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第三十五話 国を背負う重み

「ソリス!」

天幕へと入ってきたソリスの顔は土で汚れていて、鎧も所々が欠けていた。


「ん?カイじゃないか。良かった、無事だったんだな」

自分のことよりまず相手の心配か。

ソリスは優しい性格なのだろう。


「それはこっちの台詞だぞ。あの後大丈夫だったんだな」

「ああそれなんだけど――っと、失礼しました!」

続きを話そうとするソリスはアリスの姿を見つけて姿勢を正した。


「私のことはお気になさらず。まずは友人との再会を喜んでください」

「アリスもこう言ってるしそんな畏まらなくてもいいって」

「馬鹿言うな!この方は皇族なんだぞ!?俺はこの国の城で働いていたんだから上司みたいなものだ!」

「あー、まあ言わんとしてることは理解できるけど。まあいいや、それよりもあの後どうなったんだよ」

ソリスは頑なに姿勢を崩さない。

皇族への忠義心は尊敬に値するな。


「カイと別れた後あのエルと戦闘になったんだが、丁度そのタイミングで足元が崩れ始めたんだ。だからまともに戦ったわけではない」

「ああ、そういうことか。ならエルはまだ死んでないかもしれないってことか?」

「恐らく生きてるだろう。少なくとも能力が使える状態であればあの方は簡単に死なない。だから今頃どこかに逃げた可能性は高いだろう」

エルを野放しにするのはリスクが高い。

とはいっても居所が分からない以上こちらからアクションすることができない。


牢にでもぶち込んで能力を封じてしまえば一番安心できたんだが……。


ん?牢……?


「あ!」

「な、なんだ?いきなり大声出さないでくれ」

突然僕が声を張り上げたせいで目の前のソリスが後ずさった。


「わ、悪い。そういえば僕の仲間が医務室で寝かされていたはずなんだが……ラピス、ドライの行方は知らないか?」

「知らないわ。貴方と共に行方不明だったから」

ドライは大怪我を負っていた。

城の崩壊から逃れられたとはとても思えない。

僕を庇ったばかりに……。


「そんな悲壮な顔をしないでください。大柄な男性どあれば私の仲間が回収済みです」

「ほんとか!?」

「こんなことで嘘をつくメリットがありますか?まだ意識が無かったとのことで医療用の天幕で寝かされています」

良かった……てっきり死んだものと思っていたがアリスの仲間、つまり白い騎士の誰かが救い出していてくれていたようだ。


「ありがとう、もうダメだと思ったよ」

「城で逃げ遅れた者がいないか部下を総動員させて助け出している。心配する必要はない」

ロベルトさんからもそう伝えられホッと一息つく。


「そういやロベルトさんはあの強そうな奴を倒したのか?」

「ゴルドーのことか?奴ならば城の崩壊と共に姿をくらましている。恐らくエル殿と一緒に逃げ延びているだろう」

二人の強敵を倒しきれなかったのは痛手だな。

後から横やりを入れてこなければいいが。


そう考えていると顔に出ていたのかロベルトさんが肩をすくめて口を開いた。


「安心するといい。あの二人ならばもうこの国に関わることはないだろう」

「なんでそう言い切れるんだ?」

「権力もなく自由もなくなったこの国に魅力を感じないはずだ。力こそ強大だがたった二人ではできることなどしれているからだ。他国で腕を買われてまたのし上がっていくだろう」

ああ、なんとなく想像がつく。

帝国の元剣聖と帝国最強の能力者。

この肩書きだけで十分食べていける気がする。



「そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」

アリスがそう言うと空気が張り詰めた。


「これからこの国は変革期を迎えます。反旗を翻す貴族も多々いるでしょう。そんな慌ただしい時期を見計らって外部からの干渉もあるかと思います。私は皇族の血が流れていますが、国のトップに立てるような器ではありません。なのでカイさん、貴方がこの国の根幹を担ってください」

「え?ち、ちょっと待ってくれ。僕の中ではてっきりアリスが皇帝になるもんだと思ってたんだけど」

「先ほども申した通り私に王の器はありません。この国を変えるため奔走したのは事実ですが、とても国のリーダーなどできそうにありません……」

えらく弱気な雰囲気で俯くアリス。

彼女なら十分皇帝としてやっていけると思うけどな。

度胸もあるし部下からの信頼も厚い。


「カイさん、貴方は元々この国を変えるために帝国解放軍を名乗っていたでしょう?数千の部下を持ちリーダーとしての資質は十分かと思いますが」

「おいおい、勘弁してくれ。僕じゃ国を引っ張っていくなんて無理だよ」

「では皇帝を打倒した後はどうするつもりだったのですか?」

「そ、それは……」

それは当初僕の役割ではなかった。

アッシュが皇帝になりこの国を根幹から変えていく、そう思っていた。

しかし、アッシュは道半ばにこの世を去ってしまった。


なし崩し的に僕がリーダーを務める事になってしまったが故に、皇帝の座に僕がいるというビジョンが見えていなかった。


「カイ、貴方ならみんな着いてきてくれるわ。少なくとも解放軍のみんなはね」

「ラピス……」

「ええ、ええ。確かにまだお若いカイさんに国を率いろと言うのはなかなか荷が重いかと思いますが、私も貴方ならばより良き国を作っていけるのではないかと考えていますよ」

ラースさんまでそんな事を言い出した。


無理だ……皇帝なんて責任の塊じゃないか。

当初はアッシュが皇帝となり、右腕として補佐していくつもりだったんだから。


「みんな貴方だから集まったのではないですか?貴方の優しさと人柄に」

「……かもしれないな」


僕では役不足だ……でもこのまま皇帝の椅子に座らなかったら、着いてきてくれたみんなに顔向けできない。


長い葛藤の中、アッシュの死に様がフラッシュバックする。


まともな会話もできずこの世を去ったあの瞬間、アッシュの目は僕をしっかりと見据えていた。


僕を拾ってくれて帝国に対抗できるだけの仲間と力をくれた。


彼の死に報いるとするならば、この国を立て直し平等で優しい世界を作ることだ。


誰も不幸になることのない幸せな国……言葉にすれば簡単だけどなかなか難しい問題だろう。

期待されている、信頼されている……僕は運が良かったのかもしれない。

国に恨みを持ちながらもやり返すことのできない者が多いが、何の因果か僕は能力を得られた。


神様にも期待されているかもしれないと考えると、今ここで逃げの一手は選べないな。


「分かったよ……やるよ皇帝。ただ、フォローはしてくれよ。そもそも内政なんて何にも分からないし、僕ができるのは道標になることだけだ」

「ええもちろんです。あの時の言葉を覚えていますか?私は中から変えると。貴方が前に立ち私が後ろから支える、最初に思い描いていた構図です」

「なるほどね……そもそも最初からそのつもりだったのか。それにしてもよくあの時にそこまでの未来を想像できたもんだよ。自慢じゃないがあの時の僕はただのスラムのガキにしか見えなかっただろ?」

「なんとなく、貴方なら本当に国を動かす人材になるのではないかと思っていましたよ」


あの路地裏でアリスと出会っていなければこの未来もなかったかもしれない。

いや、いずれは彼女と邂逅していたのかもしれないが、手を取り合う未来なんてなかったかもな。


「まあなんにせよ城を作り直さないとな……こんな瓦礫の山じゃ格好もつかないし」

「ええ、そうですね。いっそのこと国の名前も変えてしまいますか?」

「いや流石にそれは……」

エミルトンの血を継いでいるアリスが存命ならば変える必要などないだろう。



でも、今でも思う。

本当に僕は正しいことをしたのかと。


平民が虐げられ、貴族らの懐は潤う。

そんな世界は間違っていると立ち上がった訳だが、死んでいった者も少なくない。


まずは仲間を弔ってやらないとな。

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