第14話 目覚めと成長
目を開けると、部屋の中が明るかった。
「……あれ?」
舞は寝ぼけた頭のまま身体を起こす。
窓の外を見る。
太陽が、思ったより高い位置にあった。
「……朝?」
いや、もう昼に近いかもしれない。
舞は昨夜のことを思い出そうとした。
ブラックバイソンの解体。
塩漬け。
干し肉作り。
そのあと、刃こぼれしたナイフを刀に打ち直していた記憶がある。
そこまでは覚えている。
けれど。
「……気づいたら寝てた」
机に突っ伏していたらしい。
頬に、何かの跡がついている気がする。
「徹夜したんだ……」
身体は思ったより軽い。
魔族の身体なのか、単純に若さ(といっても年齢は0歳だが)なのか。
それでも、頭のどこかがぼんやりしている。
「……あ」
舞は思い出した。
昨日、ブラックバイソンを倒した。
初めて、魔物を――正確には自分を殺しに来た相手を――自分の手で仕留めた。
「レベル、上がってるかな」
それを確認するのを、すっかり忘れていた。
舞は椅子に座り直し、軽く伸びをする。
「ステータスオープン!」
目の前に、半透明の板が現れた。
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【ステータス】
名前:紅山 舞
年齢:0歳
種族:魔族
職業:賢者
レベル:5
STR:1300
VIT:15600
AGI:650
DEX:1300
INT:1300
MND:1300
MP:∞
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《スキル》】
召喚魔法
水魔法~心得~
炎魔法~心得~
土魔法~心得~
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「……お」
レベル1から、5に上がっている。
舞は数値を見比べた。
筋力は千から千三百。
耐久力は一万二千から一万五千六百。
俊敏さは五百から六百五十。
どれも、だいたい三割増し。
「……三割」
微妙な数字だった。
もともとの数値がどれくらい高いのか、まだ比較対象すらよく分かっていない。
それでも三割増えたところで、正直あまりピンとこない。
「千が千三百になっても、実感薄いな……」
もっと分かりやすく数字が跳ね上がる展開を、少しだけ期待していた。
しかし現実は地味だった。
「まあ、そんなもんか」
舞はステータス画面を眺めながら、少し苦笑した。
派手な喜びというより、じわじわと着実に強くなっている、という感じ。
スキル欄も確認する。
変化はない。
召喚魔法。
炎、水、土、闇、聖の各心得。
「スキルは増えないのか」
レベルが上がっても、新しい能力が自動で降ってくるわけではないらしい。
「……なら、地道にやるしかないよね」
ステータスを閉じ、舞は立ち上がった。
伸びをして、身体を軽く動かす。
昨日の疲れは、思ったより残っていなかった。
「よし、次はこっちだ」
舞が向かったのは、軒下だった。
塩漬けにした肉の横に、まだ手をつけていないものがある。
ブラックバイソンの皮。
このままでは、いずれ腐って使い物にならなくなる。
「なめさないとなぁ」
舞は皮を見下ろしながら、前世の記憶を辿った。
工業大学時代、暇な時によく見ていた海外のサバイバル系動画。
現地の男が、木の実だか樹皮だかを煮出した液に鹿の皮を浸けて、延々と揉んでいた映像を覚えている。
資料を漁るまでもない。
あれは、確か。
「……タンニンなめしってやつだ」
専門知識というほどではない。
ただの雑学だ。
それでも、今の舞には十分すぎる知識だった。
「タンニン……植物に含まれる渋み成分」
革をなめすときに使われることがある、というのは動画で見たまま覚えている。
いくつもの成分が絡み合った複雑な化合物で、単純な化学式一つでは表せなかったはずだ。
「……まあ、そこまで分からなくてもできるか」
問題は、この世界でタンニンを含む植物を知らないことだった。
舞は小屋を出て、周囲を見回す。
と、ふと。
「……あれ」
視線が、小屋のすぐ脇に生えている木で止まった。
何度も前を通っていたのに、意識して見たことはなかった。
枝の下に、殻に包まれた実がいくつも落ちている。
「これ……どんぐりっぽくない?」
丸みのある実に、帽子のような殻斗がついている。
前世で見た、公園に落ちているどんぐりとよく似ていた。
「どんぐりって、確かタンニン多かったよね」
渋くて食べられない、というイメージが記憶の片隅にある。
あれも、食べるにはアク抜きが必要だとか、そんな話を何かで聞いた気がする。
「……ちょっと調べてみよう」
舞は懐から鑑定用の魔道具を取り出し、木へ向けた。
淡く光る。
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《ネグラシアの木》
魔力濃度の高い地域にのみ自生する希少な樹木。
実そのものは強い渋味を持つため、食用には適さない。
魔力が豊富に含まれる。
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「渋み……当たりだ」
食用には向かない、と書かれている以上、期待通りの成分が入っていそうだった。
舞は実をいくつか拾い上げ、殻を割ってみた。
「……うわ、渋っ」
中身を少し齧ってみて、思わず顔をしかめる。
口の中が、一気に引き締まるような感覚。
これは確かに、食用には向かない。
「でも、今回はこれでいいんだよね」
舞は実を袋いっぱいに集め、小屋へ戻った。
まずは実を潰す。
創造術を使うほどでもない、単純な作業だ。
石で叩き、細かく砕く。
それを水に浸けて、しばらく煮出す。
鍋の中の水が、次第に赤茶色に染まっていく。
「……いい感じ」
これがタンニンを含んだ液になっているはずだ。
次に、塩を揉み込んで乾かしておいた皮を取り出す。
水で軽く洗い、余分な脂肪や肉片を丁寧に削ぎ落とす。
この作業だけでも、それなりに時間がかかった。
皮が下処理できたところで、先ほどの渋い液に浸け込む。
「あとは……時間をかけて揉むんだったよね」
動画の記憶を頼りに、皮を液に浸けては、手で揉みほぐす。
浸けては、揉む。
それを何度も繰り返す。
単調な作業だった。
けれど、嫌いではなかった。
手を動かしながら、舞は考える。
「タンニンって、たしか他にも使い道あったはず」
防腐効果とか、渋みを利用した何かとか。
前世で見聞きした断片的な知識が、頭の中でゆっくりと繋がっていく。
「……この木、覚えておこう」
なめし以外にも使えるかもしれない。
地図に印をつけておく。
水源。
食用植物。
鉄資源。
そして、なめし革の材料。
少しずつ、この森でできることが増えていく。
浸けては揉み、揉んでは浸ける。
何度も何度も、同じ作業を繰り返す。
液の色が薄くなってきたら、新しい液に替える。
それをさらに繰り返す。
日が傾き、また昇り、また傾いた。
舞はほとんど休まず、皮と向き合い続けた。
「……手、ふやけてきた」
指先が、水と渋にさらされ続けてしわしわになっている。
それでも、皮は確実に変化していた。
最初は硬く、生臭さの残る獣の皮だった。
それが、揉むたびに柔らかくなっていく。
匂いも、次第に落ち着いたものに変わっていった。
最後に、乾いた布でよく拭き取り、風通しのいい場所に張って乾かす。
しばらく置いて、様子を見る。
乾いた皮を、舞は両手で持ち上げてみた。
しなやかに曲がる。
破れる様子もない。
嫌な臭いもほとんどしない。
「……できた」
舞はその場に座り込んで、手の中の革をまじまじと見つめた。
前世で買っていたレザー製品みたいに整った仕上がりとはいかない。
厚みも均一ではないし、端の処理も粗い。
それでも。
「自分で、動物の皮を革にした」
その事実が、じわじわと実感として湧いてくる。
知識だけなら、動画で見ただけのものだった。
実際にやってみると、思っていたよりずっと手がかかった。
時間も、労力も。
だからこそ、完成したときの達成感は大きかった。
「……これ、何に使おうかな」
鞘。
鞄。
靴。
ベルト。
考えるだけで、少し楽しくなる。
舞は乾いた革を軽く畳んで、小屋の中に置いた。
窓の外は、もうすっかり夕暮れだった。
「……今日も一日、終わったな」
水源。
食用植物。
鉄資源。
なめし革。
そして、レベルアップ。
地道な積み重ねが、少しずつこの森での暮らしを形にしていく。
舞は畳んだ革を撫でながら、小さく息をついた。
「明日は、何しようかな」




