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異世界で街づくり!気合でがんばるぞ!  作者: 吉田松陰(本物)
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第23話 酒が欲しい

「……娯楽が、無さすぎる」


 舞は机に突っ伏したまま、そう呟いた。


 水源を確保した。


 食料も確保した。


 鉄も、革も、ガラスも、元素も。


 生活基盤は、着実に整ってきている。


 なのに。


「……もの作りと、スライム揉むことしかやることがない」


 朝起きて、フィールドワーク。


 昼、加工と実験。


 夜、記録をつけて寝る。


 その繰り返し。


 人と話すこともない。


 テレビも、スマホも、本屋も、何もない。


「……頭、おかしくなりそう」


 足元でぷるぷると揺れるライムを、無意識に撫でる。


 柔らかい感触は、確かに癒される。


 癒されるが。


「……これだけじゃ、駄目だ」


 舞はがばりと顔を上げた。


「そろそろ、娯楽が欲しい」


 外に出て、街を見てみたい気持ちもある。


 でも、まだ準備が整っていない。


 だったら。


「――お酒、作ろう」


 唐突に、そう決めた。


 異世界に来てから、まだ一滴も酒を口にしていない。


 前世でも、たまの晩酌が楽しみの一つだった。


 娯楽がないなら、作ればいい。


 それが、舞という人間だった。


「よし、材料集めだ」


 ◇


 準備の前に、舞はふと従魔の一覧を開いてみた。


「ステータスオープン!」


────────────────────────

【従魔】


ライム Lv.32 アストラルスライム


(名称未設定) Lv.28 バスタードスライム


スライム(ウィザード) Lv.16 ×4


スライム(ビッグ) Lv.14 ×3


スライム(ヒール) Lv.12 ×2


スライム Lv.9 ×22

────────────────────────


「……お」


 しばらく見ていなかった間に、思った以上に様変わりしていた。


 ライムは、深い青色に細かな星屑のような輝きをまとった、まったく別の生き物のような姿になっている。


「……アストラルスライムって、そういう」


 以前見た、アストラル草やアストラルハニーと同じ響きの名前。


 この魔力圏らしい、魔素をたっぷり浴びた末の進化なのだろう。


 もう一匹、際立って強いスライムがいた。


 あの、生意気だった――そして一度弾けて死にかけた――個体だ。


 図体も一回り大きくなり、他のスライムを押しのけていた頃の面影が、今は頼もしさに変わっている。


「……あんた、また強くなったね」


 舞は少し考えて、思い出した。


 ちゃんと育ったら名前をつける、と約束していたことを。


「よし。あんたは、バスタ」


 安直と言えば安直だったが、他に思いつかなかった。


 バスタードスライムという響きから、そのまま取っただけだ。


 バスタは、誇らしげに大きく震えた。


 他にも、杖のようなものを模した見た目のウィザードスライム。


 やたらと図体の大きいビッグスライム。


 淡い光をまとったヒールスライム。


 そして、進化せずに元のままのスライムたちも、まだたくさん残っている。


 全員が全員、同じように育つわけではないらしい。


「……面白いな、これ」


 舞は少し感心しながら、ステータスを閉じた。


 これだけの戦力が揃っているなら、心強い遠征ができそうだった。


 ◇


 酒を作るには、糖分と、発酵させる菌が要る。


 糖分は、果物でいい。


 問題は、発酵に必要なもう一つの材料だった。


「……蜂蜜、あったら最高なんだけどな」


 糖度が高く、天然の酵母も付きやすい。


 前世でも、蜂蜜酒は割とお手軽な部類の酒だったはずだ。


 そこで、舞はあるものを思い出した。


「……あの、羽虫」


 初めてこの森に来たとき、死ぬ気で逃げた、あの巨大な羽虫。


 あれが、蜂に近い生態を持っているなら。


「巣があれば、蜜があるかもしれない」


 思いついてしまった以上、やらないという選択肢はなかった。


 問題は、あの虫がとにかく苦手だということだった。


「……うっ」


 想像しただけで、鳥肌が立つ。


 それでも。


「今の私には、あの子たちがいる」


 舞は庭に整列させた面々を見渡した。


 ライム、バスタ、ウィザード、ビッグ、ヒール、そして普通のスライムたち。


「みんな、力を貸して」


 舞の言葉に、ライムがぷるんと震え、群れがざわりと反応した。


 ◇


 巣は、森の少し奥、木々の高い場所にあった。


 遠目に見ただけで、舞の背筋が凍る。


 うぞうぞと、羽虫が出入りしている。


「……無理。近づきたくない」


 舞は木の陰から動けなかった。


 念のため、鑑定魔道具を向けてみる。


──────────────────────

《アーマーホーネット》


硬い外殻を持つ大型の蜂型魔物。

巣に大量の蜜を蓄える習性がある。

──────────────────────


「蜂だったんだ……いや、知ってたけど」


 名前が付くと、少しだけ現実味が増した。


 代わりに、スライムたちが前へ出る。


 バスタが体当たりで群れを引きつけ、ウィザードスライムが炎の一撃を差し込む。


 ビッグスライムが巨体で押し包み、退路を塞ぐ。


 傷ついた仲間には、すかさずヒールスライムが寄り添う。


 ライムは、後方から睨みを利かせているだけで、ほとんど手を出さなかった。


 ――アストラルスライムの本気を見せる相手ではない、と分かっているようだった。


「……連携、すごいことになってる」


 舞は遠くから、指示だけを飛ばした。


「巣を壊さないように、丁寧にね!」


 ぷるん、と了解の合図。


 しばらくして、スライムたちが大きな巣の塊を運んできた。


「……お、やった」


 舞は恐る恐る、巣に鑑定魔道具を向けた。


──────────────────────

《アストラルハニー》


アーマーホーネットの巣に蓄えられた蜜。

蜂蜜に似た甘みと栄養価を持つ。

──────────────────────


「蜂蜜、あった!」


 思わず声が弾んだ。


 ◇


 次に必要なのは、糖分となる果物だった。


 舞は以前から目をつけていた木を思い出す。


 幹は曲がりくねり、葉も細く尖っていて、お世辞にもぶどうの木には見えない。


 実る果実も、房状ではなく、枝から一粒ずつぽつぽつと垂れ下がっている。


 色も、紫というより赤黒い。


「……見た目は全然ぶどうじゃないんだよなぁ」


 それでも、初めて口にしたときの記憶は鮮明だった。


 味は、間違いなくぶどうだった。


 鑑定魔道具を向ける。


──────────────────────

《ヴィネ》


枝に一粒ずつ実る果実。

外見は独特だが、味は非常に甘く芳醇。

──────────────────────


「見た目詐欺もいいところ」


 舞はヴィネを大量に採取し、小屋へ持ち帰った。


 ◇


 蜜と果実が揃った。


 あとは、発酵させるだけ。


「……せっかくだし、ガレリアで一気にやっちゃおうかな」


 これまで、ガレリアは工程を丸ごと飛ばしてきた。


 木材を加工するときも。


 金属を精錬するときも。


 水を集めるときも。


 なら、発酵だって飛ばせるはずだ。


 舞はヴィネを潰し、果汁と蜜を混ぜた容器に手をかざした。


 糖から、アルコールへ。


 化学式なら分かる。


 C₆H₁₂O₆ → 2C₂H₅OH + 2CO₂


 この変化をイメージして、意識を集中させる。


「創造術《ガレリア》」


 容器の中の液体が、ふわりと泡立った。


「……お、いけた?」


 鑑定魔道具を向ける。


──────────────────────

《粗製酒》


糖分をアルコールへ変換した液体。

アルコール度数はあるが、風味は乏しい。

──────────────────────


「反応はしたんだ」


 舞はさっそく味見をしてみた。


「……うわ」


 思わず顔をしかめる。


 アルコールの刺激だけがある、水っぽい液体だった。


 甘みもなければ、香りもほとんどない。


「……そういうこと、か」


 舞は少し考えて、納得した。


 糖がアルコールに変わる反応そのものは、化学式で分かる。


 だから、そこだけならガレリアでも再現できる。


 だが、本物の発酵では、酵母という生き物が糖を取り込み、代謝の過程で、アルコール以外にも無数の副産物を生み出している。


 香りのもと、旨味のもと、複雑な風味のすべて。


 その一つ一つの正体までは、舞にも分からない。


「……知らないものは、作れない」


 いつもの原則が、ここでも顔を出した。


 基本の反応だけを飛ばして再現しても、風味という名の細部までは、コピーできない。


「本当に美味しい酒を作るなら――ちゃんと、時間をかけて発酵させるしかないんだ」


 舞は新しい容器を用意し、今度こそ丁寧に、ヴィネと蜜を仕込み直した。


 布をかぶせ、涼しい場所へ置く。


 あとは、空気中の天然酵母が働いてくれるのを待つだけだ。


「……こっちは、気長にやろう」


 ◇


 その日の夜、舞は出来上がったばかりの粗製酒を、コップに注いだ。


「……美味しくはないけど、ないよりマシ」


 一口含む。


 やはり、水っぽくて味気ない。


 それでも、久しぶりのアルコールは、じんわりと身体に染みた。


「……はぁ」


 小さくため息が漏れる。


 窓の外では、スライムたちがぷるぷると揺れている。


 可愛い。


 癒される。


 それでも。


「……誰かと、喋りたいな」


 ぽつりと零れた本音だった。


 賢者の亡骸を弔ってから、もう随分経つ。


 この森で、まともに言葉を交わした相手は、誰もいない。


 舞はふと、机の隅に置いたままの日記を手に取った。


 最初に読んだときは、召喚の経緯を追うことに必死で、詳しいことまでは読み込んでいなかった。


 ページをめくり直す。


 召喚魔法についての記述が、いくつか見つかった。


 この世界の裏側には、魔界や天界をはじめ、様々な世界がある。


 召喚魔法は、そうした異界から生き物を呼び出す術。


 注ぎ込む魔力が多いほど、より強い存在が応えるという。


 ただし。


 人に近い姿を持つ存在ほど、知能が高く、意思を持つ。


 召喚した側の都合だけでは、動いてくれるとは限らない。


 だからこそ、危険視され、禁忌とされている――そう書かれていた。


「……なるほどね」


 力の強さだけの問題じゃない。


 呼び出した相手が、どう考え、どう動くか。


 そこまで含めての禁忌らしい。


「……テイムとは、根本的に違うんだ」


 テイムは、意思を確認し、契約を結ぶ。


 召喚は、望んだ存在が来るとは限らず、来た相手の意思にこちらが左右されることもある。


 舞はコップに残った粗製酒を、くいっと飲み干した。


「……それでも」


 寂しさが、勝った。


「一回くらい、試してみてもいいかもね」


 窓の外で揺れるスライムたちを眺めながら、舞はそんなことを考えていた。



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