第18話 パワーレベリングの代償
「まずは、みんなと仲良くなるところからかな」
舞は結界の膜に手を当てたまま、群れを見渡した。
ライムは相変わらず舞の手のひらの上にいる。
だが、さっきまでの生意気な様子とは少し違った。
群れの方へ向き直ると、他のスライムたちを促すように、身体をぐいぐいと動かしている。
「……あ、なんか誘導してる?」
ライムの動きに合わせて、スライムたちが少しずつ、遠慮がちに前へ出てきた。
どうやら、他の個体より頭一つ大きいライムは、群れの中でもまとめ役のような立ち位置らしい。
「……あんた、しっかりしてるね」
舞は素直に感心した。
試しに、前に出てきた薄い水色のスライムへ手を伸ばしてみた。
指先が触れる。
紋様が浮かぶ。
消える。
特に抵抗もなく、あっさりテイムできた。
「……あ、簡単」
調子に乗って、次々と手を伸ばしていく。
二匹、三匹、五匹。
ライムが順番を整えているおかげか、大きな混乱もなく進んでいった。
「……これ、全部いけるんじゃない?」
舞は結界の縁に沿って歩きながら、片っ端からテイムしていった。
半日ほどかけて、群れのほとんどが舞の従魔になった。
――ただし、一匹だけ勝手が違った。
ライムより一回り小さいが、妙に態度の大きいスライムだった。
順番を守って並んでいる他の個体を、ぐいぐいと押しのけて前に出てくる。
しまいには、まとめ役のライムにまで体当たりして、横へどかそうとしていた。
「……こら、割り込まない」
舞が窘めても、悪びれる様子もなく、さらに前へ出ようとする。
「……なんなの、あんた」
仕方なく手を伸ばすと、そのスライムは一瞬だけ避けるような素振りを見せた。
それでも、結局は紋様を受け入れる。
テイムされた後も、態度は変わらなかった。
他の従魔たちの上に乗り上げるように陣取り、いかにも自分が偉いと言わんばかりの様子で舞を見上げている。
「……ライム、こいつの扱いに困ったら教えて」
舞がそう言うと、ライムは小さく震えた。
同意しているように見えなくもなかった。
◇
小屋の周りは、一気に賑やかになった。
ぷるぷるした身体が、あちこちで揺れている。
舞はステータス画面を開き、従魔一覧を確認した。
────────────────────────
【従魔】
ライム Lv.3
スライム Lv.1 ×32
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「……ほとんどレベル1か」
最弱クラスの魔物、という情報を思い出す。
このままでは、少し強い魔物が現れただけで全滅しかねない。
「……鍛えないと」
舞は考えた。
レベルは、戦って上げるのが基本らしい。
けれど。
「……魔力なら、無限にあるし」
ふと、思いついた。
魔力そのものに、経験値のような役割があるのではないか。
自分の魔力を、直接スライムへ注ぎ込んでみたらどうなるだろう。
「試してみよう」
舞はライムを手のひらに乗せ、意識を集中させる。
魔力を、少しずつ流し込んでいく。
ライムの身体が、じんわりと発光した。
「……お」
ステータスを確認する。
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ライム Lv.8
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「上がった!」
思わず声が出た。
戦わせなくても、魔力を流すだけでレベルが上がる。
それも、かなりの速さで。
「……これ、すごい発見じゃない?」
舞は興奮した。
人手――もとい、戦力を増やす手段が、こんなところに転がっていた。
次は誰にしようかと見回していると。
「……あ、こら」
あの態度の大きいスライムが、他の従魔たちを押しのけて割り込んできた。
自分を先にやれ、と言わんばかりに、舞の手のひらへ強引に身体を押しつけてくる。
「……順番あるでしょ」
窘めても聞く気配がない。
仕方なく、舞はそのスライムへ手を伸ばした。
「……よし、あんたも強くしてあげる」
先ほどと同じ要領で、魔力を注ぎ込む。
ライムのときより、少しだけ多く。
早く黙らせたい、という気持ちが、正直少しだけあった。
スライムの身体が、発光する。
どんどん、大きく膨らんでいく。
「……あれ?」
膨らみ方が、ライムのときと違う。
舞は慌てて魔力を止めようとした。
――遅かった。
「……っ!?」
破裂音。
スライムだったものが、弾けた。
周囲に、スライム汁がまき散らされる。
舞の頬にも、生温かい何かが飛んできた。
「……」
しばらく、動けなかった。
手のひらについた体液を、舞は無言で見つめる。
やがて、ぽつりと呟いた。
「……犬とかの見た目じゃなくて良かった……」
自分でも、ひどい感想だと思った。
それでも、そう思わずにはいられなかった。
あれがもっと動物に近い姿だったら、今よりずっと堪えていたはずだ。
◇
「……反省しよう」
舞は残った従魔たちを見回した。
ライムは無事だった。
少しずつ、慎重に注ぎ込んだからだろう。
「一気にやりすぎたら、駄目なんだ」
スライムたちの容量には、きっと限界がある。
その限界を超えて詰め込めば、どうなるか。
身をもって理解した。
「……ごめん」
舞は小さく呟いた。
態度はともかく、命を粗末にしていい理由にはならない。
新しく手に入れた命を、いきなり一つ無駄にしてしまった。
軽い気持ちで試したことを、少しだけ悔やんだ。
「……これからは、様子を見ながらにしよう」
舞は残りのスライムたちを見渡す。
三十匹あまりの、ぷるぷるした身体。
急ぐ必要はない。
少しずつ、時間をかけて強くしていけばいい。
「……よし」
舞はライムを肩に乗せ、次の一匹へゆっくりと手を伸ばした。
今度は、慎重に。
◇
それから数日、舞は毎日少しずつ、従魔たちへ魔力を分け与えた。
一度に注ぐ量を抑え、様子を見ながら間隔を空ける。
弾けさせてしまった一件があったおかげで、加減の感覚は嫌でも身についた。
「……このくらいなら、大丈夫そうだね」
ライムはあっという間に群れの中で頭一つ抜けた強さになり、他の従魔たちを取りまとめる役目もすっかり板についていた。
誰かが列を乱そうとすると、ライムが身体を割り込ませて牽制する。
あの一件以来、割り込みをするスライムはいなくなっていた。
「……ライムがいてくれて助かるよ」
舞がそう言うと、ライムは誇らしげに一回り大きく震えた。
小屋の周りは、すっかりスライムだらけになった。
解体も、水汲みも、これから少しずつ手伝ってもらえるかもしれない。
「……人手、増えたな」
舞はぷるぷると揺れる群れを見渡して、小さく笑った。




