第二十五話 立つ鳥は跡を濁さない方がいい
───数週間が経過した。
酒場のボードに貼られた依頼用紙とにらめっこしていたオルが、ついに一つの紙を手に取った。
「あったぁーっ!!」
酒場に大きな声が響き渡り一瞬だけ周囲の目を引くが、それも日常の出来事だったかのようにすぐに元に戻っていく。
そんな中、オルはうきうきで一枚の紙を持ってカウンターに立つガタイのいい店主の元へと持っていく。
「おっちゃん!これ受けるから、よろしくな!」
「おう!」
店主は木のグラスを洗いながらオルの突き出した依頼を一瞥すると、心配するようにオルの顔を見た。
「......結構な長旅だが大丈夫か?」
「なんの!余裕だってこんくらい!」
自信満々に胸を叩くオルに、ふっと笑みを溢してグラスを置いた。
「......よし、依頼人に話は通しとくから、また明日同じくらいの時間に来な!」
「あんがとなー、おっちゃーん!」
快諾してくれた店主に対し、笑顔で手を振りながらオルは酒場を出て行った。
「......あいつ、せめて何か頼んでけよ」
しばらくして、オルは宿に戻ってきていた。
片手に握られているのは先ほどの依頼書の写しで、空いている手で部屋の扉をノックする。
ドアを開けて出てきたのは軽装を着たエルザで、オルの顔を見るなりにやりと笑顔を浮かべた。
「はーい......ってオル、やっと依頼見つかったのね」
「おう!......なんでわかったんだ?」
「バカね。顔に書いてあるわよ......キーラ、入れていい?」
「ええ......」
エルザに促され部屋に入ると、ツインベッドの一つにキーラが腰かけていた。
「オルさん。おはようございます......」
「おう、もう昼だけどな」
まだ着替えていないのだろう。
赤を基調として黒のレースの入ったキャミソール姿のキーラはまだ眠いのか、とろんとした目で挨拶をする。
どうやらちゃんと吸血鬼らしく夜型のようで、仲間になったあの日はそこそこ無理していたらしい。
「じゃあ、見せて頂戴」
「これだぜ」
オルが依頼書を広げて見せると二人が顔を近づける。
しばらく見つめ、隅々まで目を通すとエルザが腕を組みながら依頼書から離れた。
「問題は無さそうね。合流は明日?」
「ああ、朝だ。キーラには申し訳ないけど、朝から出発するぞ」
キーラは手をふりふりと振って問題無いと示しながら、依頼書を見てポツリとつぶやくように言った。
「ふーん......もっと適当なものかと思ってましたわ」
「冒険者ギルドに来る依頼はそんなもんね。これは酒場に貼られてたやつで、ギルドのに比べて依頼する側のハードルが低い代わりに、誰でも受けられるの」
拘束時間がある程度決まってたり普通の依頼よりも長かったりするっていう特徴もあるわね。と補足するが、聞こえていないようだった。
「......ふうん?」
それでも頭が回っていないのか、垂れてくる前髪をよけながらキーラは疑問符混じりの声を出す。
「まあ、誰でも受けれる代わりに金払いも上から下まで激しいけどな。今回のは中の上ってところだ」
「......お二人は、どうして冒険者になりませんの?」
一瞬、静寂が訪れる。
顔を見合わせる二人をキーラが不思議そうに見つめ、口を開こうとしたオルをエルザが制した。
「冒険者ってね、自由そうに見えて意外と面倒なのよ。何かあった時に駆り出されるとか、結構ザラなの」
「あら、そうでしたのね。冒険......なんてついているから、てっきり自由奔放な方ばかりかと思っていましたわ」
「ま、確かに奔放っちゃ奔放かもね。喧嘩っ早いというか......ただ、力が序列になってるとか、冒険者同士のいざこざとかあるのよ」
オルとエルザは何度かギルドに訪れたことがあるが、そのうち7割ほどは大小様々なもめ事が起こっていた。
「あら、人間とは中々......自由にはなれないのですね」
「どうしてもあんたらみたいには行かねーんだよな、人間って」
一瞬だけオルは羨むような視線をキーラに向けたが、それは誰にも気づかれなかった。
「......よし!じゃあ今日中に挨拶回り済ませとこうぜ」
「そうね。キーラはどうする?」
「......私、明日の為に寝溜めしておきますわ......。おやすみなさいまし」
そういって、キーラはもぞもぞとベッドに入っていく。
「じゃ、行くか」
「ええ。準備は出来てるわ」
まず訪れたのは修練場だった。
二人とも依頼を探すついでと言いつつ足しげく通っており、騎士たちは他の団長たちへと同じように敬意を持って接するようになっていた。
「オル殿、エルザ殿!」
二人が修練場に入ると、すぐに一人の騎士がこちらに気づいた。
その声で、奥の方で指導していたラシャークも二人の存在に気づく。
「止め!」
その一言で騎士たちは動きを止め、修練場の中央に綺麗に整列する。
二人ともその光景になれたのか、騎士たちの前に移動するとラシャークが声を掛けてきた。
「やあ、二人とも。今日は何の用事だい?」
「ああ、明日ここを発つから挨拶にな」
オルの言葉で、騎士たちの中に一瞬ざわめきが生まれる。
が、一番驚いていたのはラシャークだった。まるで今生の別れかのように目じりを赤くさせている。
「そんな......二人が......!」
「ちょ、ちょっと......!このくらいで泣くんじゃないわよ!」
ポケットから取り出したハンカチでラシャークの涙を拭う。
「それに、また用事があれば寄るわよ。......だから泣かない!わかった?」
まるで母親のようだ、とその場にいるエルザ以外の全員が思ったが、藪蛇をつつくことになるのは目に見えていたので誰も口には出さなかった。
エルザに涙を拭われ、すっかり元の顔持ちになったラシャークは胸の上を叩くように手を添える。
「......ふふ、それなら私はあなたたちを待とう。何十年でも、何百年でも、ね」
「馬鹿ね。そんな掛かんないわよ」
そして、ラシャークの涙に当てられたのか後ろで涙ぐんでいる騎士たちに手を振られながら、二人は修練場を後にした。
「うーん......後はミラと協会くらいか?他は場所がわかんねぇしな......」
「そうね。偶然会えたらラッキーで行きましょう」
結局二人は他の知り合いと出会うことなく、執務室の前にたどり着いた。
もはや顔なじみとなった衛兵に軽く挨拶をして、中にいるミラに入室の許可をもらう。
「お、ちょっと書類減ったか?」
「......ほんの少し、ですけどね。増えて減らしてのいたちごっこです」
困った顔をしているようで、しかしミラの顔はどこか嬉しそうだった。
「それで、お二人とも今日はどんなご用事で?」
「明日ここを発つからさ、一旦お別れを言いにな」
「あら、ずいぶんと律儀ですのね」
「......てっきり驚くと思ってたぜ」
意外なミラの反応に逆にオルが驚かされていた。
ミラはふふん、と鼻を鳴らして顔を上げた。
「だって、元より滞在する気は無いと言っていたじゃないですか。少し遅いくらいだと思っていましたよ?」
「......あんた、この数週間で大人になったわね...」
「ふふ、光栄です♪......それで、急に来たということはあまり時間が無いのでしょう?アンジェは今会えませんがユイナ、キリ、カナタは教会にいると思いますから、会いに行ってあげてください」
もはや何もかも見透かされているようだったが、女帝となった今新しい才能が芽生えたのだろうか。
そう思わずにはいられなかった二人は、これ以上職務の邪魔をしても悪いと軽い挨拶だけして執務室を出た。
「......じゃ、じゃあ教会に行くか」
「そ、そうね」
ぎこちない会話をしながら二人は城を出て、市民街の外れにある教会へと足を運んでいた。
ティアン協会。
そこは建設された当初から宗教色はかなり薄れ、今では孤児院の役割しか残っていなかった。
夕焼けがティアン帝国を照らす中、外では子供たちがユイナと遊んでいた。
「......わっ!やったなぁ~!!......って、オルっちとエルっちじゃん!」
「おう、ちょっといいか」
「うん、二人も呼んでくるね~!」
しばらくして、教会の中からユイナがキリとカナタを連れて出てきた。
「わ......どう、されましたか......?」
「ん、ちょっと挨拶にな」
「あいさつ~......?」
キリにもたれかかりながら訝しげに二人を見る。
そもそもあまりこの教会に顔を見せないので、カナタが怪しむのも当然だろう。
「あいさつって......こんにちはとか?」
「違うわよ。私たち明日ここを発つの。挨拶もせずに出ていくなんて悲しいでしょ?」
「ええっ!?そうなの!?」
ユイナの今日一番のまともな反応に少し安心する。
一方、カナタはあまり興味が無さそうで、キリは少し残念そうな顔をするだけだった。
「お二人とも......行ってしまわれるの......ですね......」
「二人とも、もうちょっと早く言ってくれたら色々準備したのにー!!」
「仕方ねーだろ、今朝決まったんだよ」
それから、三人と少しだけ他愛のない世間話をして宿へと戻っている途中、見覚えのある背中を見つけた。
「......お。あれって」
「あら」
ゆらゆらと揺れる細いツインテール。
その後ろ姿を急いでオルが追いかけ、急いで前に回り込む。
「おう、ユイカ!」
「わぁっ!って、オルさん!......エルザさんも!」
「久しぶりね。この前宿の入り口で出会ったきりかしら」
「ですねぇ!今日はどうしたの?」
もう日が落ちてきているが、まだ元気があり余っているのか二人の周りをぐるぐるまわる。
「おう、俺ら明日でここ発つからさ。挨拶できたらいいなって思ってたんだよ」
「そうなんだ~......。もっと早く行ってくれたらなにか用意してたのに......」
さすが姉妹というべきだろうか。
二人が一緒に居るのは見たことが無いがこういうところは思考が似ている。
「寂しいですけど、仕方ないですもんね!あ、またこの国に寄った時はうちの宿屋をごひいきにお願いしますね」
「ははっ、おう!」
「そうね。不満も特に無かったし、また利用させてもらおうかしら」
「ええ、ええ!ぜひお願いします!あ、私そろそろ晩御飯の時間なので、それではまた!」
こちらから話しかけたはずなのにいつの間にか会話の主導権を握られていて、そのままユイカは嵐のように過ぎ去っていった。
「......俺らもそろそろ戻るか」
「そうね......。キーラもお腹を空かせているでしょうし......」
部屋に戻ると、バッチリ寝溜めを終え目がギンギンになったキーラが部屋の前で待っていた。
そうして夕食をとり、一行は翌朝を迎える───。




