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二度目の人生では、公爵様と結婚しません ~前世の夫が、なぜか今度は私を守ろうとします~  作者: かなりあ


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第二十四話 エルフォードの読み

 報告会の翌朝の鐘のあと、リディアとユリウスは王城の合同報告室にいた。


 窓の少ない、細長い部屋だった。長い卓の片側に院の研究員が三人、反対側に騎士団の上着が四人並んでいる。その端にアレクシスがいて、後ろの壁際にローランが立っていた。卓の中央には北の遺跡の見取り図が広げてある。


 院の側の真ん中に座っているのは、上席研究員だった。白髪を後ろへ撫でつけた痩せた男で、バルドより年上に見える。リディアとユリウスは、その隣の端の席だった。


 議題は北の遺跡の次の調査だった。


 入口側の採録を出し直す案を、ここで決める。リディアが面会室で口にした段取りが、紙と人の形になってここにあった。


「まず院の側の仮案を説明する。騎士団の実測との照合は、そのあとで」


 上席研究員が見取り図の一点を指でさした。入口から通路を下り、崩落石の倒れているあたりだった。


「待機の位置は、ここを考えている。通路の中で、ここだけ幅が広い。灯りの油と写しの箱を置けて、研究員二人と記録係が膝をついて作業できる場所は、入口からここまでの間に他にない。採録はここを拠点に、入口側へ向かって行う」


 理由は具体的だった。前回、狭い通路で写しの束を抱えたまま壁を読んだ時の窮屈さを、リディアも覚えている。


 それでも、リディアは自分の膝の上の紙に目を落とした。研究室で写してきた、残す術式の構造図だった。公開の報告に載せた図と同じものだ。


「よろしいでしょうか」


 上席研究員がこちらを見た。


「その位置に待機を置くのは、避けた方がいいと思います」


 部屋の空気が少しだけ固くなった。


「理由は」


「構造図をご覧ください」


 リディアは自分の図を見取り図の隣に広げた。


「入口から入って、受け取る項、通す項。その先の、溜めて形を写し取る構造がここです。壁の線で言うと、崩落石のあった場所のすぐ奥から始まっています」


 見取り図の上で、崩落石の印と構造図の溜める構造の位置を指で結んだ。


「この遺跡の古い術式は、今は動いていません。でも、もし何かのきっかけで流れが入れば、力が集まるとしたらこの区間です。待機するなら、溜める構造より手前、通す項のあたりまで下げるべきだと考えます」


 上席研究員は眉を寄せた。


「動いていない術式の、仮定の話だ」


「はい。仮定です。ですから、安全な側に寄せたいんです」


「仮定のために、作業のできる唯一の場所を捨てろと言うのかね」


 上席研究員の声は大きくはなかった。けれどはっきりしていた。


「あなたの報告は読んだ。よくできている。だが、壁の構造の読みと現場の配置は別の話だ。人を何人も置く位置を、院に入って数か月の研究員の図一枚で動かすことはできない。手前に下げれば、狭い通路で荷を抱えて採録することになる。それも危ない」


 もっともな反論だった。リディアは言い返す言葉を探した。奥の線が光ったこと。自分が読む時に光ったように見えたこと。それを言えば、この位置がどれほど危ういかを示せるかもしれない。


 けれど、それは指定のかかった記録だった。この部屋の誰が読んでいい記録なのか、リディアは知らない。封をした頁は院の窓口にある。ここで口にすれば、規程を破るのは自分の方だ。


「図一枚だけでは足りないことは分かります」


 リディアは構造図を指で押さえたまま言った。


「前回の調査の記録には、この部屋では申し上げられない部分があります。それは指定の記録を扱える方に、院の審査で別に確かめていただきたいんです。今日は、現場の側の記録と比べていただけませんか。この区間が、通路の形として何か違っていないか」


---


 アレクシスが顔を上げた。


「ローラン。実測を」


「はい」


 ローランが壁際から卓へ来て、脇に抱えていた綴りを開いた。騎士団の書式の、細かい数字の並んだ紙だった。


「北の遺跡の通路と退路の実測です。前回の調査のあと、警備の届けの範囲で、ギルベルトともう一人が取りました。入口から崩落石までは歩数で。その先は、崩落石の上から灯りを差して目で測ってます。石より奥には入ってません」


 ローランは一枚の図を見取り図の上に重ねた。通路の幅が、歩数ごとに書き込まれている。


「入口から下って、ここで一度狭くなります。倒した崩落石が床に寝てるんで、人一人ずつしか通れません。で、その先で広くなる」


 ローランの指が、上席研究員の示した待機位置に止まった。


「院の案の待機位置は、この狭いところの向こう側です。何かあって入口へ戻るなら、全員がここを一人ずつ抜けることになる」


 上席研究員が実測の図を引き寄せた。しばらく黙って数字を追っていた。


 アレクシスは二枚の図を並べて見ていた。


「術式の方は、彼女の読みでも仮定だ。そこで何かが起きるかどうかは、今は分からない」


 指が構造図の上から、実測の図の上へ移った。


「退路の方は実測だ。何かが起きるかもしれない区間の向こうに人を置けば、戻る時は一人幅の場所を抜けることになる。仮定と実測を重ねると、待機をそこに置く理由がなくなる」


 部屋が静かになった。


「エルフォードの案を採る。待機の位置は、崩落石より入口側に置く」


 アレクシスが言った。


「研究員の待機は通す項のあたり。騎士の控えはその後ろ、入口との間。退路の上に人を置かない。荷は入口の外に置き、要る分だけ騎士が運ぶ。作業の場所の狭さは、人数を減らして補う」


「騎士団長殿」


 上席研究員が言った。


「若い研究員の判断で」


「判断したのは俺だ」


 アレクシスは上席研究員を見た。声の高さは変わらなかった。


「配置の責任は騎士団が持つ。院の側の記録には、そう書いてもらって構わない。それから」


 もう一言だけ足した。


「これは配置の案だ。待機を下げるのは今の計画の範囲の中の話で、崩落石より奥へ進む許可ではない。院の安全審査と管理官の確認を通るまでは、誰も現地に入らない」


 上席研究員はしばらく黙っていた。それから手元の紙に書き込んだ。


「……待機位置の変更案、了承した。荷を外に置く件も、院の案に入れる。記録には、エルフォードの読みによる危険の想定と、騎士団の実測による退路の狭さを併せて、と記す」


---


 会議が終わり、研究員たちが部屋を出ていった。


 リディアは構造図を畳む手を止めて、卓の端に立つアレクシスの前へ行った。


「ありがとうございました」


 アレクシスは少し意外そうな顔をした。


「礼を言われることはしていない。君の図が、どこの退路を見ればいいかを示した。それで実測を見て、決めた」


「分かっています。だから、ありがとうございました」


 アレクシスは何か言いかけて、やめた。


 リディアは構造図を胸の前で持ち直した。


「審査に出す前に、計画書に入れてほしいことが二つあります。入る前に、奥が静かかどうかを入口から確かめる方法。それから、管理官が止めると言っても、私たちが止めると言っても、全員が従うという取り決めです」


 アレクシスは少し考えた。


「騎士団の案として出す。ローラン、書いておけ」


「了解です」


 ローランが綴りの余白に書きつけながら、リディアの方を見て片方の眉を上げた。何か言いたそうな顔だったが、何も言わなかった。


 部屋を出て、王城の長い廊下を歩いた。ユリウスが隣で伸びをした。


「ねえ。あの人、君の図を最初から最後まで見てたよ。上席の人が反対してる間も」


「見取り図を見ていたんだと思います」


「君の図を見てた」


 リディアは答えなかった。


 廊下の窓から朝の光が差していた。歩きながら、胸の奥の温かいものをどうにか静めようとした。


 うまくいかなかった。

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