第22話 生体への創造術
巨大な熊は、スライムたちの手も借りて小屋まで運び込まれた。
正確には、手ではなく身体そのものだが。
「……本当に、いい働きしてくれるね」
数匹がかりで転がすように運ぶ姿は、なんとも言えない愛嬌があった。
解体は、以前より慣れた手つきでこなせるようになっている。
毛皮、肉、爪。
順番に取り分けていく。
「……さて」
骨や内臓の残りを前に、舞はふと手を止めた。
以前、ブラックバイソンを解体したとき、骨や血液からリンやカルシウムを抽出しようとして失敗したことを思い出す。
あのときは「反応しない」としか分からなかった。
「……でも、今なら」
小屋周辺の木材が、魔素を含んで変質していたこと。
変質を前提にイメージすれば、ガレリアが通ったこと。
あの発見が、頭をよぎる。
「生き物の身体も、同じなんじゃ……」
この森の獣たちは、常に高濃度の魔素にさらされ続けている。
骨も、肉も、血も、少しずつ魔素を取り込んでいるとしたら。
「……試してみよう」
舞は骨の欠片を手に取った。
カルシウムとリンの化合物、リン酸カルシウム。
そこに、魔素が混ざり込んでいるイメージを重ねる。
「創造術」
――反応した。
「……っ、来た!」
骨の表面が発光し、二つの成分へじわりと分離していく。
白い粉末と、薄っすらと発光する結晶。
「カルシウムと、リン……?」
鑑定用の魔道具を向ける。
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《魔素含有カルシウム》
通常のカルシウムに近い性質を持つ、魔素を含んだ物質。
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「性質はほぼ同じ。でも、完全に同じってわけじゃないんだ」
その違いの正体は、今の舞にはまだ分からない。
それでも、応用できるだけの手応えは十分にあった。
「……調子に乗って、他も試してみよう」
血液からカリウム。
筋肉や皮膚から硫黄。
試すたびに、次々と反応した。
「うそでしょ、こんなに出るの……?」
だが、フッ素の反応が出たところで、舞は手を止めた。
「……あ、これは駄目だ」
フッ素は常温では気体で、反応性が高く、毒性もある。
密閉できる容器自体は、ガラスを作ったときと同じ要領で用意できなくもない。
けれど、問題は容器の有無ではなかった。
毒性の高い気体を漏らさず安全に扱うには、容器の精度以上に、慎重な手順と設備が要る。
「……これは、ちゃんと準備を整えてから、また今度」
舞はその場でフッ素の抽出を諦め、次へ進んだ。
続けて、亜鉛やマンガン、ヨウ素も試してみる。
――こちらは、勝手が違った。
鑑定魔道具には微量の反応が出るのに、ガレリアを重ねても狙った形で出てこない。
酵素の中に、あるいはホルモンの材料に。
正確にどんな形で存在しているのか、舞の知識では追いきれなかった。
「……これは、知識不足か」
取り切れなかった分は、原型を留めない灰色の残骸となって残った。
亜鉛もマンガンもヨウ素も、きっとこの中のどこかに紛れ込んでいる。
それでも、これ以上きれいに分けることはできなかった。
「……熊一頭に、こんなに詰まってるんだ」
取り出せたものも、取り出せなかったものも、それぞれに確かな手応えがあった。
◇
「……そういえば」
舞はふと手を止めた。
「これ、植物からも取れるはずだよね」
カリウムも、リンも。
たいていの元素は、植物の中にも含まれている。
「……でも、濃度が低いんだよな」
植物の場合、これらの元素は身体全体に薄く広く行き渡っているだけだ。
まとまった量を取ろうとすると、大量の植物を消費することになる。
対して、動物の骨や血液には、特定の場所にある程度まとまって存在している。
「効率がいいのは、断然こっちか」
植物からも取れなくはない。
ただ、実用的な量を求めるなら、動物や鉱物のほうが手っ取り早い。
そう整理して、舞はふと花崗岩のことを思い出した。
「……そういえば、長石。保留にしてたやつ」
長石は、アルミニウムを含むケイ酸塩だ。
組成が複雑で、大枠でしか理解できていなかったため、あのときは手をつけなかった。
「でも、これも同じ理屈が使えるかも」
複雑な混合物でも、その中の特定の化合物の形さえ分かっていれば、そこだけ狙って取り出せるはずだった。
舞は物置の花崗岩の欠片を取り出し、長石の部分に狙いを絞る。
「創造術」
――今度は、少しだけ反応した。
わずかに、アルミニウムらしき金属光沢の粉末が現れる。
「……取れた」
さらに、花崗岩にごく僅かに混じっていた黒っぽい鉱物にも試してみると、こちらもわずかにチタンが取れた。
舞は手のひらの上の、二つの金属粉末を見比べた。
チタンは、鉄よりずっと軽いのに強度は劣らない。
腐食にも強く、前世では航空機や医療用の部品にもよく使われていた。
アルミニウムも軽く、他の金属をほんの少し混ぜてやるだけで、強度がぐっと上がる合金になる。
「……チタン合金、アルミニウム合金……」
量産にはまだほど遠いが、頭の中に刻んでおく価値は十分にあった。
「これも、いつかちゃんと形にしよう」
◇
ひとしきり試したところで、舞はいくつかのことに気づいた。
死体、砂鉄、植物、花崗岩。
どれも元素を取り出す材料にはなる。
「……でも、どれもまとまった量は難しいな」
骨や血からはある程度まとまって取れるが、それでも熊一頭からとれる量はごくわずか。
花崗岩からのアルミニウムやチタンも、微々たるものだった。
「量産は、まだ遠いか」
もう一つ気づいたのは、何がどう混ざっているのか大まかにでも見当がつくものしか扱えない、ということだった。
骨ならリン酸カルシウム。
血液なら電解質としてのカリウムやナトリウム。
どれも、前世の授業で聞きかじった程度の知識で十分だった。
完璧な分子構造まで知っている必要はない。
木材のときも、セルロースの詳細な化学式が分からなくても、大まかな組成が掴めていれば十分だった。
だが、庭先の腐葉土や、名前も分からない適当な石は違う。
何がどれだけ混ざっているのか、そもそも見当もつかない。
「あれは、多分無理だ」
問題は精度ではなく、そもそも「何が入っているか」の見当がつくかどうかだった。
「知ってるものしか、扱えない――知識の広さが、そのまま使える範囲の広さになるんだな」
◇
舞は、取り出せた物質を一つずつ布に包み、机の上に並べていく。
リン、カルシウム、カリウム、硫黄。
フッ素と、亜鉛・マンガン・ヨウ素は、結局手元に残らなかった。
代わりに、灰色の残骸が一つ、隅に置かれている。
「……これは、また今度だね」
もっと詳しい知識が身についたら、あの残骸からも何かを引き出せるはずだった。
舞は椅子に座り、並べたものを眺めながら使い道を考える。
「カリウムと硫黄とリン……」
三つを見比べて、舞はふと呟いた。
「……火薬、作れるじゃん」
採掘に、土木工事に、開拓に。
火薬があれば、この先の工業化はずっと楽になるはずだった。
「……近いうちに、ちゃんと作ろう」
扱いには相応の注意がいる。
量も、配合も、保管方法も。
それでも、材料は今日揃った。
あとは正しい手順さえ押さえれば、そう遠い話ではないはずだった。
舞は椅子の上で、小さく拳を握った。
「それより、肥料だ」
リン、カリウム。
前世の記憶にある肥料の主要成分と、かなり重なっている。
「畑、いつか作りたいって思ってたし」
これがあれば、作物の育ちが期待できるかもしれない。
「フッ素は……」
舞は、先ほど諦めたフッ素のことを思い出した。
前世で見た、フライパンのコーティング。
あの焦げ付かないフッ素樹脂加工を、いつか再現できたら生活の質はかなり上がる。
ただし、毒性の高い気体を安全に扱う準備が先だった。
「……設備を整えてから、また挑戦しよう」
舞は布に包んだ物質を、一つずつ棚へしまっていった。
水源、食料、鉄、なめし革、ガラス、そして今日の元素たち。
少しずつ、この森での暮らしが工業への種を蒔き始めている。
「……熊さん、ありがとう」
舞は綺麗に片付いた作業台を見渡し、小さく息をついた




