↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の人生では、公爵様と結婚しません ~前世の夫が、なぜか今度は私を守ろうとします~  作者: かなりあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/63

第三十二話 勘で人は配置しない

 面会室から詰所へ戻る道で、団長は一言も口をきかなかった。


 ローランも黙って半歩後ろを歩いた。頭の中では、さっきの面会室の声が回っていた。どうして、あなたが決めるんですか。あの令嬢があんな声を出すのを、ローランは初めて聞いた。団長が言い返さなかったのも、初めて見た。


 詰所に着くと、団長は執務室へ入らずに、地図の掛かった壁の前で足を止めた。


「ローラン。明日の朝の鐘の前に、粉屋坂を閉じろ」


 ローランは外套を脱ぎかけた手を止めた。


「閉じる、って」


「坂の中ほど、点検口の蓋から二十歩の内に人を入れるな。荷車は東の水路沿いへ回せ。坂の上と下に二人ずつ。縄を張って、昼の鐘を過ぎても解くな。解く時は俺が言う」


 団長の指が、地図の上の坂をなぞった。粉屋坂の点検口。ローランが地下の巡回で、月に一度は鍵を確かめに行く蓋だった。


「団長。あの蓋、先月見た時は何ともなかったですよ。鍵も錆びてないし、下から音もしなかった」


「知っている」


「じゃあ、何を根拠に」


「確証のない情報だ」


 それだけだった。ローランは待った。団長は地図から目を離さなかった。


「さっき、あの令嬢には人を置くなって言われてましたよね。行かないから、道に人を置かないでくれって」


「彼女のためではない」


 団長は短く言った。


「坂を通る全員のためだ。彼女が来なくても、明日あの坂は通る者がいる」


 ローランは地図の坂を見た。古書通りへ下りる坂で、朝は粉屋の荷車と、北門へ抜ける行商が通る。昼は子供が駆け下りる。


「外れたら、どうします」


「外れたら、点検口の周りの通行を一日整理しただけだ。苦情は俺が受ける」


 確かに、それなら任務としては成り立つ。何も起きなくても、坂を一日閉じた理由は書ける。点検口の周りの安全確保。水路沿いへ回れば、荷車の遠回りと行商の文句くらいで済む。ありふれた通行整理だ。


 けれど、ありふれた通行整理なら、前の晩に団長が自分で地図を指さして命じたりはしない。


「魔導院の管理部には」


「今夜のうちに知らせる。点検口に異常のおそれあり、蓋は開けずに周りから確かめてほしい、と。周りの通行は騎士団が止める」


「おそれの出どころを聞かれたら」


「騎士団長の判断だと書く」


「開けて見てもらう方が、早くないですか」


「開けた時に出るかもしれない」


 ローランは口を閉じた。開けた時に出るかもしれない。まるで、何が出るのかを知っているような言い方だった。


「了解しました。朝の鐘の前に」


---


 まだ暗いうちに、ローランは三人を連れて坂へ出た。


 縄を張り終えた頃、坂の上の粉屋が戸を開けた。荷車を出そうとする主人に事情を話すと、ぶつぶつ言いながらも水路の方へ回ってくれた。角のパン屋の窯から、焼ける匂いが上がってきた。朝の鐘は、縄を張り終えてしばらくしてから鳴った。


 午前のあいだ、坂では何も起きなかった。


 荷車が回され、行商が文句を言い、子供が縄の下をくぐろうとして若手に襟首をつかまれた。昼前に魔導院の管理部から点検員が来て、縄の外から蓋の周りを見て回り、記録を取って帰っていった。ローランも坂の中ほどの蓋を、縄の外から何度も見た。鉄の蓋は鉄の蓋のままだった。


 外れたかもしれない、と思った。思って、少しほっとした自分がいた。


 昼の鐘が鳴って、しばらくした頃だった。


 足の裏に何かが触れた。


 蓋の縁から、青白い光が糸のように漏れた。地面の下で、太い弦を弾いたような音がした。


「下がれ! 縄から離れろ!」


 自分の声が坂に響いた。縄の外にいた人々が振り向く。若手が両手を広げて、見物の輪を坂の下へ押し戻した。


 次の瞬間、蓋が跳ねて、光が屋根より高く噴き上がった。熱い風が坂を駆け上がった。長くは続かず、あとには焦げた敷石と焼けた匂いが残った。


 ローランは縄に沿って走り、上と下の騎士を一人ずつ確かめた。全員、立っていた。縄の外の見物人にも、倒れている者はいなかった。


 坂の中ほど、蓋から二十歩の内には、誰もいなかった。


---


 詰所へ戻ったのは、日が傾いてからだった。


 ローランは机に向かい、帰還報告の用紙を広げた。


 命令を受けた時刻は、前夜、団長が面会室から詰所へ戻った直後。管理部への通知は団長の名で。配置の済んだ時刻、噴出の時刻、負傷者なし。そこまでは迷わずに書けた。


 最後に、命令の根拠の欄があった。


 ローランはペンを持ったまま、しばらくその欄を見ていた。


 巡回の所見による、と書けば、誰も何も聞かない。地下の担当は自分だ。月に一度は蓋を見ている。何か気になる点があった、と書けば、それで話は終わる。団長も、きっと何も言わない。


 けれど、先月見た時、蓋は何ともなかった。それを自分は団長に言った。


 ローランは書いた。団長より、確証のない情報による、との説明あり。巡回担当の直近の点検では、異常を認めず。


 書き終えた用紙を持って、執務室の扉を叩いた。団長は机で何かを書いていた。報告を受け取り、根拠の欄で目を止めた。


「これでいいか、とは聞きません」


 ローランは言った。


「見たことと、言われたことしか書いてませんので」


 団長は少しのあいだ黙っていた。それから報告に署名して、脇へ置いた。


「それでいい」


 それだけだった。ローランは礼をして執務室を出た。


 廊下の窓から、王都の屋根が見えた。北の方角に、まだ薄く煙が残っている。


 団長は昔から勘がいい、と古参の騎士たちは言う。危ない場所を嗅ぎ分ける鼻がある、と。ローランも、何度かそう思ったことがある。


 けれど、あの蓋を月に一度見ているのは自分だ。先月は何も見つけられなかった。その蓋を、団長は前の晩に名指しして、今日一日閉じさせた。


 勘という言葉では、この配置を説明できなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。