第二十九話 同行はできません
申請面談が終わったのは、昼の鐘から少し日が傾いた頃だった。
院の本館の小部屋で、審査役が二人、騎士団の担当者が一人、長い卓の向こうに並んだ。リディアは残す術式の構造と待機の位置を、ユリウスは比べる条件と採録の手順を説明した。合同報告で決めた配置の案は、そのまま計画書に入っている。待機は崩落石より入口側。荷は入口の外。止めると言う声は、誰のものでも全員が従う。
審査役の一人が計画書の最後の頁に印を押した。
「入口側の採録に限り、院としては可とする。王家の管理官の確認を経て、日を決めなさい」
部屋を出たところで、ユリウスが壁に背中を預けて長く息を吐いた。
「通った」
「通りました」
「通ったよ。手が震えてた。見た?」
「見ていません。私も震えていたので」
ユリウスが笑った。リディアも笑った。廊下の窓から差す光が、計画書の表紙の印を白く照らしていた。
もう一度、あの壁の前に立てる。今度は手順も配置も、自分たちで決めたものを持って。
---
正門の脇で、ギルベルトが待っていた。
いつもの場所に、いつもの姿勢で立っている。リディアは計画書を抱えたまま、足早に近づいた。
「ギルベルトさん。審査が通りました。管理官の確認が済めば、北の遺跡の入口側へもう一度行けます。日が決まったら、すぐお知らせします」
ギルベルトの返事は、いつもより一拍遅れた。
「エルフォード様。その件ですが」
ギルベルトは視線を落とさなかった。けれど、手袋の指が剣帯の縁に触れていた。
「北の遺跡へは、同行できません」
リディアは計画書を抱え直した。
「同行できない、というのは」
「今朝、ローラン殿を通じて団長から指示がありました。北門より外へのエルフォード様の外出には、追って指示があるまで同行しないこと。同行のない外出は、お止めすること」
「入口側だけでも、ですか。崩落石より奥へは入りません。審査を通った範囲です」
「範囲の区別は、伺っていません」
ユリウスが後ろで足を止めた気配がした。
リディアは一度、息を吸った。
合同報告の部屋で、彼は配置の案を自分の責任で決めた。審査には騎士団の意見として、止める取り決めを出すとも言った。その計画が通った日に、北門の外そのものを閉じる指示が来ている。計画のどこかが危ないのか、計画とは別の何かなのか、それすら分からなかった。
「理由は、何か聞いていますか」
「聞いていません」
「期限は」
「追って、とだけ」
ギルベルトの声は平らだった。けれど、ほんのわずかに顎が引かれていた。言いにくいことを、言いにくいと分かったうえで言っている顔だった。
この人を責めても仕方がない。前の調査で、入口の脇に立って、最後に通路を出たのはこの人だ。
「ギルベルトさんのところに、新しい危険の話は来ていますか」
ギルベルトは少し間を置いた。
「来ていません。自分が知っているのは、今朝の指示の言葉だけです。北に何があるのか、ないのか、自分には申し上げられません」
「ありがとうございます。それを、そのまま書いてもいいですか」
「……どうぞ」
---
研究室に戻ると、リディアは作業台に計画書を置き、帳面を開いた。
書くことは三つあった。院の審査、入口側の採録に限り可、管理官の確認待ち。騎士団長の指示、北門より外への同行の停止、ローラン経由で口頭、理由と期限の説明なし。護衛本人、新たな危険の情報は受け取っていない。
書き終えて、三つを並べて見た。
「食い違ってるね」
ユリウスが覗き込んで言った。
「院が見たのは計画の中身です。北門の外へ出ることそのものは、たぶん見ていません。違うものを見ているのかもしれない。でも、計画のどこかが問題なのか、計画とは別の話なのか、誰も説明していません」
リディアは便箋を一枚出した。
騎士団長アレクシス・ヴァルディエ殿。北の遺跡入口側の採録計画は、本日院の審査を通りました。同日に北門より外への同行停止の指示を受けました。新たな危険の情報がおありでしたら伺い、計画を見直します。ないのでしたら、指示の見直しをお願いしたく、面会の時間をいただけませんでしょうか。
自分の名前を書き、封をした。正門でギルベルトに渡すと、ギルベルトは両手で受け取った。
「夕の報告と一緒に、団長へ」
「お願いします」
---
その夜、リディアは自室の机で、昼に書いた三つの行を写しの紙に書き直していた。
書き直しながら、別のことを考えていた。
試験の日、演習場には呼ぶより早く騎士が駆けつけた。北の遺跡の奥に仕掛けがあることを、彼は届けで知っていた。そして今日、通ったばかりの計画の行き先を、彼は先に閉じた。
一つずつなら、説明はつく。騎士団長が警備の届けを受けていた。院の試験に人を出した。危ない場所へ行かせたくないと言った。どれも、知っている人なら知っていることだ。
けれど彼はいつも、こちらが動く前に動いている。
リディアはペンを止めた。
もし北の遺跡そのものが危ないのなら、そう言えばいい。言えないにしても、遺跡の名を出して止めればいい。今日の指示は遺跡ではなかった。北門より外への、エルフォード様の外出。
行き先ではなく、自分が門を出ることが止められている。
もし自分が、まだ決めていない行き先を口にしたら、彼はどうするだろう。その行き先も、先回りして閉じるのだろうか。
考えついてから、リディアは自分の手元を見た。人を試すような考えだった。気持ちのいい考えではない。それでも、知りたかった。
禁じられているのは遺跡なのか。それとも、自分の行動そのものなのか。




