第3話 亡くなった老人
部屋の奥へ進む。
最初に目についたのは、乱雑に積まれた資料の山だった。
「……結構あるな」
紙束。
巻物。
古びたノート。
壁際の棚には、何冊かの本が並んでいる。
舞は一冊を手に取った。
表紙には見たことのない文字が書かれている。
「……?」
しかし、意味は分かった。
文字そのものを理解しているというより、頭の中で自然に意味へ変換されているような感覚だった。
「これも、転生のときに何かしてくれたのかな」
女神から詳しく聞いた覚えはない。
けれど、読めるならありがたい。
舞は本を開いた。
「……地理の本」
この国の地形。
周辺の地域。
簡単な気候の説明。
子供向けとまではいかないが、平易な言葉で書かれている。
次の本。
「一般常識……作法?」
貨幣の価値。
礼儀作法。
簡単な生活の知恵。
どれも、専門書というより、誰かに基礎を教えるための本のようだった。
「まずはこの辺から読んでいけば、生活に困らなそう」
舞は他の棚も確認する。
断片的な走り書きのメモが、机の隅に何枚か重ねられている。
実験の記録らしきものだが、途中で終わっているものも多い。
「……この人、色々研究してたんだろうな」
実験器具。
薬品。
見たことのない道具。
どれもかなり使い込まれている。
「研究者、なんだろうな」
ふと、先ほどの老人を見る。
魔法陣のそばで亡くなっていた老人。
この家の主なら、それなりの人物なのだろう。
舞は机の上に置かれていた紙に目を止めた。
何かの記事らしい。
手に取る。
「勇者一行……?」
そこには、かつて魔王を討伐した勇者について書かれていた。
そして、その仲間たちの名前。
戦士。
聖職者。
魔法使い。
そして――。
「賢者……」
舞は記事に書かれた名前と、部屋に倒れている老人を見比べた。
「…………」
まさか。
舞は別の資料も探した。
古い紙束。
新聞のようなもの。
記録。
いくつか確認していく。
そして、確信した。
「この人……」
かつて勇者と共に旅をした賢者だった。
魔王討伐を成し遂げた、世界でも有名な人物。
「……そんな人が、ここに住んでたの?」
舞は驚きながら部屋を見回した。
立派な研究設備。
実験器具。
魔法道具。
この家にあるものの多くが、その事実を裏付けているようだった。
それなら。
「どうして……死んだんだろう」
疑問が残った。
ただの老衰には見えない。
あの身体。
あの魔法陣。
そして、召喚されたと思われる自分。
「何かあったんだよね」
舞は机の周りをもう一度調べ始めた。
引き出し。
棚。
紙の間。
何か手がかりが残っているはずだ。
しばらく探していると。
「あ……」
一冊の古びた手記が、引き出しの奥に入っていた。
表紙には名前が書かれている。
「……日記?」
舞は本を取り出した。
表紙は古い。
何年も使われていたのだろう。
舞は椅子に座る。
「これを読めば……」
老人が何をしていたのか分かるかもしれない。
舞は日記を開いた。
最初のページ。
そこには老人の日々の記録が書かれていた。
薬。
看病。
そして――。
「……娘?」
舞は眉をひそめた。
ページをめくる。
そこには、何度も同じ人物について書かれていた。
娘の体調。
娘の様子。
娘のために。
舞はさらにページをめくる。
そして、日記の後半へ進むにつれて。
老人の記述が、少しずつ切実な方向へ変わっていくことに気づいた。
「…………」
舞はページをめくる手を止めた。
そこに書かれていた言葉。
「……魔族召喚」
舞は、思わず息を呑んだ。




