第十九話 急いでるときは急かしすぎない方がいい
時間が無い筈の化け物は、時間が無いからこそ慎重になっていた。
それは、新たに増えた二つの存在。未知数のそれがどれほどの脅威になりうるのか品定めをしていたのだ。
だがそれも限界に達した。恐らくあの二人はただの人間だと断定するしかない。
「無駄話ばかりしおって、来ないのならこちらから行くぞ」
化け物が足に力を溜め、強い力で弾かれたように飛び出した。
数百キロの筋肉の塊がもの凄い速度で跳んでくるが、まともな人間が当たればミンチになって即死だろう。
もちろんこの速度で飛んでくることを想定していなかったオルとエルザはとっさに防御姿勢をとるが、いつまで経っても衝撃は伝わってこない。
「あら、あまり生き急ぐものではありませんわよ?」
───止められていた。
化け物からすれば数度目。渾身のタックルは、キーラの片手で止められていた。
「片手って......マジかよ」
「いよいよ信憑性が増して来たわね......」
「───チィッ!!」
化け物は大きな舌打ちをしながら、回転するように離れる。
だがキーラも追撃はしない。
「荒事の前に──お着替えしませんと」
「お、おいおい。着替えてる間足止めしててくれとか無茶なこと言わねぇよな......!?」
「ふふ、その必要はありません───『神血換装』」
キーラがその場で一回転する。素晴らしく優雅で美麗なペンシルターンが終わるころには、モノトーン調のロングスカートのメイドから黒と赤を基調とした深紅のドレスに変わっていた。
「服が変わった!」
「魔素によるものじゃない......?一体、どんな効果が......」
「ただの気分ですわ!」
「......は?」
この暫定吸血鬼は何を言っているのだろうか。
「だって、これから舞踏会だというのにドレスアップしないのは失礼にあたりますから」
自信満々に言うキーラだったが、そもそも戦いの場において礼儀だのを気にする身分ではない二人にとっては全く意味が分からなかった。
「またその姿か......」
「うふふ、今宵も私と踊ってくださる?」
「ふん、下らん」
言葉とは裏腹に化け物はついにキーラ以外の生物を視界に捉えていた。
かれこれ数度に渡って決着がついていないのならば他の変数をつくほか無い。
再び足に力を溜め、ピンボールのように弾き飛ぶ。
「あら」
「げっ、こっちきた!」
当たれば即死、回避は人間の足ならば不可能な攻撃。
化け物がエルザの居た場所に突っ込むと、地面を抉りながら十数メートル進みゆっくりと停止した。
「......まずは女」
「人間舐めすぎ」
「───なっ」
確実にミンチにしたと思っていた。人間の女程度なら、いくら戦闘経験を積んでいようとこれで殺せるという自信があった。だが、視界の外から殺したはずのあの女の声がする。
種も仕掛けも無いこの圧倒的な質量を一体どうやって躱したというのか。
「上か......!」
「正解♡───『迷雷』-御雷-」
電気を纏った足が落雷のような速度で落ちてくる──いわゆる踵落とし。その不意からの攻撃は化け物の脳天に直撃し、顔の左半分を抉った。
「ぐっ......チィッ......!」
化け物がエルザを捕まえようとするがその手は空を切るだけ。
気付けば、エルザはオルとキーラの元へ戻っていた。
「中々やりますわねエルザ様」
「どこがよ。今の喰らって死なないって相当よアレ」
「結構タフなんだなぁ......」
「言ってる場合か!......ところで不死性はどこ行ったのよ。あの傷、治ってる感じないけど?」
伝承による吸血鬼の不死性とは、肉体の驚異的な再生力と異常なほどに強い肉体と魂の結びつきから来るものだとされている。だが、エルザが抉った化け物の顔の左半分は再生していない。
「ええ、それが純血でない証拠です。ほぼほぼ不死の身ではあるのですが、再生には純然たる吸血鬼よりも多くの血を必要とするので......血が足りない今、完全な再生はしばらくできないでしょう」
「なるほどね......よし、オル。作戦が決まったわ」
「おお!なにやんだ!?」
エルザの言葉にオルが目を輝かせる。
「あいつの手足ぶった切ってミラのとこ持ってく」
「よっしゃ!......どうやってぶった切んだ?」
「......方法は任せるわ」
「え......?」
余りにもアバウトな作戦にオルの口から困惑の声が漏れる。
「ふふ、つくづく面白い方々ですわね。......オル様、切断はできますの?」
「や、どうかなぁ......腕も足も太すぎるし......」
「はぁ......仕方ないわね。じゃあ私がやるから、オルとキーラは隙つくって」
「だよな!?エルザの方がそういうの得意だもんな!?」
「あら、そうでしたの。じゃあ私とオル様がかく乱しましょうか」
三人が悠長に会話している間に、化け物は左眼球の再生を終えた。いまだ顔は抉れたままだが、眼球だけは機能を取り戻した。
「(まずは血だな......)」
化け物は次の作戦を考えていた。雷のような速度で動く人間、そして純血の吸血鬼。男の実力は分からないが、おそらく女と同格だろう。そこで思いついた次の作戦は他の人間を襲うこと。
幸いにも、そう遠くない場所から人間の匂いがする。そこに行っていくらか喰らえば少しは力が戻るだろう。
「(奴らはかく乱だのとのたまっているが......元より我の目的は血だ)」
化け物が翼を羽ばたかせる。
この巨体をもってして飛ぶことはできない代わりに、行うのは跳躍だった。
足に力を溜める。ここまでの挙動はさきほどまで見せた攻撃のそれだ。
「次、来るわよ!」
「しゃあこい!」
化け物が地面に大きな足跡を残してそして、飛び越すようにして跳躍した。
「あ!あいつ!」
「確かに、分が悪いとなればそうするしかないわね......!」
とても人間には届かない距離と高さ。
急いで走り出す二人を置いて、一つの影が飛び出した。




