第24話 温室と種まき
朝、水汲みのついでに外へ出ると、落ち葉が目についた。
「……あれ」
小屋の周りの木々が、少しずつ色を変え始めている。
朝晩の空気も、心なしか冷たくなってきた気がした。
「……そういえば」
舞は立ち止まって考える。
この世界に来てから、もう随分経つ。
最初の頃は青々としていた木々が、今は葉を落とし始めている。
「この世界にも四季があるんだ」
「……ってことは」
舞は日記や地理の本の記述を思い出す。
作物には、種を蒔く時期がある。
春に蒔いて、夏に育て、秋に収穫する。
そういうものが、大抵は多い。
「……もしかして、出遅れてる?」
水源、食料、資源。
やることに追われて、農業のことはずっと後回しにしていた。
「……これは、痛いな」
舞は頭を抱えた。
最適な時期を逃していたら、今から畑を作っても、まともに育たないかもしれない。
「……でも、諦めるのは早い」
舞は考える。
自然の畑が駄目なら。
「温室を、作ればいい」
外の気候に左右されない、閉じた環境。
それなら、季節がずれていても、なんとかなるはずだった。
「よし、決めた」
◇
温室を作るには、まず材料がいる。
ガラスの原料になる石英。
骨組みに使う鉄。
「……大量に要るな、これ」
これまでのように、少しずつ拾い集めていては間に合わない。
舞は、庭に整列した従魔たちを見渡した。
「みんな、力を借りるね」
ライムを筆頭に、ぷるんと群れが応える。
ビッグスライムたちが、あの崖まで何度も往復し、砂鉄を運んでくる。
別動隊は、以前見つけた花崗岩の露頭へ向かい、石英の粒を集めて回った。
舞一人では何日もかかっていたはずの採取が、数日で山のように積み上がった。
「……人手、大事」
しみじみと呟く。
◇
材料が揃ったところで、いよいよ本題だった。
「温室、ちゃんと考えて作らないとな」
ただガラス張りにするだけでは、夜になれば熱がどんどん逃げていく。
外がまだ暖かい今のうちはいいが、これから寒くなる一方だ。
「……二重構造にしよう」
前世の知識で、断熱窓というものがあった。
ガラスを二枚重ね、その間に空気の層を作ることで、熱の伝わりを抑える。
だが、舞にはもう一段階、踏み込んだ方法があった。
「……空気の層より、真空に近いほうが効くはず」
熱の伝わり方には、いくつか種類がある。
伝導。
対流。
放射。
空気の層があるだけでも、対流はある程度抑えられる。
だが、気体の分子そのものが熱を運ぶ以上、完全には防げない。
「……なら、分子の数を減らせばいい」
二枚のガラスの間に、あえて隙間を作る。
そこへガレリアを使い、閉じ込めた空気の密度を、意識して薄くしていく。
真空に近づけるほど、熱を伝える分子そのものが減る。
「理屈は、魔法瓶と同じだね」
舞は試作のガラス板を二枚作り、間に薄い空間を挟んで密閉した。
そこへ意識を集中させる。
「創造術」
閉じ込められた空気が、じわじわと薄くなっていくのが分かった。
完全な真空とまではいかないが、それでも十分な効果はありそうだった。
「……よし、いける」
この工法さえ確立すれば、あとは量産するだけだ。
◇
それから数日。
舞はスライムたちと共に、ひたすらガラス板を作り続けた。
骨組みは、砂鉄から取り出した鉄で。
壁と屋根は、二重構造の断熱ガラスで。
規模は、当初考えていたよりずっと大きくなった。
スライムたちの人海戦術――もといスライム海戦術のおかげで、一人では到底成し得なかった速度で組み上がっていく。
それでも、完成までには結構な時間がかかった。
「……できた」
小屋の裏手に、そこそこの広さを持つ温室が姿を現した。
中に入ると、外よりも明らかに暖かい。
陽の光が、二重のガラスを通してもなお、しっかりと降り注いでいる。
「……いい出来だ」
舞は満足げに、温室の中を歩き回った。
◇
「さて、何を植えようか」
舞は種と苗を用意した。
まずは、ヴィネ。
あの、見た目はぶどうとは似ても似つかないのに、味は完全にぶどうという果実。
酒造りにも使うし、育てておいて損はない。
次に、アストラル草。
初めてのフィールドワークで見つけた、美味な光る草。
最後に、ピクシー草。
薬効のある、青臭くて不味い草。
どちらも、この魔力圏でしか育たないと鑑定結果に出ていたが、温室の中なら、外の環境をある程度再現できるはずだった。
舞は畝を作り、種と苗を丁寧に植えていく。
「……水源も近いし、これでちゃんと育つといいな」
温室の中は、まだ半分近く空いていた。
「……何か、もう一種類くらいいけそうだな」
舞はふと、以前から気になっていたものを思い出した。
小屋の近くで見つけて、たまに味見用に摘んでいた実だった。
丸くて、赤い。
どう見ても、あのトマトにしか見えない。
――のに、木も葉も、まったくトマトらしくないのだ。
蔓のように地を這う植物で、葉も細長い。
なのに実だけは、皮の質感も、中の種の並び方も、味も、限りなくトマトそのものだった。
「……あれも、育ててみようかな」
舞は鑑定魔道具を取り出し、実に向けた。
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《ルベリア》
蔓性の植物に実る果実。
見た目・外皮の質感は独特だが、味・食感はみずみずしく美味。
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「……ルベリアって言うんだ」
空いたスペースに、その苗も植え付ける。
「……よし、これで一通り」
温室の中を見渡し、舞は小さく息をついた。
出遅れは、出遅れのままだ。
それでも、できることはやった。
「……ちゃんと、育ってね」
外では、色づいた葉が風に揺れている。
温室の中だけは、まだ夏の名残のような温かさが満ちていた。




