第5話 弔い
日記を閉じたあとも、舞はしばらく老人の亡骸から目を離せずにいた。
干からびた身体。
召喚の代償として、命そのものを持っていかれた結果。
娘のために、すべてを賭けた父親の成れの果て。
「……」
舞は自分の手を見た。
創造術。
構造を理解しているものなら、原子単位で扱える力。
ふと、良くない考えが頭をよぎった。
「……人の身体って、色々な元素でできてるんだよね」
リン。
カルシウム。
鉄。
窒素。
前世で聞きかじった知識では、人体には意外と多くの元素が含まれているはずだ。
リンなら肥料に。
鉄なら道具や武器に。
これから資源も知識も何もない状態でこの世界を生きていくなら、それらの成分がどう使えるか知っておくのは、決して無駄なことではない。
研究者としての自分が、うっすらとそう囁いている。
「……」
舞は老人の傍に膝をついた。
手を伸ばしかける。
――止まった。
「……いや」
自分で自分に、待てをかけた。
「これは、駄目だ」
この人は、モノじゃない。
娘のために命を懸けた、一人の父親だ。
自分がこの家で寝起きできているのも、この人が遺したものがあるからだ。
その恩人の亡骸を、資源として扱う。
いくら合理的な理由があっても、それは越えてはいけない一線だと思った。
「……ごめん、今の私、ちょっと最低なこと考えてた」
舞は誰もいない部屋で、そう呟いた。
もちろん返事はない。
それでも、口に出すことで、自分の中の何かが落ち着いた気がした。
「……ちゃんと、弔おう」
舞は立ち上がった。
小屋の外に出る。
裏手には、ちょっとした庭のような空間があった。
木々に囲まれた、静かな場所。
舞はそこに、土魔法もガレリアも使わず、素手でスコップ代わりの板を握った。
わざとだった。
便利な力に頼らず、自分の手で穴を掘る。
それくらいのことは、してもいいと思った。
時間はかかった。
魔族の身体は頑丈でも、慣れない作業に手のひらが痛んだ。
それでも、舞は黙々と掘り続けた。
十分な深さになったところで、舞は小屋へ戻り、老人の亡骸を丁寧に運んだ。
軽い。
あまりにも軽かった。
それが、余計に胸を締めつけた。
穴の中へ、静かに横たえる。
着ていたローブは、舞が借りている。
せめてもの償いのつもりで、代わりに持っていた別の布を、上からそっとかけた。
「……」
舞は土をかぶせていく。
一掬い、また一掬い。
やがて、小さな土の盛り上がりができた。
舞はその前に、しばらく立ち尽くした。
「……あなたのこと、まだよく知らないけど」
娘のために、十年近く研究を続けていたこと。
最後に、禁忌にまで手を出したこと。
それくらいしか、分からない。
それでも。
「この家、しばらく使わせてもらいます」
舞は小さく頭を下げた。
「……あなたの研究、無駄にしないように頑張るから」
風が、木々の葉を揺らした。
それだけが、返事のようだった。
舞はしばらくそこに佇んでから、小屋へ戻った。
部屋の中は、老人がいなくなった分だけ、少し広く感じた。
「……よし」
舞は自分の頬を、軽く両手で叩いた。
いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。
「まずは、自分のことから知ろう」
そう決めて、舞は机の前に座り直した。




