第4話 新生活
日記の続きを読んだ。
そこに書かれていたのは、一人の父親の記録だった。
賢者には娘がいた。
大切な娘だった。
けれど、その娘は病によって身体を弱らせていった。
どれだけ看病しても。
どれだけ薬を試しても。
娘の病は、良くならなかった。
そして――。
娘は、亡くなった。
「…………」
舞は黙ってページをめくる。
日記には、娘が亡くなったあとのことも書かれていた。
賢者は、娘を諦めきれなかったらしい。
人間の医術では、もうどうにもならない。
人間の魔法でも、もうどうにもならない。
ならば。
人間ではない存在の力を借りればいい。
「……魔族」
日記には、そう書かれていた。
長く生きる種族なら、人間には知られていない知識を持っているかもしれない。
それが、賢者の出した答えだった。
しかし。
魔族を召喚することは禁忌だった。
危険すぎる。
失敗すれば何が起こるか分からない。
それでも。
娘への思いが、賢者を止めることはなかった。
「…………」
舞は日記から目を離せなかった。
最後には、召喚の準備について書かれている。
魔法陣。
術式。
必要な道具。
そして――召喚の代償。
「……代償?」
舞はその部分を読む。
魔族召喚には、大きな力が必要になる。
賢者は、その力を自分自身から捻り出すことにした。
「…………」
舞はゆっくりと顔を上げた。
部屋の隅を見る。
そこには、先ほどの老人の亡骸がある。
干からびた身体。
魔法陣。
そして――自分。
「……そういうことだったんだ」
ようやく理解できた。
賢者は娘のために、禁忌の魔族召喚を行った。
そして、その代償として自分の生命が持っていかれた。
召喚が成功したとき。
賢者はすでに死んでいた。
「……私を召喚したせいで」
そう考えてから、舞は首を横に振った。
「いや……違うか」
自分が殺したわけではない。
賢者自身が、自分の意思で選んだのだ。
それほどまでに。
娘のために、何かを賭けたかったのだろう。
「…………」
舞は日記を閉じた。
少しだけ、胸が重くなる。
自分は、この世界に来たばかりだ。
賢者の娘のことも知らない。
賢者のことだって、ついさっき知ったばかり。
それでも。
「……なんか、寂しいな」
誰もいない部屋で、舞は呟いた。
賢者は最後まで娘のために動いた。
そして自分は、その最後に呼び出された何か。
「……でも」
舞は自分の手を見る。
「蘇生魔法なんて、わからないよ……」
少なくとも、今の自分には分からない。
魔法だってまだ使ったことがない。
そもそも、この世界のことすら何も知らない。
だから。
「……まずは生きていかないと」
舞は立ち上がった。
借りたローブの裾を整える。
そして、改めて部屋を見回す。
本は少ないが、生活に必要な道具はそれなりにある。
食料も探せばあるかもしれない。
生活する場所としては、十分すぎるくらいだ。
「しばらく、ここを使わせてもらおうかな」
賢者には悪いけれど。
裸で外に出るわけにもいかない。
それに、外がどんな場所なのかも分からない。
まずはこの家で、この世界について少しずつ知っていこう。




