第9話 見えない壁
小屋が見えてきた。
「……ただいま」
森の中を歩き回ったせいか、少し疲れた。
やはり拠点があるというのは安心する。
しかし。
「……ん?」
小屋へ入ろうとしたところで、舞は足を止めた。
何かがおかしい。
森には魔物がいた。
今日も巨大な羽虫に遭遇した。
なのに。
小屋の周辺では、ほとんど魔物を見ない。
「……なんでだろ」
舞は小屋の周囲を歩く。
森の中と。
小屋の周辺。
何かが違う。
目には見えない。
けれど。
「……魔力?」
舞は手を伸ばした。
何もない空間へ。
触れる。
「……あれ?」
指先に、わずかな抵抗があった。
もう一度。
確かにある。
薄い膜のようなもの。
「これ……」
舞は周囲を見る。
小屋を中心として、一定の範囲を覆っている。
「結界?」
賢者の日記に、それらしい一文があったことを思い出した。
小屋には結界がある。
魔物避けとして機能するものらしい。
「これか……」
舞は驚いた。
今まで、この小屋が安全なのは単純に周囲に魔物が少ないからだと思っていた。
違った。
賢者が残した結界が、小屋を守っていたのだ。
「……賢者さん」
舞は小屋を見る。
「ちゃんと安全にしてたんだ」
けれど。
「……これ、いつまで持つんだろ」
賢者本人はもういない。
いつまでも結界が残るとは限らない。
「ずっとこれに頼るのは危ないよね」
舞は小屋へ入った。
机に今日の記録を広げる。
地図。
水源。
植物。
魔物。
魔法障壁の実戦結果。
そして結界。
「……だいぶ分かってきた」
この小屋を拠点にする。
それ自体は問題なさそうだ。
ただ。
生活していくなら、まだ足りないものがある。
「水は、とりあえず沢を見つけた」
空気中の水分を集める方法もある。
ただ、それは補助。
長く暮らすなら、自然の水源を使いたい。
「食料も……」
最悪、ガレリアで作れる。
植物からセルロースなどを利用して、必要な成分を再構成することもできる。
でも。
「せっかくなら、美味しいもの食べたい」
これは譲れない。
そして。
「魔物」
今日の巨大羽虫を思い出す。
「……あれはもう会いたくない」
舞は真顔になった。
ただし、すべての魔物を敵だとは思っていない。
自分を害してくるなら戦う。
そうでないなら、無意味に殺す必要はない。
もし可愛い魔物なんかがいたら。
「……殺したくはないなぁ」
舞はそう呟いて、地図へ新しく書き込んだ。
水源:確認
食用植物:複数確認
魔物:巨大羽虫
魔法障壁:実戦で機能を確認(要検証・改善)
小屋周辺:結界あり
そして、その下に。
今後の課題
と書く。
「もっと森を調べないと」
水源は見つかった。
食料も少し見つかった。
けれど、まだ小屋の周辺しか調べていない。
森がどこまで続いているのか。
どんな植物があるのか。
どんな動物がいるのか。
鉱石も欲しい。
魔物はどれくらいいるのか。
「調べればいいか」
舞はペンを置いた。
分からないなら調べる。
知らないなら観察する。
必要なら実験する。
前世でもやってきたことだ。
「明日もフィールドワークだね」
舞は地図を広げた。




