第二十二話 王家の封蝋
小報告会から十日ほどした日の夕の鐘のあと、研究室に封筒が届いた。
ニコが持ってきたのは二通だった。どちらも厚い紙で、どちらにも同じ封蝋が押してあった。院の紋ではない。王家の紋だった。
「一通はお二人宛てです。もう一通は、エルフォード様お一人に」
ユリウスが先に自分の名のある方を開けた。読み終える前に、声が出ていた。
「……招待状だ。王家の成果報告会。院の推薦研究として、二人で説明を、って」
ユリウスは紙をリディアに渡した。日付と場所。王宮の大広間。その下に説明する者の名が並んでいる。リディア・エルフォード。ユリウス・レインハルト。
リディアはもう一通の封を切った。
こちらは短かった。北の遺跡の次回の調査には、王家の管理官が同席する。調査の計画は、事前に管理官の確認を受けること。差出の名は、王家の名義だけだった。末尾には、同じ通知を院の古代術式研究室へも送ったと書き添えてある。
読み終えて、リディアは二通を作業台に並べた。
同じ封蝋が二つ並んでいる。
「褒めて、見張る、か」
ユリウスが封蝋を指先で突いた。
「別々に来たら、嬉しいのと腹が立つのとを順番にできたのに」
リディアは招待状の方をもう一度だけ読んだ。説明する者の欄に、二人の名前が並んでいる。それは素直に嬉しかった。
ユリウスはしばらく黙っていた。
「行く?」
「まだ決めていません」
言いながら、リディアは管理官の通知を畳んだ。
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その夜、伯爵邸にミレイユが来た。
招待状のことを短い手紙で知らせたら、夕食の後に馬車で乗り込んできたのだ。侍女に衣装箱を二つ運ばせ、リディアの部屋の寝台にドレスを次々と広げていく。
「王宮よ。王宮の大広間。研究の説明だって、着ていくものは要るでしょう」
「まだ行くと決めたわけでは」
「決めてなくても選ぶの。決めた時に何もなかったら困るでしょう。行かないなら、使わなければいいだけ」
リディアは少し考えて、頷いた。
「じゃあ、選ぶだけ。手伝って」
ミレイユは淡い灰青のドレスを持ち上げて、リディアの肩に当てた。
「これは駄目。夜会みたい。説明する人に見えないわ」
「説明する人に見える服があるの」
「あるわよ。袖が邪魔にならなくて、指さした時に皆がちゃんと指の先を見る服」
ミレイユは次の一着を取った。濃い紺の、飾りの少ない一着だった。肩に当てて、鏡の中のリディアを見る。
「これね」
「地味じゃない?」
「地味なのがいいの。顔の方が目立つから」
ミレイユは本気の顔で言った。リディアは吹き出した。
着てみて、と言われて衝立の陰で袖を通した。紺の布は思ったより柔らかく、腕を上げても肩が突っ張らない。衝立から出ると、ミレイユが寝台の上に膝立ちになって手を叩いた。
「ほら。指さしてみて」
リディアは壁の絵を指さした。ミレイユがそちらを見た。
「見ちゃった。合格」
それから髪をどうするかで、長いこと揉めた。ミレイユは上げろと言い、リディアは下ろしたいと言った。結局ミレイユが勝って、鏡の前で三度結い直された。
前世で王宮へ行く時の衣装は、いつも公爵家の仕立て屋が決めた。似合うかどうかを、誰かと笑いながら言い合ったことは一度もなかった。
鏡の中の自分がいつの間にか笑っていた。
「何笑ってるの」
「楽しいなと思って」
「当たり前でしょう。楽しくなかったら、こんなに箱を運ばせないわ」
ドレスを畳みながら、ミレイユが聞いた。
「公爵様も来るの」
「騎士団長として、たぶん」
「たぶん、ね」
ミレイユは畳んだドレスの上に手を置いて、リディアの顔を覗き込んだ。何か言いたそうにして、結局ただ笑った。
扉が叩かれて、執事が入ってきた。両手に古い革張りの小箱を抱えている。
「お嬢様。お召し物に合わせる飾りでしたら、奥様の箱がございます。旦那様から、出してよいとお許しをいただきました」
小箱を開けると、母の使っていた髪留めや襟飾りが、布に包まれて並んでいた。ミレイユが小さく声を上げて、真珠の襟飾りを手に取る。
「それから、箱の底に」
執事が控えめに言い添えた。
「お嬢様がお小さい頃にお使いになった帳面が、何冊か入っております。奥様が取っておかれたもので」
リディアは箱の底を覗いた。薄い帳面が三冊、紐でまとめてある。紐の結び目は固く、いちばん上の一冊だけを少し引き出した。表紙に大きく傾いた字で自分の名前が書いてある。めくった最初の頁には、庭の木と、木より大きな犬の絵があった。
「何これ。可愛い」
ミレイユが覗き込んで笑った。
「うちには犬なんていなかったのに」
リディアも笑った。描いた覚えはなかった。それでも、色の塗り方の雑さには見覚えがある気がした。
帳面を元のとおり紐の下へ戻した。残りの二冊は、今夜は開かなかった。三冊とも、母がわざわざ取っておいたものだ。急いでめくるより、時間のある日にゆっくり読みたかった。
今夜は襟飾りを選ぶ方が先だった。
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ミレイユが帰ったあと、リディアは机に向かった。
二通の手紙を並べる。招待状と、管理官の通知。
行かないという選択もあった。王宮へ出なければ、少なくとも報告会の場で王家の目に留まることはない。けれど管理官の通知は、出席するかどうかに関わらず届いている。見られることは、もう決まっていた。
それなら、見ている側の前に立って話す方がいい。黙って見られているより、自分の口で、公開できる成果を説明する方がいい。
リディアは返書を書いた。成果報告会への出席を受けること。共同研究者ユリウス・レインハルトとともに説明すること。
それから院の窓口へ、閲覧の請求を引き続き求める紙を一枚書いた。
二通に封をした。どちらにも、自分の名前を書いた。
窓の外は暗く、庭の灯りが一つだけ揺れていた。
研究を続けるために、管理する側の前へ出る。




