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第三十二話 死なば諸共

勢いよく開け放たれた扉の向こうにいたのは皇帝陛下と見知った顔つきの男だけだった。


「エル・トランセッド……」

「ん?ああ、どこかで見たことがあるかと思えば。なかなか面白い能力を持っていた男だな」

僕の呟きが聞こえたのかエルがそう言葉を零す。


この場にエルがいるとは想定していなかった。

もしかしたら、とは思っていたがまさか本当にこの場に現れるとは。


「エル殿!この国は腐っておるのだぞ!まだ皇帝陛下に忠誠を誓うというのか!」

ロベルトさんが叫ぶ。

それを皇帝の目の前で口にするのもなかなか思い切った行動だ。


ロベルトさんの言葉に皇帝も苦笑いを浮かべている。

エルはというと鼻で笑い飛ばしていた。


「フッ。耄碌したかロベルト。私は何があろうと陛下に忠誠を誓っている。貴族と平民がぶつかることなど過去にも幾度とあっただろう?今回も少しばかり過激になっているだけだ」

「過去にもあったと分かっていてまだその男を師事するつもりか」

「当然だろう?そもそも私はこの国に不満はない。不満を持っているのは平民だけだ」

「だからこの国は変わらなければならない。民からの支持を失えば国は衰退してゆくぞ」

「安心せよ。私がいる限りこの国は潰されんよ」

エルの言動の節々から相当な自信が伺える。

それこそ自分に敵はいないとでも言いたげだ。


「エル、数が多いが勝てるのか?」

「ククク、誰にモノを言っている。私は一人ではないぞ?忘れたか?」

「ああ、そうであったな」

何やら意味深な会話を僕らの目の前で交わす皇帝とエル。

まさかとは思いつつもロベルトさんに視線を向けると同じようにギョッとした顔でこっちを見ていた。


「違う!僕じゃない!」

咄嗟に叫んだ。

恐らく僕とロベルトさんが考えた事は同じ。


内部に裏切り者がいる可能性だ。


ロベルトさんは僕を真っ先に疑ったようだ。

僕が皇帝と繋がっていると思ったのだろう。


「アリスを守れ!」

最初に狙われるとすればアリスだ。

僕やロベルトさんよりも戦力では劣っても、アリスを担ぎ上げれば次代の皇帝が成り立ってしまう。


僕を完全には信じきれていないような表情だったが、流石にアリスを守れという言葉は無視できなかったのかロベルトさんは即座に動いた。


するとやはり僕の予想は当たっていた。


アリスの斜め後ろにいた騎士の一人が剣を抜き振りかぶる。

他の騎士は誰も反応ができていなかった。


しかし僕の言葉を受けて即座に動いたロベルトさんの杖が振り下ろされた剣の刃を受け止めた。


「貴様ッ!」

「ヌ……流石は元剣聖、反応速度も伊達ではないか」


不意打ちを防がれた騎士はそのまま皇帝を背に僕らへと向き直る位置へと移動する。


「貴様、白き翼の騎士団を裏切ったか!」

「裏切る?何も知らぬとは愚かな。私はもとよりアリス殿下の側についていた訳では無い」

「スパイの真似事など……騎士の名が廃るぞゴルドー!」

「なんとでも言うがいい。本来ならばもっと早くアリス殿下を捕縛していた所だ。皇帝陛下の温情に感謝するといい」

ゴルドーと呼ばれた騎士は筋骨隆々とした見た目をしている。

僕では傷一つ付けられなさそうな強者のオーラ。

ロベルトさんともいい勝負をしそうな雰囲気だ。


「皇帝陛下直属暗殺部隊、隊長のゴルドー。まさか貴方が私の監視に就いていたとは思いませんでした」

「それだけ貴女様が脅威だったというわけです。殿下、ここには帝国最強のエル、そして二番手である私がおります。たとえロベルト殿と解放軍のリーダーを味方につけたところで万に一つも勝ち目はありますまい。投降するべきかと」

ロベルトさんの実力は折り紙付きだ。

それでも一抹の不安が拭えない。


なにしろ相手側にはエルがいる。

アイツさえいなければ勝ち目はあったかもしれないが、エル一人の戦力が大きすぎる。

少なくとも僕では足止めもできないし、他の騎士達が一斉に襲いかかったところで能力を使われれば全滅必至だろう。


「アリス様……あの男は私の跡を継いだ者です。私が抑えられてもその後ろにいるエル殿を止める手立てはありません」

「……カイ。能力さえ使えればなんとかなりますね?」

「え?あ、ああ」

突然話を振られたせいでなんとも情けない返事をしてしまう。

能力さえ使えればエルですら手玉に取れる。

不死身であろうがほんの少しだけでもこの場からいなくなればいいだけだ。


簡単な話、時を止めて窓から突き落としてやればいい。


ただそんな仮定もあくまで能力が使えたら、の話だ。

アリスには何か策があるのだろうか。



「皇帝陛下の能力は恐らく範囲型です。この場で能力を行使すればエル殿も力を使えなくなるはず。不意打ちを避ける為今も能力を発動しているかと思います。能力の使えないエル殿であれば怖くありません。……全員抜剣!敵はエル・トランセッドとゴルドーにあり!」

アリスの号令により一斉に騎士達の剣が抜かれた。


アリスの想定通りエルは能力を使えないのか後ろへと跳躍しゴルドーが皇帝を守るような立ち位置へと移動する。


「もしも皇帝陛下が能力を解除すればカイの出番です」

「ああ、任せろ。その時は皇帝もエルもゴルドーも一撃で殺す」

相手がどれだけ凄い能力者を保有していてもここまでお膳立てされれば勝利は揺るがない。


「陛下、恐らくあの男は時を止める能力を持っている。解除は絶対にするな」

「しかしそれではお前も能力が使えんぞ。どうするつもりだ」


皇帝とそう言葉を交わしたエルの口角がニヤリと上がった。

まだなにか手を隠しているのか?

いや、有り得ない。

この場を制しているのはこちら側だ。


どう転んでも僕に殺されるかロベルトさんに殺されるか。



「何も能力に頼る必要はあるまい?」

エルがそう言葉を零し指を鳴らした。


するとどうしたことか突然謁見の間が揺れだした。


「なっ!?」

「これは地震か!?」

「なんだこれッ!」

勢いよく抜剣しこれから突撃するぞと意気込んでいた騎士達も狼狽えていた。


「お前達諸共城を崩してしまえばいいだけだろう?」

「エル!それは最後の手段ではなかったのか!?」

皇帝の狼狽え方から今起きている事象はエルの独断であるのが分かった。


「今が使い所だろ。どう考えてもこの状況から逃げ出せる手段はない。能力を解除すれば即座にあの男が時を止め、解除しなければ物量に押し込まれる。余裕をぶっこいた結果だぞ陛下」

「何とかするのがお前の役目であろう!」

「だからやっているじゃないか。城ごと敵を葬り去る。これ以外に手はない。ほら、さっさと行け」

エルが視線を背後に一瞬移した。


おおよそその視線の先に隠し通路でもあるのではないか。

そう思ったと同時に皇帝が立ち上がり絵画が掛けられている壁へと走った。


「逃がすな!皇帝は逃げるつもりだぞ!」

僕は声を張り上げる。

ここまできて皇帝を逃がすわけにはいかないんだ。


既に何人もの犠牲者をだしたこの戦い。

ここで終わらせなければ長引く。


「おっと、行かせるわけにはいかないな」

僕も皇帝の背を追おうとすると案の定エルが行く手を阻んだ。


「そこをどけ!」

「そういう訳にはいかんのでな。悪いがお前たちにはここで死んでもらう」

能力が使えないのはお互い同じ。

ただし、身体能力や戦闘経験に関しては僕よりもエルのほうが上だろう。


「ロベルトさん!」

僕はこの場で一番強いであろう人物の名を呼ぶ。


「カイ、そっちは自分でなんとかせよ。こちらはそれどころではッ……ない!」

ロベルトさんの言葉に振り返ると、ゴルドーと鍔迫りをしている彼の姿があった。


「全員皇帝陛下を追いなさい!逃がしてはなりません!」

「アリス様はこちらに!すぐ避難しなければ瓦礫の山に埋もれてしまいます!」

アリスの指示を聞き皇帝の下へ走る騎士と、自身の(あるじ)を救わんと退避を推奨する騎士とで別れた。


皇帝の下へ駆けつける騎士は何も僕らの仲間だけではない。

当然ながら皇帝の側付きである近衛騎士もどこからともなく現れていた。


「クソっ!」

僕は足元に転がってきた装飾用の剣を手に取ると勢いよくエルへと振るう。


「なるほど、能力がなければただの雑魚か。その程度の剣が私に届くと思うな」

エルは腰の剣を抜くと僕の剣を弾いた。

戦闘能力の低い僕ではやはりエルを相手に善戦することは難しい。


このままみすみす皇帝を逃がしてもいいのか。

自分の不甲斐なさに嫌気が差していたところに、聞き覚えのある声が届いた。


「カイ!助太刀するぞ!」

そこにいたのは牢屋で僕を逃がしてくれた騎士であった。

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