1−3 侵入
「少々、不真面目が過ぎます」
依頼の悪魔に乗っ取られたという工場に向かう道中、エリスが不意に口を開いた。
彼女は外ではメイド姿ではなく、私服に着替えている。
不真面目と聞き、イーザは真っ先にサーキュリス姉妹を想像した。
「アイツらの事か?」
「彼女らもですが、貴方もですマスターイーザ。昼間から色事に耽るなと以前から提案申し上げていますよね?」
年季の入ったマニュアル車のシフトレバーが、ガチャリと切り替わった。
「うーん…でも精抜けは酷じゃないか? 俺だって昼飯抜いたら辛いし。エリスにだって分かるだろ」
「そ…それは…そうです。サキュバスである私も、半日供給が無ければ厳しいですが…頻度の問題だと言っているんです。彼女らのように、日に三度も四度もする必要があるのでしょうか? それにあの様子では補充というより…こ、恋人とかのそれでは!?」
確かにサキュバスら精気を供給するだけなら、サッと放って終わらせれば良いだけだ。
恋人の様に、或いは伴侶の様に振る舞う必要も無ければ、甘い言葉を囁く必要もない。
前戯さえも不要だろう。
だがイーザはいずれも、欠かす事はない。
エリスは元よりリリスやリリム、他のサキュバスらにも平等に愛の言葉を囁き、補充をする。
「でもなー、ただ補充するだけじゃーあんまりに味気無いっつーか、相手に対して失礼というか…うーん、伝わってくれ! 何だか申し訳なくなっちまうんだよ。お前らにはしっかり満足して欲しいしさ」
交差点に差し掛かり、車がゆっくりと停止する。
待ちぼうけの歩行者が、解放された様に我先にと歩を進めていた。
「……知っていますよ」
誰に言う訳でなく、エリスは呟く。
「えっ? なに?」
「何でもありません。それより今回の依頼…報酬をマトモに得られる可能性が極めて低く、依頼人にも不審な点が見られますが、本当に宜しかったのですか?」
急かした手前ですが、とエリスは付け加える。
信号が変わり、車がすぐさま発進した。
「ああ、別に報酬は問題じゃねえよ。はぐれサキュバスさんとやらを、出来れば魔界に強制送還してやりたいだけさ」
「もしサキュバスだったとして、処遇は?」
「取り敢えずウチで一時預かりだな。色々と教育して人間と上手く共生して貰わねーと」
「…また、増えるんですね」
エリスの表情が微かに陰る。
だが、元々感情の起伏に乏しい彼女の変化に気付ける者はそう居ないだろう。
イーザとて例外ではない。
「まー安心しなって俺の能力は知ってんだろ? サキュバスの一匹や二匹なんざ大したこたぁないって」
自分の身体を気遣ったと思しきエリスに、事実を返し元気付けたつもりのイーザが、果たして彼女の本心を読み取れる日は来るのだろうか。
ため息を堪えたエリスは、窓の外に目をやった。
有名なデートスポットが近くにあるせいだろう。
手を繋ぐ仲睦まじい様子のカップルが、何組も見えた。
彼女は目を伏せた。
車はそのまま街を外れ、郊外へと進んで行った。
そこから一時間は走ったろうか。
建物も疎らな、いわゆる林道を抜けて行った先に、目的地はあった。
木陰に隠れる様にひっそりと建つ工場。
「あれだな」
イーザはすぐ手前の敷地に車を止めた。
入口には大量の監視カメラと有刺鉄線付きフェンス。
【私有地につき関係者以外立入禁止】の威圧的文字が掲げられた看板がある。
「おいおい、健康食品ってのはこんなコソコソ作んなきゃーいかんのかね」
「企業秘密が山ほどあるのでしょう」
「ま、ギャンディット氏からは工場ん中の物をいじったり持ち帰ったりすんなと言われてるし…余計なモンは見ないに限る」
工場はつい最近建ったのか、外観は極めて清潔であると言わざるを得ない。
ただ、どこもシャッター張りで、窓は一切なく、唯一屋上に換気装置らしいものが見えた。
虫や野鳥対策の意味合いもあるだろうが、それ以上に強い秘密主義を感じる建物だ。
「入口は…あれだな。カギはバッチリ貰ってる…お邪魔しますよ~」
先頭をイーザが進み、エリスは二歩分程の間をとって追従している。
灯りは全て落ちている。
通路に塗られたペンキを目印に、どんどんと奥へ進む。
ブレーカーを復旧し、二重扉を開けて、製品ラインの存在する部署へと足を踏み入れた時だった。
「マスターイーザ、近くに居ます」
と、エリスが声を潜めて言った。
「らしいな」
イーザもまた、存在そのものは認識出来ていないが、空気が変わったのは感じている。
吸い込む空気が若干、ぬるくなった様だった。
「まだこちらの様子を窺っているようですが…先手を打ちますか?」
「いや声掛けからだ。守りは任せたぞエリス」
「了解しました」
「んじゃ…こんにちわだ悪魔さん! ここに居るのは分かっている。まずは姿を見せてくれねーか? 俺達は対話を望んでる」
反響する声。
全くの無反応、そう思われた時だった。
部屋の奥深く…漆黒の闇が未だ留まる空間に、灯りが点った。
それはオレンジの、蝋燭に灯る程度の炎だった。
「対話…へぇ、人間と、私が?」
女の声だった。
段々と炎は大きくなり、その女悪魔の姿を照らした。
女は紅い髪の、紅い目をしていた。
奇しくもエリス・ブラッドの蒼目青髪と対を成す、燃え盛る火焔。
「そうだ。なに、悪い様にはしない。まずは話を…」
「アハハッ! 面白いけど…却下ァ!!」
「マスターイーザ! 退がって!!」
一転、バスケットボール大に成長した火球が、イーザ目掛けて放たれた。




