第六十二話 私の指示で
翌朝、リディアは自分から公爵邸を訪ねた。
客間の卓には昨日書斎の机の上にあった用紙が置いてあった。騎士団の紋の入った指示書。ギルベルトとローランも呼ばれていて、壁際に並んで立っている。
「今の指示書だ」
アレクシスが用紙をこちらへ向けた。
リディアは読んだ。護衛対象、リディア・エルフォード。院への送迎、院内の廊下まで。研究室内には立ち入らない。外出時は同行。行き先と帰着の時刻を朝夕に報告。北門の外への同行は停止。
最後の行で、目が止まった。
外出先に危険のおそれがある場合、護衛の判断で引き返させること。
「この報告は、誰にですか」
「ローランを通して、俺に」
「私の行き先と、帰った時刻が、毎日」
「そうだ」
リディアは用紙を卓に戻した。
「私は、毎日報告されていることを知りませんでした。ギルベルトさんが朝夕に誰かへ何かを伝えていることには、気づいていました。でも、何を伝えているのかは、聞かされていませんでした」
ギルベルトが壁際で、わずかに姿勢を正した。
「それから、この最後の行です。危険のおそれ、というのは誰が決めますか」
「護衛と、俺だ」
「私が院の許可を取って、範囲も退路も決めて出かけた先でも、あなたが不安だと思えば引き返させられる、ということですね」
アレクシスは否定しなかった。
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「昨日、一つ目の条件を言いました」
リディアは膝の上で手を重ねた。
「私の知らないところで、私のことを決めないでください。今日は、それを紙の上でどうするかを決めたいんです」
アレクシスは頷いた。ペンを取り、新しい用紙を引き寄せた。
「言ってくれ。一行に一つずつ書く」
リディアは少し驚いて、それから思い出した。研究室で、ニコの取り違えを直した日。騎士団の指示書は一行に一つの動作しか書かない、と彼は言った。
「一つ。危険の情報は、私にも渡してください。巡回で分かったこと、騎士団が警戒していること。どこから知ったのかを言えないことでも、今の危険として」
アレクシスが書いた。
「二つ。研究に加わるかどうか、どこへ出かけるかは、私が決めます。院や王家の許可が要るものは、その許可の範囲で。許可の取り方は変えません」
「書いた」
「三つ。院や王家が許した行動を、あなたが不安だというだけの理由で覆さないでください。危ないと思ったら、分かっていることと理由を私に見せて、相談してください。どうするかは、一緒に決めます」
ペンが止まらずに動いた。
「四つ。行き先と帰った時刻の報告は、続けても構いません。でも、報告していることを、私が知っている形にしてください」
ローランが壁際で小さく息を吐いた。笑ったのかもしれなかった。
アレクシスは四行を書き終えて、ペンを置いた。
「一つ、足させてほしい」
「何ですか」
「あの路地のような時だ。目の前に危険があって、話している間がない時。その時だけは、護衛が君を退かせる。説明は、退いたあとにする」
リディアはしばらく考えた。
あの路地で、ギルベルトは自分を抱えて跨ごうとした。自分はそれを止めた。止めたのは正しかったと思う。けれど、もし自分が気を失っていたら。もし、考える前に足元が光っていたら。
「その例外は、受けます」
リディアは言った。
「ただ、相談できる時は相談してください。例外は、相談する間もなく目の前に危険がある時だけ、と書いてください。危ないかもしれない、ではなくて、今、危ない時だけ。それから、退いたあとに、ずっとどこへも行かせない、ということにはしないでください。退いた先で話して、次をどうするかは、また二人で決めます」
アレクシスはそのとおりに書き、最後に一行足した。期限のない禁足としない。
「送迎と同行、研究室の中には入らないことは、前の指示書から写す。北門の外は」
「止めたままにする理由を、教えてください」
「北の奥の線と、路地の線が同じ型だからだ」
リディアは頷いた。
「今は止めたままで構いません。行く用ができた時に、分かっていることを見せてください。それから二人で決めます」
アレクシスは書いた。北門外への同行は当面停止。再開は本人と協議して決める。
それから、最後に一行を足した。
この指示の変更は、本人との再協議を経ること。
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アレクシスは書き上げた用紙を二枚に写した。一枚に署名し、リディアの前に置く。もう一枚にも署名して、ギルベルトに渡した。
「控えだ。君と、護衛が一枚ずつ持つ。前の指示書は、今日で取り消す」
ギルベルトは用紙を受け取り、一行ずつ目で追った。最後の行まで読んでから、丁寧に畳んで胸の内側に入れた。それから、顔を上げた。
「エルフォード様。本日は、どちらへ」
リディアは少し驚いて、それから答えた。
「研究室へ戻ります。今日は、測定の写しを整理する日です」
自分の控えを畳んで、立ち上がった。
アレクシスは立ち上がらなかった。止める言葉も言わなかった。
代わりに、卓の端に置いてあった別の紙を一枚、こちらへ押した。
「昨日までの調べで分かったことだ。柵の焼き印は、普請方のものに似せてあった。本物ではない。張り替えの届けは、どこにも出ていない。似た柵が、ほかに二か所見つかった。どちらも、まだ線は刻まれていなかった」
リディアは紙を受け取った。場所が二つ、書いてあった。どちらも院から伯爵邸へ帰る道筋の近くだった。
「ありがとうございます」
「帰ったら、知らせてくれ。どういう形がいい」
リディアは少し考えた。
「研究室に着いた時と、伯爵邸に着いた時に、ギルベルトさんが詰所へ使いを出してください。私も、それを知っている形で」
「分かった」
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門の前で、ギルベルトが馬車の扉を開けた。
これまでも、ギルベルトは自分の計画を聞いてくれた。東へ出た日も、決めた範囲を受け取って、その中で守ってくれた。けれど、どの道を通るかを最後に決めていたのは、団長の指示書と朝の報告だった。
今日は、扉に手をかけたまま、ギルベルトはこちらを見た。
「研究室へは、大通りと川沿いの二通りございます。どちらで参りますか」
リディアは一瞬、言葉に詰まった。
ギルベルトは急かさなかった。扉に手をかけたまま、黙って待っていた。




