1−1 サキュバスキラー
「くそっ、多分この辺りの筈だが……」
と、広告に描かれた落書きの様な地図を、穴があくほどに凝視した中年の男はぼやいた。
【亡霊・悪魔・ゾンビにモンスター、特にサキュバスや女悪魔といった怪異に遭ったら相談を。夢色魔殺しイーザラントの屋敷だョ】
ポップな字体に疑わしさしかないが信じたい。
というか彼は縋り付きたいのだ。
超常の現象に遭遇してしまったのだから。
それに警察に頼れないからこその、最期の砦だった。
有能な情報屋とやらが持ってきた、ふざけたチラシではあるが、だ。
「クソが! ヤツめ、ダメだったらサメの餌になって貰うからな!」
禿げ始めた頭を掻きむしりたい衝動に耐え、角を曲がる。
ここだ。
とある国、とある街、とある三号地、ここで間違いない筈だった。
(…まさか、あれじゃないだろうな?)
だが、そこにあったのは閉ざされた茶錆鉄の門扉と、その奥の城塞じみた廃屋だった。
中世を思わせる城の様な造りの廃屋は、外壁が剥がれ、ツタが絡まり放題。
屋根は抜け落ち…痛んでない所の方が少ないくらいだ。
彼は、鉄門に手を乗せ、軽く押す。
すると、音もなく滑らかにそれは開いた。
門扉は敢えて口を開き、獲物を招き入れている風にも思える。
(住所はここだ。間違いない。えぇい! ビビってどうする!)
意を決し、彼は庭へと踏み込んだ。
途端に、ゴウッ、と全身を激しい暴雨が殴りつけた。
ずぶ濡れになった彼は、反射的に後退する。
すると今度は青空の下に立っていた。風さえない。
(な、なんだ?)
恐る恐る…再び庭に入れば、雷が轟く暴風圏内だ。
信じられないことだが、屋敷の周りにだけ分厚い雲がかかり、豪雨をもたらしているのだった。
だがしかしだ。
ようやく中年男は信じる事が出来た。
人智を超えた悪魔やらを相手にするのに、屋敷の持ち主らもまた、異界の術を使うのだと。
「はは、なるほど、面白いじゃないか!!」
彼は飛び込む。
雨を掻い潜り、玄関口にまで一気だ。
水たまりを飛び石伝いに回避し、辿り着く頃には息があがっていた。
玄関にチャイムは無かった。
ならば仕方が無い。
息を整え、
「おおい、開けてくれー!!」
と、彼はドアを激しくノックした。
返事は無い。
それでもノックを繰り返した。
そして、何度目かの挑戦の末、閉ざされたドアが開いた。
玄関口には、青い髪の少女が立っていた。
彼女は機械的に頭をペコリと下げ、無表情のまま「いらっしゃいませ」と感情の欠片もない声で告げた。
「ご依頼の方でしょうか?」
髪も青ければ、瞳も海の様に青い。
その落ち着きに満ちた視線を受け、中年男はしばし呆けていた。
「お客様?」
「いや、すまない。そうだ、依頼だ」
無理もない。
これ程顔付きの整った人間など、そうそう居ない。
表情が変わらないのがまた、美しい人形のような様な印象を与えているのだ。
給仕服を身に着ける彼女はメイドなのだろう。
差し出されたタオルを受け取り、身体を拭く間も、彼女は眉一つ動かさずにいた。
「急ぎの依頼だ! 夢色魔殺しは…イーザラント先生はどちらに?」
イーザラント。
その名前が出た時、少女の蒼目が一瞬だが泳いだ様に見えた。
「ああ。マス……イーザラント先生でしたら、二階にて休まれていますよ。少々お待ち頂ければ−−」
「あそこだな!」
指さされた部屋を目掛け、中年は駆け出した。
「あっ、お客さ−−」
屋敷の中は一本の奥行きある廊下が伸び、左右にそれぞれ部屋があった。
一方で玄関ホールには二階に通じる剥き出しの階段があり、その先にすぐドアが見える。
少女が指さしたのはそこだ。
中年男は勢いよく階段を上がり、部屋の扉を開放した。
「先生! おやすみの所失礼しま−−えっ…?」
だが、扉の向こうは酷い有様だった。
一言で表すなら酒池肉林。
くんずほぐれつ。
裸体の美女らの中心に、これまた裸体の青年が一人。
情事の最中。致しているのは明らかだった。
熱気が、湿度が、呆然とする中年男を襲う。
しかも…のしかかり、腰を上下させる女越しに、青年と目があった。
「あっ……え、あ、ど、どうも〜…」
「の、NOOOOOOOOOOOォォォォー!!!?」
「…だから少々待てと」
いつの間にか背後に居た青髪の少女は、呆れ果てたかの様に呟いた。




