準器の礼状を届けてもらっている。どちらも前から決まっていた用事で、リディアは翌日の昼、その時刻に合わせてアレクシスを呼んだ。


 扉を閉めると、作業台を挟んで三人が座った。ユリウスは帳面を開いていたが、ペンは持っていなかった。


「約束の期限の内に話します」


 リディアは言った。


「先に、話す順番を決めさせてください。私が覚えていることと、この人が覚えていることは違います。混ぜると、どこまでが誰の記憶か分からなくなります」


「うん。分けて」


 リディアは膝の上で手を重ねた。


「私は、一度、この人生を生きたことがあります。十七の歳から、二十七の建国祭の日まで。この人と結婚して、十年暮らして、死にました。目が覚めたら、十七の歳の朝に戻っていました。覚えているのは、その一つ前の人生だけです」


 ユリウスは何も言わなかった。帳面の上に置いた手だけが、少し動いた。


「この人は、もっと多くを覚えています。何百回分。数は本人にも分かりません。普通のことは崩れて混ざっていて、私が死ぬ場面だけがはっきり残っている、と聞いています」


 アレクシスが頷いた。


「数えていた頃もあった。途中から数えられなくなった」


「それから、北の一行の候補の文。あれは、この人の証言から出たものです。この人が思い出せるいちばん古い場面で、言われた言葉です。誰の証言かを伏せたまま、校訂を頼みました。ごめんなさい」


 ユリウスはそこで、初めて口を開いた。


「謝らなくていい。伏せてるって、最初に言ってくれたから」


 それから、帳面の該当の頁を開いた。


「でも、校訂は見直す。補ったところの出典が公爵の証言なら、証言と字が合ったことを、二つの別々の裏付けとは数えない。証言が先にあって、それに合う字を当てたんだから。確かめられるのは、原文を読めた時だけ」


---


 ユリウスはしばらく、ペンを持ったまま動かなかった。


 二十七で死んだ、と言った時の顔を彼は見ていた。何百回、と言った時のアレクシスの顔も。


「……君が死ぬのを、公爵は何百回も見てるってこと?」


「はい」


 ユリウスは目を伏せた。それから、低い声で言った。


「僕は、知らないうちに、そういう話の上に乗った研究を手伝ってたのかもしれない。それが少し怖い。でも、知らないまま続ける方が、もっと怖い」


 顔を上げた時にはいつもの声に戻っていた。


「信じる、とは言わない。今は言えない。代わりに、これまでの記録と矛盾しないかを見る。いい?」


「お願いします」


 ユリウスは最初の方の頁を開いた。北の遺跡で、リディアが一項先を紙に書いて預け、四度続けて一致した日。


「あれは、知ってたから?」


「知っていたのではありません。読む前に、続きが浮かびかけました。前の人生で、北の遺跡の中を読んだことはありません」


「なら、前の人生の記憶とは別のもの。別の欄にする」


 それから、東の壁の頁。


「あの時、君は言った。まだ話せないことがある、この壁のことじゃなくて、私のことだって。あれが、これ?」


「はい。話せる時が来たら必ず話す、とも言いました」


「言ったね。今日が、それだ」


 ユリウスは記録を一つずつ、前の人生の記憶と、読む前の勘と、どちらでもないものに分けていった。分けられないものは、分けられないと書いた。今のところ矛盾はない、全部がそれで説明できるわけでもない、と彼は言った。


---


 それから、アレクシスの方を見た。


「公爵。あなたが覚えてる何百回の中に、僕はいた?」


 アレクシスは少し考えてから、首を振った。


「覚えていない。院の研究室にいた人間で、覚えているのは室長と、何人かの研究員だけだ。君の顔は、今世で初めて見たと思う」


「それ、僕がいなかったってことになる?」


「ならない」


 答えたのはリディアだった。


「この人の普通の記憶は、崩れて混ざっています。覚えていないことは、なかったことの証明にはなりません」


 ユリウスは帳面に一行だけ書いて、ペンを置いた。


「参加する。条件は三つ」


 一つ目は、自分で検算を続けること。二人の勘も証言も、材料としては使うが答えとしては使わない。二つ目は、課題を一つ足すこと。戻る仕組みと、人との関係。なぜリディアは一つ前だけを覚えていて、公爵は何百回も覚えているのか。なぜ自分は、たぶん覚えていないのか。今はまだ調べ方も決められないので、課題として書いておくだけにする。


「三つ目。成果も、危険も、隠さないで。僕にも、君たち自身にも」


 アレクシスが頷いた。


「約束する」


「私も約束します」


 ユリウスは帳面を閉じて、少しだけ肩の力を抜いた。


「正直、まだ半分くらい、何の話か分からない。でも、分からないのを分からないまま書けるなら、研究になる。それ、君がいつも言ってることだけど」


 リディアは今度こそ、小さく笑った。アレクシスの口元も、わずかに緩んだ。


 リディアは自分の帳面を開いて、共同研究の条件を書き、三人の名前を並べた。


 その下に、ユリウスの足した課題を写した。アレクシスの記憶にユリウスの姿はない。それでも今回は、三人がこの部屋で同じ帳面に名前を書いている。


 なぜ今回なのか。リディアは課題の下に、その問いを一行書き足した。

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