第8話 初めての森
翌朝。
舞は小屋を出た。
持っていくのは、賢者が残した地図と筆記具。
採取用の容器。
そして。
「これも借りていこう」
手に取ったのは、カメラのような形をした魔道具だった。
賢者が使っていたであろう鑑定用の魔道具。
対象へ向けることで、その対象についての情報を読み取ることができる。
「これがあれば、植物を調べるのも楽そう」
もう一つ。
舞は道具箱から、実用一辺倒の無骨なナイフを取り出した。
鞘代わりの布に包んで、腰の紐に差し込む。
「森に丸腰で入るのは、さすがに怖いもんね」
戦えるかどうかは分からない。
それでも、何も持たないよりはずっといい。
万が一のときの、最低限のお守りだ。
森へ入る。
最初は小屋の周辺だけ。
いきなり遠くへ行くつもりはない。
「まずは近場から」
見つけた植物へ魔道具を向ける。
淡く光る。
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《アストラル草》
空気中の魔素濃度が高い場所にのみ植生する草
とても美味である、夜になると青白く光る
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「食べられる」
採取。
次。
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《ピクシー草》
空気中の魔素濃度が高い場所にのみ植生する草
傷に塗り付けることで回復の効能がある
栄養価も高いが青臭くまずい
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「これは薬草」
記録。
さらに次。
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《デス草》
空気中の魔素濃度が高い場所にのみ植生する草
非常に高い毒性を持ち、肌に触れるだけでも強い
痛みを感じる。 食べると当然命にかかわる。
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「これは……食べない方がいいか」
記録。
地図へ位置も書き込む。
こうして一つずつ調べていく。
「……楽しい」
知らないものを見つけて。
調べて。
記録する。
前世でやっていたことと、あまり変わらない。
ただし。
ここは異世界だ。
何が出てくるか分からない。
だからこそ、周囲への警戒は怠らない。
しばらく進んだところで。
「……ん?」
水の音が聞こえた。
「沢?」
音を頼りに進む。
木々の隙間から、水が見えた。
「……あった!」
小さな沢だった。
水は澄んでいる。
舞はしゃがみ込む。
鑑定魔道具で確認する。
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《魔水》
魔素が溶け込んだ水
飲用可能、ミネラルも豊富
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「……うん」
少なくとも、目立った危険はなさそうだ。
少量を採取する。
地図にも記録。
「水源、確保」
これなら大きい。
空気中の水分を集める方法は、あくまで補助として使える。
普段の生活用水は、こういう自然の水源から確保した方がいい。
「次は食べ物」
木の実。
果実。
食用植物。
いくつか見つけて記録していく。
肉も欲しい。
できれば、この世界ならではのものを食べたい。
「……動物、いないかな」
そう思った。
その時。
――ブゥゥゥゥン。
「……?」
音がした。
羽音。
舞は足を止めた。
――ブゥゥゥゥン。
近づいてくる。
「……虫?」
嫌な予感がした。
舞は木の陰へ隠れる。
そして。
そっと顔を出す。
「…………」
いた。
巨大な羽虫。
大きい。
とにかく大きい。
人間より大きい。
硬そうな外殻。
長い脚。
巨大な羽。
「…………」
舞は固まった。
これが魔物。
そう理解するまでに少し時間がかかった。
舞が想像していた魔物は、もっとこう。
角の生えたウサギ。
大きな狼。
そんな感じだった。
なのに。
「……虫?」
ガチの巨大羽虫だった。
「…………」
羽音が響く。
ブブブブブ……。
巨大な虫が、こちらを向いた。
「…………」
目が合う。
「……無理」
即決だった。
舞は踵を返した。
「うわぁぁぁぁ!」
走る。
後ろから羽音。
「来てる!?」
振り返る。
来ている。
「いやいやいや!」
舞は森を駆け抜ける。
腰のナイフに手をかけることも考えたが、すぐに打ち消した。
あんな図体の虫を、あの刃で相手にしたくない。
「キモすぎる!」
魔物だから怖いのではない。
巨大な虫だから嫌なのだ。
もし自分に明確な殺意を向けてくるなら、戦う。
命を害してくる相手なら、殺生も仕方がない。
でも。
「あんなのと戦うくらいなら逃げる!」
背後で、羽音がさらに大きくなる。
追いつかれる。
「……っ!」
舞はとっさに振り返り、両腕を前に突き出した。
考えるより先に、身体が動いていた。
「――魔法障壁!」
目の前に、薄い光の膜が展開される。
次の瞬間。
巨大な羽虫の身体が、正面からその膜へ突っ込んだ。
ドンッ、という重い衝撃。
膜は、罅割れるように波打ったが――割れなかった。
「……止まった?」
巨大羽虫が、弾かれるように後方へよろける。
完全に無傷、というわけではなさそうだ。
膜にも、うっすらと亀裂のような光の筋が走っている。
「まだ、もつ……!」
舞は歯を食いしばりながら、魔力をさらに注ぎ込んだ。
亀裂が、塞がっていく。
巨大羽虫は、態勢を立て直して再び突っ込もうとしてくる。
が――何かを警戒するように、空中で動きを止めた。
舞を睨むように、複眼がこちらを向く。
「……来ないで」
舞は障壁を維持したまま、じりじりと後退した。
巨大羽虫は、しばらく威嚇するように羽音を鳴らしていたが、やがて興味を失ったように、森の奥へ飛び去っていった。
ブゥゥゥゥン……
やがて羽音が聞こえなくなった。
「…………」
舞はしばらく動けなかった。
膝が、震えている。
障壁を解くと、どっと汗が噴き出した。
「……勝った、のか?」
攻撃を受けても壊れなかった。
それだけは分かった。
けれど。
「……あと少し押されてたら、割れてたかも」
初めての実戦。
しかも、咄嗟に使った能力が、たまたま間に合っただけ。
腰のナイフには、結局一度も触れなかった。
「……こんな図体のやつ相手じゃ、これじゃ心もとないな」
舞はそう呟いて、腰のナイフを見下ろした。
その場にしゃがみ込む。
「……魔物、怖いな」
正確には。
「虫が怖い」
舞はそう訂正した。
「今日はもう帰ろう」
初めてのフィールドワーク。
成果は。
水源。
食用植物いくつか。
そして。
巨大羽虫。
「……十分すぎるくらいだよね」
舞は小屋へ戻ることにした。




