↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界で街づくり!気合でがんばるぞ!  作者: 吉田松陰(本物)
PR
26/31

第25話 初めての召喚

 温室が落ち着いてから、舞はしばらく召喚魔法のことを考え続けていた。


「……せっかくのスキルなんだよね」


 ステータス画面を開くたびに、目に入る文字。


 召喚魔法。


 種族として得意な力のはずなのに、ずっと使わずに眠らせたままだった。


「……いつまでも放置してるのも、なんか勿体ないな」


 禁忌の魔族召喚とは、恐らく別物のはずだ。


 日記にあった通り、危険なのは相手の強さと意思。


 力任せに大物を呼ばなければ、そこまで無茶なことにはならないだろう。


「……それに、今なら」


 舞は庭に整列したスライムたちを見渡した。


 ライム、バスタ、ウィザード、ビッグ、ヒール。


 何かあっても、支えてくれる戦力がある。


 一人きりだった頃とは、状況が違った。


「……よし、やってみよう」


 ◇


 舞は小屋の前の広場に、簡単な陣を描いた。


 万が一に備えて、周囲にはスライムたちを配置する。


「みんな、危なくなったら助けてね」


 ぷるん、と頼もしい返事。


 舞は深呼吸をして、両手を陣の中央へ向けた。


「……いきなり全力は、やめておこう」


 自分の魔力は無限だ。


 だが、加減が分からないまま無茶をして、とんでもないものを呼び寄せても困る。


「……少しずつ、控えめに」


 そう思いながら、魔力を注ぎ始める。


 ――もっとも、無限を基準にした「控えめ」が、果たしてどれほどのものなのか。


 その物差し自体を、舞はまだ持ち合わせていなかった。


「召喚魔法」


 陣が、淡く光り始めた。


 中心に、渦のような揺らぎが生まれる。


 空間そのものが、じわりと歪んでいくのが分かった。


「……お、来る……?」


 渦の奥に、輪郭のようなものが浮かび上がる。


 四本の足。


 太い胴体。


 そして――頭が、三つ。


「……ケルベロス!?」


 牙を剥いた獣の顔が、三つ並んで形をなしていく。


 鑑定するまでもなく、それとわかる姿だった。


「おお、当たりっぽい……!」


 舞が思わず声を上げた、その瞬間。


 渦の中で、三つ首の獣の輪郭に、もう一つの影が重なった。


 黒々とした、人のような輪郭。


 二つの影が、渦の中でせめぎ合う。


 獣の影が牙を剥き、押し返そうとするように輪郭を膨らませる。


 人の影が、それを力ずくで押し潰すように広がっていく。


 バリバリッ、と空間そのものが軋むような音。


 渦の中で、光の筋が幾つも弾け飛んだ。


 獣の輪郭が、悲鳴じみた歪みを見せながら、じりじりと押しのけられていく。


「……なにこれ、喧嘩してる……!?」


 舞は、目の前で繰り広げられる無言の攻防から、目を離せなかった。


 最後に、一際大きな音と共に、獣の影が完全に掻き消えた。


「……え?」


 渦の中心に残ったのは、人の形をした影だけだった。


 すらりとした、長身の男の輪郭が、少しずつ像を結んでいく。


「……人……?」


 その瞬間、背筋が凍った。


 脳裏に、日記の一文がよぎる。


 ――人に近い姿を持つ存在ほど、知能が高く、意思を持つ。だからこそ危険視され、禁忌とされている。


「え、噓でしょ、これ、まずいやつじゃ……!」


 声が震えた。


 獣なら、まだ気が楽だった。


 だが、人型となると話が違う。


 意思がある。


 考える。


 こちらの都合など、無視するかもしれない。


「……止め、止められない……」


 注ぎ込んだ魔力は、もう戻ってこない。


 舞は、こわばった顔のまま、渦の中心を睨みつけることしかできなかった。


 仕立てのいい執事服を思わせる装束を纏い、白い手袋をはめている。


 舞が呆然としている間に、渦は完全に晴れた。


 地面に片膝をつき、恭しく頭を垂れる男が一人、そこにいた。


 鼓動が、まだ速い。


 さっきまで、命の危機を覚悟していたくらいだ。


「……あの、あなた、敵、じゃないよね……?」


 声が、まだ少し震えていた。


 男が、ゆっくりと顔を上げる。


 その瞬間。


「――ッ、ああ、ああ、ついに、ついにこの目で……!」


 男が、突然両手を広げて天を仰いだ。


「……え?」


「なんという魔力の輝き……! いえ、輝きなどという言葉では到底言い表せません、これはもう、光そのもの……!」


 早口で捲し立てながら、男は地面に額をこすりつけるように深く頭を下げた。


「テオドール・パブロと申します。以後、何卒、何卒お見知りおきを……!」


「……お、おう」


 あまりの勢いに、舞の恐怖は一瞬で吹き飛んだ。


 代わりに湧いてきたのは、別の意味での警戒だった。


「あの、私、そんな人呼ぼうとしてなかったんだけど……」


「存じております」


 パブロは、顔を上げるなり、けろりとした顔で頷いた。


「本来であれば、別の存在が召喚に応じるところだったかと存じます。恐れながら、割り込ませていただきました」


「……割り込んだ? さっきの、喧嘩みたいになってたやつ?」


「あれしきの雑魚、視界に入れる価値もございません」


 パブロは、事も無げにそう言い切った。


 先ほどの、渦の中で牙を剥いていた三つ首の獣を思い出す。


 あれを「あれしき」と言い切れる存在感が、確かにあった。


「……あなた、何者なの」


「詳しくは、追い追い」


 パブロは、急に神妙な顔になったかと思うと、すぐにまた表情を崩した。


「それより、あなた様! この日をどれほど、どれほど待ちわびたことか……!」


「……待ってた? なんで」


「それも、追い追い」


「……はぐらかすじゃん」


 パブロはそう言って、片膝をついたまま、恭しく胸に手を当てる。


 ――かと思えば、次の瞬間には、地面に伏せて肩を震わせていた。


「……え、なに、泣いてるの?」


「感激のあまり……! まさかこの目で、この生涯のうちに……!」


「……情緒、忙しくない?」


 舞は、じりじりと一歩後ろへ下がった。


 得体は知れない。


 過剰な敬意も、忠誠らしきものも、ひしひしと伝わってくる。


 だが、それはそれとして。


「……とりあえず、落ち着こうか」


「はい!」


 パブロは、涙を拭いながら、勢いよく立ち上がった。


 切り替えの早さも、どこか常人離れしていた。


「……とりあえず、よろしくね」


「はい! この身命に代えましても!」


「……そこまでは求めてないんだけど」


 舞は、少し呆れながらも、つい笑ってしまった。


 久しぶりに、人と――少なくとも人の形をした誰かと――言葉を交わしている。


 どう考えても普通ではないが、それでも、思ったより嬉しい自分がいた。


「……とりあえず、家、案内するね」


「かしこまりました!」


 パブロは勢いよく一礼し、恭しく一歩下がって舞に道を譲った。


 庭のスライムたちが、興味津々といった様子で新参者を取り囲む。


「……みんな、この人は敵じゃないから」


 舞がそう言うと、ライムをはじめとしたスライムたちが、警戒を解いてぷるぷると揺れた。


 パブロは、そんな彼らを見て、なぜか感極まったように目を潤ませた。


「……従魔たちにまで、これほど慕われておいでとは……!」


「いや、そこでまた泣かなくていいから」


「はい!」


 即答して涙を拭う姿は、忠実なんだか、単に情緒が忙しいだけなんだか、よく分からなかった。


「さ、行こっか」


 舞は小屋へ向かって歩き出す。


 その後ろを、パブロがやけに弾んだ足取りでついていった。


 賑やかだった小屋の暮らしに、また一つ、なんだかとても騒がしい住人が加わった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。