四十一話 零号室
王女からの呼び出しは、花屋へ行った三日後に届いた。短い手紙で、場所は前と同じ東棟の書庫、日は翌日の昼とだけあった。
書庫の机の上には今日は目録も手紙の束もなかった。紙が一枚と、封筒が一つ置いてある。
「座って。今日は短いわ」
エレオノーラは前置きをしなかった。
「目録の中身を見せる手続きを始めたの。あなたの研究の話で。そうしたら院の窓口から、同じ管理先の前で止まっている請求がもう一件あると知らせてきた。あなたの名前の、別綴じの閲覧請求よ。だから二つまとめて照会したの。返事は同じところから来た。中身はまだ出せない。出せるのは、管理している先の名前と、請求を受ける窓口だけ」
王女は紙をこちらへ向けた。
上の段に、王家の記録係の印。その下に短い文が三行並んでいた。
管理先、零号室。王家直属。
閲覧の請求は、王立魔導院の文書の窓口を経て、零号室の受付が受ける。
開示の範囲、管理先の名称と窓口に限る。
紙のいちばん下にもう一つ印が押してあった。院の紋も、王家の紋もない。円の中に、番号だけが刻んである。
「零号室」
リディアは声に出して読んだ。聞いたことのない名前だった。
「院の中の部署なんですか。それとも王家の」
「この紙に書いてあることしか言えないわ。王家直属。それ以上は、私の名前で照会しても出てこなかった」
王女は封筒を指で押し出した。
「それから、これ。あなたの請求の控え。窓口が移管先を言えないまま止めていたのを、宛先が決まったから返してきたの」
リディアは封筒を開けた。自分の字で書いた請求の控えだった。受付番号の横に新しく二行足されている。回付先、零号室受付。正式の宛先により、請求者が改めて提出のこと。
「殿下が、これを」
「私は宛先が分かるようにしただけ。中身を見せるかどうかは、向こうが決める」
王女は少しだけ肩をすくめた。
「前に言ったでしょう。言えないことは言えないと言う。これは、言えるようになったことよ。その紙は写しを作らせてあるから、持って帰っていいわ」
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研究室に戻ると、リディアは自分の机の上を片づけた。
ユリウスは資料庫へ出ていた。ニコが器具の棚を拭いている。リディアは鞄から、角印の覚えと、今日の請求の控えと、開示の写しを出して並べた。移された一行の入った綴りの番号。その綴りの請求の回付先、零号室受付。
封をされた頁が今どこの棚にあるのかは、まだ分からない。それでも、行き先には名前がついた。
「エルフォードさん。それ、何の印ですか」
ニコが布を持ったまま、開示の写しを覗き込んでいた。
「管理先の印だそうです。円の中に、番号だけ」
「資料庫で見たことないなあ。院の印は全部四角なのに」
ニコは首を傾げて、棚へ戻った。
院の印は全部四角。リディアもそれを知っていた。毎日見ている印だ。円の印は、どこで見たのだったか。
指が記録の綴りの古い方へ伸びかけた。その前に、研究室の奥の扉が開いた。
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バルドは髭を撫でながら、リディアの差し出した紙を読んだ。
「閲覧請求の出し直しか」
「はい。宛先が決まったので、改めて出します。外された一行と、その基になった私とレインハルトの記録の頁です」
「零号室」
バルドは紙の上の名前をしばらく見ていた。
「聞いたことのない名だ。院には長くいるがな」
「王家直属だそうです」
「なら、私が知らなくても不思議はない」
バルドはペンを取り、監督者の欄に署名した。
「宛先が分かったからといって、通るとは限らんぞ」
「分かっています。通らなければ、通らなかった理由を請求します」
バルドは小さく鼻を鳴らした。笑ったのかもしれなかった。
「添付の資料の出所も書いておきなさい。報告書の基になったものは全部だ。何をどこから借りて、何を自分で採ったか。それがないと、向こうは何を返せばいいのか分からん」
リディアは頷いて、自分の机に戻った。
書式の下の段に出所の欄があった。報告書の基になった資料を一つずつ書き出していく。北の遺跡入口側の採録、自分とユリウス。発光の観測、自分とユリウス。地下の遺構の比較資料。北の遺跡の写し。
ペンが止まった。
リディアは記録の綴りの古い方を開いた。比較資料をいつ、誰から借りたのか。それは、借りた日に書いてある。
北の遺跡入口付近の写し一束、セドリック・エルフォードより受領。借り出し手続き済み、と本人より。表紙裏の管理印、院資料庫の印と異なる。円に番号。
自分の字だった。
開示の写しの円と、自分の書いた四文字を見比べた。番号まで同じだったのかは、記録に書いていない。円の中に番号だけ、という形が同じだと分かるだけだ。
写しを借りた日、兄は院の別の部署で管理していた写しだと言った。それ以上は説明しなかった。説明が要ることだとも思っていない顔で、自分から借りたものまで記録するのか、と笑った。
綴りを押さえた指が、その行の上から動かなかった。
兄がくれた資料にも、同じ形の印があった。




