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二度目の人生では、公爵様と結婚しません ~前世の夫が、なぜか今度は私を守ろうとします~  作者: かなりあ


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第五十六話 校正された疑い

 査察官が帰った日の午後、ユリウスは作業台に紙を広げて、器具の絵を描こうとした。


 台座。真鍮の枠。銅の板。目盛り。針。目盛りの横の小さな輪。


 そこまで描いて、手が止まった。


「駄目だ」


 ユリウスはペンを置いた。


「外から見えたのは、これだけ。枠の中は封がしてあった。板から針まで何が通ってるのか、輪を回すと何が変わるのか、何も分からない。形だけ真似して作っても、同じものにはならない。同じ振れ方をしたとしても、同じものを測ってる保証がない」


「では、あの器具を作り直すのはやめましょう」


 リディアは言った。


「あの器具が何を測ったのかは、あの器具の記録がなければ分かりません。記録は渡してもらえなかった。だから、こちらはこちらで、誰が見ても同じ値が出る測り方で、自分を測ります。あの時の針と同じことが起きるのか。起きるなら、何が起きているのか」


 ユリウスは描きかけの紙を裏返した。


「独立に、ってことだね。そのためには、まず器具の方を信用できるようにしないと」


 研究室にある測定器は、試験の追試で使った供給器と測温の針くらいだった。魔力そのものを細かく測るためのものではない。校正の基準もない。


 リディアはその日のうちに、王女へ手紙を書いた。


 院の研究室として、公開されている魔力測定の校正規格と、標準器の貸与を願いたい。目的は、研究員本人の同意による独立した測定。査察の記録の開示を求めるものではない。


---


 返事は二日後に届いた。


 王女の字で、短く書いてあった。校正規格の写しを同封する。標準器は王宮の工房から一台、十日を限りに貸す。査察の件は聞いた。その記録はこちらからも出せない。出せないということだけは、はっきり書いておく。


 標準器は翌朝、工房の職人が運んできた。査察官の器具より一回り大きく、枠に封はなかった。職人は受け渡しの帳面に署名を求め、使い方を一通り説明した。針の振れの大きさだけでなく、揺れの速さも横の輪で読める作りだという。説明を終えると帰っていった。


 ユリウスは校正規格の写しを読みながら、標準器の目盛りと研究室の供給器を順に合わせていった。


 まず、何も置かずに測る。空のまま、朝と昼と夕方に三度。針が勝手に動く幅を記録する。次に、規格に添えられた標準の試料を置く。魔力を一定の量だけ溜めた小さな石だ。同じ石を十回置いて、十回とも同じ値になるかを見る。


「ずれるのは、ここまで」


 ユリウスは帳面に線を引いた。


「この幅に収まる差は、器具のせいかもしれない。この幅に収まらない差だけを、器具の揺れの幅では説明できない差として扱う」


 ニコが手を挙げた。


「私も測りますか」


「頼みたいです。でも、嫌なら断ってください。測った記録は、ニコさんの許可なしには誰にも見せません」


「いいですよ。比べる相手がいないと困るでしょう。それに、この前は私だけ普通で、ちょっと悔しかったので」


 ニコは袖をまくりながら、少しだけ笑った。目は笑っていなかった。


 ニコは銅の板に手を置いた。供給を強くし、弱くし、零に近づける。針はそのたびに、供給に合わせて上がり下がりした。止めると、目盛りの底まで戻った。


 それからリディアが測った。


---


 針は、跳ねなかった。


 査察官の器具の時のように、触れたとたんに半分まで振れることはなかった。ニコより少し低いところで、ゆっくりと止まった。平凡な魔力量。試験の時と同じだった。


「普通の測り方だと、あの振れは出ないんだ」


 ユリウスが小さく言った。


「でも、それなら、あの時の振れは何だったのか」


「下がり方を見てください」


 リディアは供給を絞った。半分。それから、ほとんど零まで。


 針は下がった。今度は、ニコの時と同じように下がった。


 けれど、目盛りの底まで落ちきる手前で、針の先が震えていた。止まっているのではなかった。細かく、規則正しく、揺れている。


 ユリウスが標準器の横の輪をそっと回した。職人が、揺れの速さを読むと説明していた輪だ。


「拍がある」


 ユリウスは身を乗り出した。


「供給を落としても消えない拍が、一本だけ残ってる。ニコさんの時には、これはなかった。君の魔力の量とは関係なく、ずっと同じ速さで揺れてる」


 それから三日、同じことを繰り返した。朝と昼と夕方。座って測り、立って測り、供給を変えて測る。空の測定と標準の試料も、毎回あいだに挟んだ。


 拍は、毎回あった。速さも、揺れの形も変わらなかった。ずれの幅をはっきり越えていた。


 ユリウスは帳面を閉じて、しばらく黙っていた。


「言えることを並べるよ」


 ユリウスは指を折った。


「一つ。君の魔力量は普通。標準器で測れば、査察の時みたいには振れない。二つ。君には、供給を変えても変わらない拍がある。三つ。あの器具がこの拍を拾っていたなら、下がり方が説明と合わなかったのは分かる。量じゃなくて、この拍に応えてたのかもしれない」


「かもしれない、まで」


「かもしれない、まで。あの器具の中も記録もない。あれが何を測る器具だったのかは、僕らには言えない。この拍を、何かと照らし合わせるための器具だったのかもしれない。でも、何と照らし合わせたのかは分からない」


 リディアは帳面の自分の測定の頁を見た。三日分の同じ形の揺れ。


「この記録は、誰に見せますか」


「僕らと、君が許した人だけ。院に出すなら、君が決めてから」


 リディアは測定の写しを三部作った。一部は研究室の鍵付きの棚へ。一部はユリウスの手元へ。一部は自分の手元へ。表紙に二人の名前と、標準器による独立測定、公開の校正規格による、と書いた。その下に、本人の同意の範囲でのみ閲覧可、と書き添えた。ニコの記録は、ニコの名前で別の封筒にした。


 その夜、伯爵邸の自分の部屋で、リディアは写しを開いた。


 量ではなく、形。自分の魔力の底に、ずっと同じ速さで刻まれている拍。読んでいる時に次の行が見えるのと、何か関係があるのか。北の遺跡の奥が光ったことと、関係があるのか。どちらも、今の測定からは言えない。


 言えるのは、それがあるということだけだった。


 自分の中に、照合先の分からない形がある。

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