第28話 糸と機織りと虚無顔
工場棟と実験棟が完成した翌日。
舞は、物置の中身を確認して固まった。
「……あれ?」
鉄も、砂鉄も、石灰岩も、ほとんど残っていない。
「……使い切った」
建築に興が乗りすぎて、蓄えていた資材を根こそぎ注ぎ込んでいたらしい。
「……そりゃそうか、あれだけの建物、二棟も建てたんだもんね」
舞は苦笑しながら、崖のある方角へ向かった。
◇
崖に到着すると、舞は手のひらを構えた。
「水魔法」
細く絞り込んだ水流が、鋭い音を立てて岩肌へ突き刺さる。
パシィッ、パシィッと、精密な切断が繰り返される。
以前よりずっと扱いに慣れた水のレーザーは、まとまった量の岩と砂鉄を、あっという間に切り出していった。
「……よし、これだけあれば」
積み上がった資材の山を見て、満足げに頷く。
ふと振り返ると、崖の一角が、思ったよりごっそりと削れていた。
「……ちょっと、やりすぎたかも」
もっとも、崖そのものはまだまだ大きい。
これしきで無くなるようなものではなさそうだった。
「……最近、ちょっと勢いで動きすぎてるな、私」
自覚はあった。
それでも、次にやりたいことは、もう決まっていた。
◇
「よし、紡績機を作ろう」
工場棟に材料を運び込み、舞は木材を組み始めた。
目指すのは、複数の糸を同時に紡げる機械。
前世の記憶にある、ジェニー紡績機。
産業革命初期に使われていた、比較的単純な構造の紡績機だ。
複数の錘を、一つの車輪で同時に回す。
仕組みそのものは、それほど複雑ではない。
「基本、木でいけそうだね」
軸受けの部分だけ、鉄を使って補強する。
数日がかりで、木製のジェニー紡績機が完成した。
続けて、手織機も組み上げる。
こちらも構造は単純で、経糸と緯糸を交差させる仕組みさえ作れば、あとは根気の勝負だった。
「……よし、二つできた」
舞は満足げに、二台の機械を見比べた。
◇
「……次は、ミシンだ」
勢いのまま、舞は次の機械に取りかかろうとした。
が。
「……あれ?」
ミシンの構造を思い出そうとして、手が止まった。
針を上下させる機構。
布を送る機構。
下糸と上糸を絡ませる機構。
どれも、カムと呼ばれる部品の設計が絡んでくる。
「……これ、思ったよりずっと難しいやつだ」
紡績機や織機のように、木を組み合わせるだけでは済まない。
回転運動を、望んだタイミングで上下運動や送り運動に変換する。
その形状の設計こそが、ミシンの心臓部だった。
「……図面から、ちゃんと考えないと駄目か」
舞は机に向かい、設計図を描き始めた。
カムの形状。
各部品の連動タイミング。
試算しては描き直し、描き直しては試算する。
その繰り返しが、一週間ほど続いた。
「……できた、多分」
設計図が固まったところで、実際に組み上げる。
案の定、一発では動かなかった。
カムの角度を調整し、糸の張力を調整し、送りのタイミングを調整する。
細かい試行錯誤を経て、ようやくミシンは、まともに縫えるようになった。
「……できた……!」
三台の機械が、工場棟に並んだ。
◇
「さて、まずは糸からだね」
舞は、紡績機の前にパブロを立たせた。
「……あの、これは」
「糸、出してほしいの」
「……かしこまりました」
パブロは、どこか複雑そうな顔をしたまま、棒立ちで両手を差し出した。
十本の指先から、きらきらと輝く糸が、するすると流れ出していく。
紡績機の錘が、その糸を巻き取っていく。
「……すごい、綺麗」
舞は、思わず見とれた。
パブロは、無言のまま、じっと自分の指先を見つめている。
表情筋が、ほとんど動いていなかった。
「……パブロ、大丈夫?」
「問題ございません」
声だけは、いつも通り恭しかった。
◇
織機では、パブロの出番はなかった。
紡いだ糸を、舞とスライムたちで経糸緯糸に組み、機械にかけて織り上げていく。
布ができるたびに、舞のテンションは上がっていった。
「これは、いける……!」
◇
問題は、ミシンだった。
「……あの、これは」
「糸、また頼める?」
「……かしこまりました」
パブロは、今度はミシンの脇に据え付けられた台に収まり、再び指先から太めの糸を紡ぎ出した。
紡いだそばから、そのまま縫製に使われていく。
合理的ではあった。
合理的ではあったが。
パブロの顔は、完全に虚無だった。
◇
こうして、布と糸がふんだんに揃った。
舞は、思う存分、服作りに没頭した。
まずは、自分のための一式。
「……外に出るなら、やっぱり魔女っぽい格好がいいよね」
大きなつばの帽子。
裾の長い、立派なローブ。
仕立ててみると、なかなか様になっていた。
鑑定魔道具を向けると、思わぬ結果が出た。
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《魔女のローブ》
高濃度の魔力を織り込まれた特別な糸で作られた一着。
魔法の威力・制御を大きく補助する。
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「……え、これすごい効果ついてる」
舞は驚いてパブロを見た。
パブロは、何も言わず、静かに目を逸らした。
どうやら、糸を紡ぐ際に、こっそり自分の魔力を高めに練り込んでいたらしい。
「……ありがとう」
「……いえ」
珍しく、言葉少なだった。
◇
服作りは、そこで終わらなかった。
ブラックバイソンやブラックベアの革と、布を組み合わせて、鞄を作る。
絨毯を編む。
スライムたちの身体に合わせた、小さなアクセサリーまで作った。
それぞれに個性が出るよう、色や形を変えてやると、みんな嬉しそうにぷるぷると震えた。
パブロにも、新しい服を仕立てて渡した。
「……こんな、私などに」
パブロは、感激した様子で服を受け取った。
嬉しそうではあった。
あったが。
どこか、疲れが滲んでいるようにも見えた。
あの、糸を出しているときの虚無顔が、舞の脳裏をよぎる。
「……お疲れさま」
「いえ、これしきのこと」
言葉とは裏腹に、パブロの目の下には、うっすらと隈が浮かんでいた。
◇
出来上がった帽子とローブを身に着け、舞は鏡の前に立った。
魔族の姿に、魔女らしい装いがよく似合っている。
「……うん」
これなら、外に出ても恥ずかしくない。
「……そろそろ、行けそうだな」
窓の外では、新しいアクセサリーを付けたスライムたちが、誇らしげに跳ね回っていた。




