第19話 スライムのいる暮らし
スライムたちが小屋に住み着いてから、数日が経った。
「……賑やかになったなぁ」
舞は朝、小屋の外に出るたびにそう思う。
あちこちでぷるぷると揺れる、ぬめった塊たち。
最初は落ち着かなかったが、慣れてくると、意外と可愛く見えてくるから不思議だった。
まず驚いたのは、餌がいらないことだった。
「……これ、本当に何も食べなくていいの?」
鑑定結果の通り、スライムたちは大気中の魔素を吸収するだけで生きていける。
食費という概念そのものが存在しない。
「前世の生き物と比べたら、燃費よすぎでしょ」
人間も、動物も、生きるためには常に何かを摂取し続けなければならない。
なのに、この生き物は空気中の見えない何かを吸うだけで足りるという。
「魔素、恐るべしだな……」
次に分かったのは、思ったより仕事ができるということだった。
小屋の生ゴミや、調理で出た残滓を庭に置いておくと、いつの間にかスライムが寄ってきて、じわじわと溶かして取り込んでいく。
「……ゴミ箱いらずじゃん」
腐敗物も魔素を含んでいるとみえて、彼らにとってはちゃんとした食事になるらしい。
舞はこれまで、生ゴミの処理に多少頭を悩ませていた。
埋めるか、燃やすか、ガレリアで分解するか。
どれも手間だったが、今はスライムに任せておけば済む。
力仕事も、ある程度こなせることが分かった。
薪や水の入った容器を運ばせてみると、何匹かで身体を寄せ合い、ぐにゃりと形を変えながら器用に持ち上げて運んでいく。
一匹一匹の力はさほどでもないが、数を合わせればそれなりの重量にも対応できるらしい。
「……人手っていうか、スライム手だけど」
ライムが音頭を取るように動くと、他のスライムたちも合わせて動く。
列の乱れも少なくなり、日に日に連携がスムーズになっていった。
「……あんた、本当にまとめ役なんだね」
舞がそう言うと、ライムは誇らしげに震えた。
◇
ある日、舞は片付けの途中で、思わぬものを見つけた。
汚れた作業台の隅に、薄っすらと変色した跡がある。
「……これ、何?」
近くにいたスライムの一匹が、たまたま台の上を這っていたことを思い出す。
試しに、そのスライムへ古い布切れを差し出してみた。
スライムが、ぺたりと身体を押しつける。
しばらくして布を見ると、繊維が薄く傷んでいた。
「……溶けてる?」
鑑定用魔道具を向ける。
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《スライムの体液》
弱い酸性を持つ、消化・分解のための分泌液。
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「酸……」
舞は別の一匹でも試してみた。
こちらは布の変化が違う。
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《スライムの体液》
弱いアルカリ性を持つ、消化・分解のための分泌液。
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「……個体差があるんだ」
酸性を出す個体と、アルカリ性を出す個体がいるらしい。
舞は俄然、研究者としての興味が湧いた。
「これ、何の化合物なんだろう」
前世なら、簡単な分析ができた。
pH試験紙、滴定、機器分析。
いくらでも手段があった。
けれど。
「……何もないんだよね、ここ」
試験紙もない。
試薬もない。
滴定に使う器具もない。
あるのは、鑑定魔道具の大まかな判定と、自分の目と鼻だけだった。
「……成分までは、さすがに分からないか」
舞はしばらく粘ってみたものの、結局「弱酸性」「弱アルカリ性」という以上のことは分からなかった。
「……まあ、いいや。今は」
道具が揃えば、いつかちゃんと調べられる。
今はそれで十分だった。
ただ、使い道はいくつか見えてきた。
酸性の体液は、金属の錆をこすり落とすのにちょうどよかった。
アルカリ性の体液は、油汚れの多い調理器具の掃除に使えそうだった。
「……これ、地味に便利」
正体は分からなくても、性質だけ分かれば十分に活用できる。
舞は道具箱に、「スライム体液・酸性」「スライム体液・アルカリ性」とメモを書き足した。
「……いつか、ちゃんと調べよう」
◇
その日の夜、舞は机の前でステータスを開いた。
「ステータスオープン!」
従魔の欄を眺めながら、なんとなくスキル欄にも目をやる。
召喚魔法。
相変わらず、「心得」のつかない、正体のよく分からないスキルだった。
「……テイムのときの、あの紋様」
指先に浮かんだ、光る紋様のことを思い出す。
あれと、召喚魔法とは、何か関係があるのだろうか。
禁忌とされる魔族召喚のことも、頭をよぎる。
別に、怖いわけではない。
危険性は分かっているつもりだし、慎重になるべき理由も理解している。
それでも、今すぐ試したいという気分にはならなかった。
「……なんか、今じゃない気がするんだよね」
特に差し迫った理由もないのに、正体の分からない何かをわざわざ呼び出す必要はない。
それだけのことだった。
「……気が向いたら、そのうちね」
舞は首を振って、ステータスを閉じた。
ステータスを閉じ、舞は窓の外を見た。
小屋の周りで、ぷるぷると揺れるスライムたちの影が、月明かりの下で静かに揺れている。
「……賑やかな暮らしになったなぁ」
舞は小さく笑って、寝床についた。




