第十六話 教える側は天才じゃない方がいい
「(別に動きは早くない......)」
現在雷と同等の速度で動けるエルザの目には、十分に避けれる速度の攻撃に見えた。
「(......見たところ魔素の流れも無い。普通に避け────)」
「(足が動かないっ......!?いや、それどころか体も......!!)」
ついぞ手斧が顔面まで迫ってきても、エルザは回避行動がとれずにいた。
まるで全身が固定されてしまったかのように動かない身体。指先どころか、視線すら動かすことができない。
「おっ、ありゃ当たったか?」
大きく立ち上がる土煙を見て、傍から見ていた全員が直撃を確信する。
「どう考えてもやりすぎでしょー......」
「アンジェは手加減が苦手だからね。想像以上のエルザの強さに舞い上がってしまったかな」
いまだ落ち着かない土煙の中に人影が浮かび上がる。
そこから出てきたのはアンジェだった。
「ごめーん......!壊れちゃったぁ......」
謝罪をしながら出てきたアンジェの右手に持っていたはずの手斧は柄の部分だけになっていた。
そんな棒切れを受け取ったラシャークは残念そうな顔で呟いた。
「これは......後で始末書かな」
「そんなぁ......」
「そんなことより、あっちはダイジョブなのー?」
落ち込むアンジェをよそに、カナタがエルザの安否を心配する。
いくら刃引きされているとはいえそれでも手斧の先端は鋼だ。直撃すれば並みの人間ではひとたまりもないだろう。
「大丈夫な訳ないでしょ......!なんてもんぶっこんでくれちゃってんのよ!」
カナタの声が聞こえていたのか、土煙の中からエルザが現れる。
大丈夫な訳ない、といいつつもその身体には傷一つ付いておらず周囲の兵士たちがざわついた。
「えーっ!?すごい!これを初めてで見破ったのはエルザが初めてかも!」
身体に付いた土を払うエルザにアンジェが駆け寄り、身体の隅々まで見て傷が一切ついてないのを改めて確認する。
「ホントに傷ついてない......!!ねねね、どうやったの!?」
「こっちのセリフよ......!模擬戦だってのにわけわかんない初見殺しとか何考えてんのよ」
「すまなかったね。......しかし驚いたよ。そこまでの実力があればティアン騎士団でも十分活躍できると思うのだけれど......どうかな?」
「私はパス。これでも一応目的持って旅してんだから」
ラシャークの誘いはあっけなく断られてしまうが別段残念がる様子も見せず、まるで最初から断られることが分かっているかのようだった。
「それで、ここまで体張ったんだからあんたらは認めてくれたんでしょーね?」
互いに手加減しているとはいえ騎士団長と同レベルの強さを見せつけられたのだ。
尊敬というよりあまりの恐ろしさに騎士たちはただ首を縦に振ることしかできなかった。
「なんか......やりすぎたんじゃね?」
「なっ......!仕方ないでしょ!あっちが先にやってきたんだもの」
「エルザの言う通りだよ、オル。元はといえばアンジェが加減を誤ったのが原因なのだから。......カナタか私が相手をしてもらえばよかったかな?」
「私はパスー。あんなの見せられてやる気起きないでしょー」
「確かにカナタならもうちょっと手加減とかできたかも......ってカナタ!?」
「あっやべ」
アンジェに見つかったサボリ魔はラシャークの影に隠れる。何気ない顔で輪の中に参加していたが、そういえば彼女は仕事を抜けだしてここに来ているのだった。
「まーたユイナを一人で働かせて!早く戻りなさい!」
「はーい。じゃ、お二人ともまたどこかで~」
まるで母親かのような叱り方だが、それでもカナタは大人しく聞き分けて部屋を出て行った。
オルとエルザにはどう見ても新たなサボリ場所を探しにいったようにしか見えなかったが、ここで詰めないところが彼女たちの信頼の証でもあるのだった。
「そういやあんたら、あと一人の隊長さんは何してんだ?えーと......」
「キリ・エウドーラね。そういえば私も気になってたわ」
それもそのはず、ここに来て誰の口からもキリ・エウドーラの名前は上がっていなかったのだから、二人が気になるのは必然だった。
「ああ、彼女は孤児院の院長をしているんだ」
「隊長サマが?」
「ああ、ティアン騎士団は帝国の剣であり盾だからね。それに、孤児たちを救いたいというのは彼女たっての希望なのさ」
「なるほどね。まあ、前も唯一戦う意思を見せなかったし何となく想像がつくわ」
「キリは戦うのがあんまり好きじゃないけど、戦っても強いんだよ!!キリが本気出したらうちでも勝てないくらい!」
「マジかよ......あの時戦わなくて本当に良かったぜ......」
「ふふ、キリが戦うのは......誰かを失いそうな時だけだから、中々お目にかからせたくはないかな。────と、晴れて指南役になってくれてありがとう。これからはいつでも、好きな時に来てくれ」
そうして、オルとエルザはティアン騎士団の指南役になった。
とりあえず今日はここで解散ということで、稽古場を離れたオルとエルザの二人は城門までラシャークに送ってもらい、その足で夕食に向かっていた。
「にしてもあの人、俺らが吸血鬼にやられる心配なんて一ミリもしなかったよな」
「そうね。元々存在を信じていないのか......ま、吸血鬼なんて訳の分からない存在、実力の知りようも無いしね」
「それもそーだな。お、あの店なんてどうだ?」
「あらいいじゃない。美味しそうだし、今日はあそこにしましょ!」




