第26話 テーブルを挟んで
小屋に入ると、舞はパブロを椅子に促した。
「座って。話、色々聞きたいし」
「いいえ」
パブロは、静かに、しかしきっぱりと首を振った。
「主のおわす場で、席に着くわけには参りません」
「……いや、そんな畏まらなくても」
「いいえ」
二度目の否定は、先ほどより強かった。
舞は諦めて、自分だけ椅子に座った。
テーブルを挟んで、パブロは直立したままだった。
「……で、あなたは何者なの」
「私は、魔族にございます」
あっさりとした返答に、舞は少し驚いた。
「……魔族。人間じゃなくて」
「はい。魔界という場所から参りました」
「魔界……」
日記で読んだ単語だった。
召喚魔法の説明のところに、確かそんな名前があった。
「ああ、日記に書いてあったやつだ」
「……ご存知でしたか」
「うっすらとだけどね」
「表の世界には、あまり知られていないはずですが」
パブロは、恭しく続けた。
「私は長く、ある方にお仕えしておりました。真始祖と呼ばれる、魔族の始まりとなったお方に」
「……真始祖」
「その方が案じておられたのが、魔族という種の存続でした。そしていつか、新たな始祖が生まれる日が来ると」
「……始祖」
舞は、自分のステータス画面を思い浮かべた。
階位の欄に、確かそう書いてあった気がする。
「あ、それ、私のステータスに書いてあるやつだ」
「はい」
パブロは、あっさりと頷いた。
「私は、その誕生をずっと、ずっとお待ちしておりました」
パブロの声に、熱がこもる。
「……なるほど、それで」
舞は、あまりにあっさりと繋がってしまった真相に、拍子抜けした。
もう少し、勿体ぶった展開を想像していた。
「……ずっと待ってたって、どれくらい?」
「気の遠くなるほど、と申し上げておきましょう」
「……そう」
想像もつかない時間の話らしい。
「あと、もう一つ」
パブロが、居住まいを正した。
「私は、あなた様の気配を、ずっと拝見しておりました」
「……見てた?」
「はい」
「……いつから」
「あなた様が、この地に降り立たれてから、ずっと」
「……」
舞は、少し複雑な気持ちになった。
ずっと見られていた、というのは、正直気持ちのいいものではない。
それでも、悪意がないことだけは、痛いほど伝わってきた。
「どうか、この身に、あなた様へお仕えする栄誉をお与えください」
パブロが、深く頭を垂れる。
「……仕えるって、具体的には」
「身の回りのお世話一切を」
「……」
舞は、少し考え込んだ。
◇
「……とりあえず、仕えてくれるのは、ありがたいんだけど」
舞は、話を戻した。
「一つ、提案があって」
「なんなりと」
「この小屋、そんなに広くないし。あなたの家、別に建てない?」
「……は?」
パブロの動きが、止まった。
「別で暮らして、必要なときに来てもらう、みたいな。そのほうがお互い気楽じゃない?」
「……」
パブロの顔から、みるみる血の気が引いていった。
「……そんな……」
「……え、そんなショック受ける?」
「片時もお傍を離れぬことこそ、忠義の証にございますのに……!」
パブロは、その場に崩れ落ちんばかりだった。
「いや、片時もはさすがに鬱陶しいというか……」
「鬱陶しい……」
パブロが、がっくりと肩を落とす。
「……分かりました」
しばらくの沈黙のあと、パブロは絞り出すように頷いた。
「あなた様のご意向とあらば」
「……ごめんね」
「その代わり」
パブロが、勢いよく顔を上げる。
「日々のお世話は、すべてこの私にお任せください。掃除、洗濯、炊事、繕い物、なんなりと」
「……色々できるんだ」
「執事たるもの、何でもできて当然にございます」
その切り替えの早さに、舞は少しほっとした。
◇
「あなたの能力、聞いてもいい?」
「喜んで」
パブロが、待っていましたと言わんばかりに答える。
「私の固有能力は、犍陀多」
「クモノイト」
「己が意のままに、強さ、太さ、性質を変えた糸を生み出せます」
「……糸?」
舞は、少し意外に思った。
もっと派手な、攻撃的な能力を想像していた。
「戦闘にも使えますが」
「あ、それ、ロープに使えるじゃん」
舞の顔が、ぱっと明るくなった。
「丈夫な縄って、地味に欲しかったんだよね」
「……はい、それはもちろん」
「色とか、太さとかも、自由に変えられたりする?」
「意のままに」
「これは便利だ……」
舞は、思わず立ち上がった。
縄。
紐。
繕い物にも使えそうだ。
「あ、でも、布そのものは作れないんだよね?」
「はい。あくまで糸のみにございます」
「……だよね」
布にするには、糸を織るか編むかしないといけない。
今のところ、そのための道具は何もなかった。
「……いつか、機織り機とか作れたら」
服も、色々選べるようになるかもしれない。
想像すると、少し楽しみになった。
「それに、こういう強い糸があれば――」
舞は、頭の中で他の使い道も考え始めた。
「網とか、作れそう。丈夫な網目のやつ」
パブロは、軽く目を瞬かせた。
戦いに使うつもりで温めてきた力が、まったく違う方向で喜ばれている。
「……あなた様は、変わったお方ですね」
「そう?」
「いいえ、悪い意味ではなく」
パブロは、小さく笑った。
◇
「そういえば、強さも聞いてなかったね」
舞がそう言うと、パブロの顔つきが、途端に誇らしげになった。
「ぜひ、ご覧いただきたく」
パブロが、指先を軽く振る。
目の前に、見慣れた半透明の画面が浮かび上がった。
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【ステータス】
名前:テオドール・パブロ
種族:魔族
階位:伝説級
職業:執事
レベル:128
STR:18000
VIT:19000
AGI:16000
MP:150000
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【固有能力】
犍陀多
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【能力】
気配察知
影魔法
身体強化
魔力操作
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「……うわ」
舞は、思わず声を漏らした。
どの数値も、今の自分をはるかに上回っている。
スキル欄も、見慣れない単語がずらりと並んでいた。
「諜報とか交渉術とか……本当に何でもできるんだね」
「執事たるもの、これくらいは」
「……私より強いじゃん」
「いいえ」
パブロは、静かに首を振った。
「魔力が無限である以上、あなた様には決して敵いません。数字の上では私が上でも、実際に戦えば、恐らく私に勝ち目はないかと」
「……そういうもの?」
「はい。あの程度の物量差は、無限という一点だけで簡単に覆ります」
パブロは、どこか誇らしげにそう言った。
自分が負けることを、まったく悔しがっている様子がない。
「……あなた、変わってるね」
「あなた様にだけは、言われたくございません」
二人は、揃って小さく笑った。
「……それにしても」
パブロが、改めて小屋の中を見回す。
ガラスの試験管。
鉄で作られた道具の数々。
立てかけられた、鋭い刀。
窓の外に見える、断熱構造の温室。
「……この短期間で、これほどの文明を築いておられるとは」
「……そう?」
「刃物一つとっても、並の鍛冶師では到底及ばぬ出来にございます」
パブロは、感心しきりだった。
「……褒められると、ちょっと照れるね」
舞は、頬を掻いた。
「あなた様に仕える栄誉に、また一つ理由が増えました」
パブロは、静かに、しかし満足げに頭を下げた。
「……とりあえず、家、作ろっか」
「はい」
渋々とはいえ、了承は得られたようだった。
窓の外では、スライムたちがぷるぷると揺れている。
小屋の暮らしに、また少し、新しい形が加わろうとしていた。




