第三十四話 城なき帝国
皇帝を始末した後は、遺品となるアクセサリーを数点ポケットに仕舞い古い屋敷を出た。
元来た道を戻る間、誰ともすれ違うことはなかった。
追手がないよう仲間が守っていてくれていたようだ。
「あれ?確かここらへんが入口だったと思うけど……」
城まで戻ってきたのはいいが、入口が瓦礫で塞がれており外に出ることは叶わなかった。
仕方なく来た道を引き返し、老朽化した屋敷まで戻ってきた。
「方角はこっち、だよな」
地下道は使えない。
となると地上から城まで戻らなければならない。
皇帝を走って追った時も相当時間がかかった。
地上を戻るとなれば更に時間はかかるだろう。
何しろ直線距離では帰れない。
小さい森を抜けなければならないし、二、三時間はかかるんじゃないだろうか。
ナイフ一本で森を抜けるのは危険だと思い、屋敷に飾られていた装飾用の短剣を拝借した。
「魔物が出てないことを祈るしかないな……」
正直に言って僕は弱い。
能力がなければそこらの兵士にも劣る。
能力はまだ使用回数が残っているが、奥の手にとっておきたい。
つまり、元より備わっている身体能力だけで魔物を対峙しなければならなかった。
森に入って少ししか経っていないが、既に辺りは薄暗い。
木々に遮られて光が届きにくいようだ。
足元も若干ぬかるんでいて歩きにくい。
「大変だなこれは……」
森を出るとようやく明かりが差してきた。
月明かり、既に外は夜になってしまっていた。
城に残っていた面子は大丈夫だろうか。
アリスやロベルトさん、それにソリスが無事であればいいが。
王都中心部は大騒ぎになっているらしく、王都を取り囲む壁に近づくにつれて喧騒が耳に入ってくる。
王都に住まう貴族は戦々恐々としているのではないだろうか。
今の体制が崩れれば富を失う事など理解しているだろうから。
門は既に崩れていて簡単に中へと入ることができた。
まあこの破壊は僕ら帝国解放軍の仕業だけど。
遠くから見えていたはずの城の姿はどこにもない。
完全に崩れ去ってしまったのか、瓦礫の山と化しているのだろう。
城があったであろう場所へと辿り着くと、そこには何人もの見物人や解放軍の仲間たち、それに白い甲冑姿の騎士達がうろついていた。
そのうちの一人、白い甲冑の騎士に声をかけると、怪訝な顔をしたが名前を明かすと大層びっくりしてどこかへと案内してくれた。
「こちらです」
大きめの一軒家かと思えるような天幕に案内されると、布をめくる前に服装を正す。
靴の汚れだけはどうしようもないが、せめて身なりくらいは小綺麗にしておきたい。
恐らく中にいるのはアリスだろう。
明らかに他の天幕とはサイズも豪華さも違う。
周りを見回してみると似たような天幕がいくつもあったが、どれも目の前の天幕に比べて二周りほど小さい。
「失礼します」
一応礼をして中に入ると、そこにはアリスとロベルトさんがいた。
他にも見たことのある人物が二人。
「あ、帰ってきたじゃない!」
「ええ、ええ、遅かったですねカイさん」
ラピスとロイドだ。
どうしてここに、と質問する前にアリスから言葉が投げかけられる。
「父上……いえ、皇帝陛下は討ち取れましたか?」
「ああ、これを」
その言葉を聞いて僕はポケットからいくつかのアクセサリーをテーブルへと置いた。
ネックレスや指輪、あとは腕輪など皇帝陛下が身につけていた物だ。
「これは……間違いなく父の物ですね。父は……最期に何か言っていましたか?」
「アリスをよろしく頼むってさ。敵である僕に実の娘を任せるなんてどうかしてるよ」
「ふふ、父上らしいですね」
「あ、それともう一つ。裏切りの兆候がある貴族のリストを私室に置いているって事だったけど、もう取りに行けそうにもないな」
皇帝もまさか城が半壊などではなく全壊しているとは考えていなかっただろう。
皇帝の私室はおろかどこに何があったかすらも分からないほど瓦礫の山になっている。
「それならご安心ください。こちらに資料は全て回収しております」
アリスがそう言うとロベルトさんが箱に詰められた資料をテーブルの上に置いた。
「凄いな、まさかこうなる事を見越していたのか?」
「いえ、そうではありません。父上ならば何か貴族の弱みを握っているかもしれないと、先んじて資料などは回収しておりました」
「でも城には兵士がわんさかいただろ?一体どうやって――」
最後まで言い切るより早く僕の背後にある布が勢いよく捲られた。
「それはワタクシのお陰ですわ」
聞き覚えのある声に僕はつい構えてしまったが、この場で変な真似はするはずがないと思い直し姿勢を正す。
「アンタは……」
「ミール、ミール・トライアドですわ。正確にはワタクシの部下がやりましたのよ」
貴族らしい高貴な出で立ちに艶のある金髪。
城塞都市ガブランへと宣戦布告の言葉を持ってきた使者だ。
彼女は完全に帝国側の人間だと思っていたが、なぜこんなところにいるのか。
「ミール……アンタにとって僕らは敵だろう?こんな敵地のド真ん中でなんのつもりだ?」
確か彼女の護衛を務める男は特殊な能力を持っていたはず。
まさか堂々と暗殺でもするつもりだろうか。
「ワタクシは既にアリス殿下の軍門に降っておりますわ。ワタクシもこの国の在り方には疑問を抱えておりましたので」
「そういうわりには宣戦布告しに来た時なんて嬉々としていたように見えたが?」
「帝国の使者なのですから堂々としていなければならないでしょう?というよりワタクシも未知の能力を持つ貴方に真っ向から喧嘩を売るような真似はしたくありませんでしたので」
護衛が使っていた転移能力も大概脅威だが、かなり慎重な性格なのか。
「ワタクシの家からも援軍を呼んでおります。このままアリス殿下だけに任せていれば収拾がつかないでしょうから」
「そうか。まあアンタが仲間だってんなら何も言わないさ。どうせならアンタの護衛にも挨拶しておきたいんだが」
「オルファンにですか?貴方とはあまり深い関係値でもなかったのではありませんか?」
「そのオルファンの弟に世話になったからな」
ミールはなるほどと頷き指を鳴らした。
すると突然目の前に黒い執事服の男が現れた。
ミールへと即座に膝を突き頭を下げる。
「ミール様、何かありましたでしょうか?」
「ええ、こちらの方が貴方に挨拶がしたいとのことよ」
オルファンは振り返り僕をじっと見つめる。
糸目で睨んでいるのかただ見ているだけなのかよく分からない。
「……私に何の用だ」
「アンタには挨拶しておこうと思ってな。その前に弟の名前がソリス、で合っているか?」
「……なぜアイツの名前を知っている」
城で捕まったこと、そして牢屋にぶち込まれた時に見張り役を任されていたソリスと出会ったこと、手を貸してくれた事を伝えた。
「……そうか」
「だからアンタには礼くらいしておこうと思ってな。ありがとう」
「……私は直接手を貸していない。その言葉はソリスに向けられるべきだ」
「そうしたいのは山々なんだが、ソリスがどこにいるか分からないんだよ」
そう、肝心の彼の姿が見えない。
ここに来るまで辺りを見渡しながら来たがソリスの姿はなかった。
最期に彼の姿を見たのはエルと対峙している場面だった。
嫌な想像が脳裏をよぎる。
相手は能力が使えない状態であったとしても帝国最強の男だ。
伊達に修羅場を乗り越えてきてはいないだろう。
対するソリスはただの牢番。
彼に任せてしまったのは荷が重かったのではないか。
後悔が今更ながら押し寄せてくる。
ただ、それも全て杞憂に終わった。
「ソリス・ルートガード、入ります!」
入口から聞こえてきた声は待ち望んでいた彼の声であった。
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