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二度目の人生では、公爵様と結婚しません ~前世の夫が、なぜか今度は私を守ろうとします~  作者: かなりあ


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第二十三話 共同研究者

 王宮の大広間は、前に来た夜とは別の部屋のように見えた。


 あの夜は燭台の灯りが天井まで揺れ、楽団の音が床から伝わってきた。今日は昼の光が高い窓から斜めに差し込み、磨かれた床に長い四角を並べている。楽団の席には誰もいない。代わりに広間の奥に低い壇が設けられ、その前に椅子が何列も並んでいた。


 リディアは壇の脇の控えの席で、膝の上の原稿を押さえていた。


 紺の、飾りの少ないドレスだった。袖は手首の上で締まっていて、指をさしても布が邪魔をしない。ミレイユの言ったとおりだった。


 隣でユリウスが借り物の上着の襟を何度も引っ張っている。


「首が締まる」


「締まっていません。いつもより襟が高いだけです」


「それを締まるって言うんだよ」


 ユリウスは襟から手を離し、代わりに膝の上で指を組んだ。組んだ指が落ち着かずに動いている。リディアは自分の指先も冷たいことに気づいて、原稿の端を握り直した。


 椅子の列は半分以上埋まっていた。院の研究員、文官、貴族。前の列の端に騎士団の黒い上着が並び、その中に一人、背の高い姿がある。アレクシスは壇の方を見ず、広間の出入り口の位置を目で確かめていた。警備の仕事で来ているのだ。


 最前列の中央には一つだけ背の高い椅子があった。


 そこに座っているのが第一王女エレオノーラだと、リディアは顔を見る前に分かった。


 前世で何度も聞いた名前だった。社交界の噂の中で、公爵と王女はいつも並べて語られた。公爵様が夜会に顔を出さないのは、王宮で王女殿下とお会いになっているからですって。奥様はご存じなのかしら。十年の間に、扇の陰で交わされるそういう声を、何度背中で聞いたか分からない。


 リディアは原稿に目を落とした。今日話すのは、残す術式のことだ。


---


 順番が来て、儀典官が壇の前に進み出た。


「続きまして、王立魔導院古代術式研究室より。エルフォード伯爵家のリディア・エルフォード嬢による、北の遺跡の術式に関する研究。補助を務めた研究員は、ユリウス・レインハルト」


 ユリウスの指の動きが止まった。


 補助。儀典官は渡された紙をそのまま読んだらしかった。伯爵家の令嬢と、爵位のない平民の研究員。紙を書いた誰かが、並べた身分で補助と決めたのかもしれない。


 リディアは立ち上がり、壇へ上がった。ユリウスが一拍遅れて後に続く。


 壇の上から広間を見渡すと、思ったより多くの顔がこちらを向いていた。リディアは原稿を台に置き、最初の頁ではなく、最後の頁を開いた。研究室で受理された時の、担当の欄だった。


「始める前に、一つ訂正させてください」


 広間が静かになった。


「この研究は、私とユリウス・レインハルトの共同研究です。補助ではありません。構造を読み、何を比べるべきかを決めたのは私です。比べる条件を決め、模型での比較を行ったのはレインハルトです。院の受理記録にも、そのように担当を記してあります」


 儀典官が手元の紙を見下ろし、慌てたように書き込みをした。


 リディアは原稿の最初の頁へ戻った。


「では、始めます」


---


 説明は研究室の小報告会よりずっと短くした。構造と、模型と、まだ分からないこと。


 ユリウスが模型の皿を台の上に置き、比較の記録を読み上げた。最初の一言だけ声が上ずったが、二言目からはいつもの調子に戻った。数字の話になると、ユリウスの声は迷わない。


 質問の時間になった。


 二列目の貴族が手を挙げた。


「北の遺跡では、調査の際に何か異常があったと聞いた。その件はどうなっている」


 リディアは息を整えた。


「調査の記録の一部には指定がかかっています。私からお話しできるのは、今日の報告の範囲だけです。指定の部分についてのお問い合わせは、院の文書の窓口へお願いいたします」


 貴族は不満そうに口を曲げたが、それ以上は聞かなかった。


 続いて、文官らしい男が模型について尋ねた。ユリウスが答えた。院の研究員が比較の条件を尋ねた。二人で分けて答えた。


 最後に、最前列の中央で手が上がった。


 広間の空気が少し変わった。王女だった。


「渡す先が分からない術式を、どうして保存と呼べるの」


 短い声だった。飾りがない。


 リディアは王女の顔を見た。思っていたより若い。年はリディアと幾つも違わないだろう。目が細く、まっすぐこちらを見ている。


「形を写し取って、元の場所の外へ渡す構造だからです。渡した先で何が起きるのかは分かりません。ですから、今は保存の機能を持つ構造、と呼んでいます。保存されたものを見つけたわけではありません」


 王女は少しの間、黙っていた。


「分からないことを、分からないと書いているのね」


 それは質問ではなかった。王女はそれだけ言って、手を下ろした。


---


 壇を降りると、膝が少し震えていた。


 ユリウスが控えの席に座り込み、上着の襟を思いきり引っ張った。


「共同研究者、って言った」


「言いました」


「あんな人の前で」


「あんな人の前だから、言ったんです」


 ユリウスはしばらく黙っていた。それから、襟から手を離した。


「……ありがとう、とは言わないよ。本当のことだから」


「はい。言わなくていいです」


 次の研究室の報告が始まった。リディアは原稿を膝に置き、息を吐いた。


 それから、目が勝手に最前列の中央へ向いた。


 王女は次の報告者の方を見ていなかった。顔をわずかに横へ向けている。その先には前の列の端に立つ黒い上着があった。


 やはり、と思った。前世の噂は噂だけではなかったのかもしれない。胸の奥が冷たくなる。今世では婚約を断った。関係のない人のはずだ。関係のない人の視線を、どうして自分が追っているのか。


 リディアは目を逸らそうとした。その前に、王女の目がもう少しだけ動いた。


 黒い上着を通り過ぎて、壇の脇の控えの席へ。


 目が合った。何かを測るような目だった。


 先に目を逸らしたのは、リディアの方だった。


 王女は彼ではなく、自分を見ていた。

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