第二十一話 筋肉はつけた方がいい
「シッ!」
「よいしょおっ!」
続けざまに放たれた左フックを刺さる前にオルは納刀して受け止め、両者は手を付けて押し合う形になった。
「うぉぉおおおお!!」
「ぬぅぅうううう!!」
ほぼ互角に見えた力の押し合いは、先の戦いで化け物が負傷していることもあり若干オルが優勢だった。
「(膂力で押されている......。このままでは分が悪いな)」
思考を回す。カラクリの無い純粋な力というのは、単純故に最も対処がしにくい。
故に、エルザとの戦闘よりも大きな危機感を覚えていた。
だが、秘策はあと一度しか使えない。果たしてここで使ってしまっていいものかと、化け物は決めあぐねていた。
「何か考えてっと負けちまう......ぞっ!」
「ぐっ......!」
ついに均衡が崩れた。オルが押し切り、化け物は後ろに大きくのけぞる。
「しゃあっ!がら空きィ!」
腰の片手剣を抜き横に一閃。
───ここで、この世界の武器について説明しておこう。
魔王誕生により、まず発展したのは魔術だった。個人の技量にもよるが、その研究にかかるコストの低さやトライアンドエラーのしやすさを考えると妥当と言えるだろう。
魔術を追いかけるようにして武器の製造技術も進んでいったが、武器一つにかかるコストは魔術の比では無い。技術として広まった魔術と違い、作るにも買うにも金銭が発生する商売の道具として広まってしまった消耗品は、製造技術こそ向上したがそのコストと天秤にかけて製造されるようになった。
できるだけ安価で。
重さより軽さ、斬るより叩くことを優先に。
つまるところ、オルの愛用していた3本セット8000ゴールドの片手剣の最後の1本は、化け物の胴に傷をつけることもかなわずぽっきりと折れてしまった。
折れた刀身はくるくるくると空を舞い地面にボテ、と落ちる。
なんとも情けない相棒の最後の姿に、オルの泣き声とも言える絶叫がこだました。
「う、うわぁぁぁああああ!!」
「......実力に合わん獲物を使うからだ」
「く、クソッ!俺のディスティールをよくも!」
「自業自得......だ!」
「っぶね......重......!」
化け物が両手を組んでオルめがけて振り下ろす。
咄嗟に頭の上で受け止めるが、その威力に両足が地面に沈み込む。
「(これでも潰れんか。だが、ここが切り時だな......)」
オルの両手両足を封じたが、これ以上の決め手に欠けていた化け物は倒しきれないと判断した。
「『ウインド────「おイタはそこまでですわ」むぅっ!?」
オルに向かって魔術の詠唱を開始したその時、頭上に影が落ちる。
キーラが空中で身体を勢いよく回転させ、ひゅんひゅんと空気を切るような音がしたかと思えば、化け物の腕から鮮血が噴出した。
切られた化け物の腕は垂れ下がり、オルが解放される。
「ふぃー......助かったぜ」
「凄いですわね。人間の身でありながらそれほどの筋力を持っているとは......」
「ま、人間にも色々あんだよ。......にしてもそれ、いい剣だな。そんな切れ味、カタナくらいでしか見たこと無いぜ」
「おほほ、オーダーメイドですの」
そう自慢げに言うキーラの両手に握られているのは、真紅の剣と漆黒の剣。
彼女の血液から作られた、太陽よりも紅き赤と闇よりも昏き黒。
二対で一振りのその剣は、オルが今まで見たどの業物よりも美しかった。
「なあキーラ。俺のディスティールこんななっちゃってさ......よかったら一本貸してくれねーか?」
「ディス......?ああ......残念ですけれど、私の剣は二つで一つですの。お貸しすることはできませんわ」
「二つで一つ......?まさか!何か仕掛けがあんのか!?」
「テンションの問題ですわ」
キッパリと言い切られてしまい、オルは肩を落とす。
「さて、ラストスパートと行きましょうか」
「頑張ろうな......ディスティール......」
二人は目の前にいる化け物に向き合う。
キーラに腱を切られた腕はだらりと垂れており、もう再生もできないようだ。
「......ふ」
化け物が笑みをこぼす。
「ん?何笑ってんだ」
「......別に馬鹿にしたわけではない。ただ、ここまでの人間が居たことに驚いたまでだ」
「おー、そりゃ光栄だな」
「......最期まで、足掻かせてもらうぞ」
先に動いたのは化け物だった。
動かせない両腕を鞭のように振り回しオルに向かって叩きつけるが、すんでの所で避けられる。
オルはそのまま腕を駆け登り、折れた片手剣を化け物の左目に突き立てた。
「目は再生させてたよなぁ!」
「たしかに目は再生させた......だがそれは、生きる見込みがあったからだ───『ウインドブラスト』」
「ぐぁ──────!!」
化け物が魔術を唱えると口から咆哮のように暴風が巻き起こる。
オルは大きな岩でもぶつかってきたかのような風圧に吹き飛ばされ、水切りのように地面を跳ねる。
そして追撃しようと化け物が走り出した。
「......?」
だが、それは叶わなかった。、右足がまるで沼にとられたような感覚に襲われる。
視線を下におろすと、右膝から下が無かった。
「ぐぅ......!」
切られたことを知覚すると同時に遅れてくる痛み。
振り返ると、走り出した化け物の数メートル後方にひざから下が直立していた。
直後、視界の端に深紅のドレスが現れる。
「あら、どうかされましたの?」
「......ふ、弄びよって。吸血鬼の王は期間を掛けてじわじわと嬲り殺すのが趣味なのか?」
「違いますわ。貴方を殺すにはこれが最適だっただけのこと。驕りを利用して疲弊させ、確実に仕留める。想定外の助っ人もありましたけれど......」
「......仕留める、か」
「ええ、確実に仕留めます。吸血鬼の不死性に最も効果的なモノ、あなたも知っているでしょう?」
「......太陽か」
すでに空は白けていた。
太陽が出るまであと少し。
キーラと化け物が地平線を眺めていると、後ろから二人分の足音が聞こえてきた。
「おーい......!って、もう終わったのか?」
「ええ......ですわよね?」
「ああ。もう指一本動かせぬ」
化け物の言葉にオルが声を上げる。
「おいおい、最期まで足掻くって言ってたじゃねーかよ」
「......昂っていただけだ。貴様だけならまだしも、ここまで格の違いを見せつけられては諦める方が自然だろう」
「ま、なんでもいいわ。......で、今は太陽待ち?」
「そうですわ」
「......?ふーん、そ」
次第に、地平線と空の境目が消える。
そして。
太陽が。
顔を出した。




