境界が緩む夜へ
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苦手な方はご注意くださいませ。
お盆の気配が、まだ街に残っている夜だった。
窓の外は静かで、昨日のような薄い迷いはもう感じない。それでも、空気のどこかが少しだけ改まっている気がする。ソファで並んでいると、ふと気になってしまった。
「ねえ、森にもお盆みたいなの、あるの?」
まりもは横目でこちらを見た。淡い緑の長い髪が肩に流れ、濃い緑の葉模様が部屋の明かりを受けて静かに揺れている。
「お盆、という区切りは人間が決めたものだ」
「そうなんだ」
「だが、森にも近いものはある」
少し間を置いて、まりもは視線を前に戻した。
「死者や、力の薄い精霊が動きやすくなる時期だ。境界が緩む。迷うものも増える。人間のお盆と、ほとんど重なる」
「やっぱり、似てるんだ」
「似ているだけだ。意味も、やり方も違う。森では、送りも迎えも、もっと静かだ。火を焚くことも、供えることも、必要ない。ただ、通すものと、通さないものを見極める」
まりもの声は低いままだったが、どこか遠い場所を見ているような響きがあった。守り神としての仕事が、そこにあるのだろう。
「それと、明日は一日、ここへは戻れない」
「え」
「森の方の用事がある。放っておくと、境界が乱れるからな」
少し沈黙がある。まりもは、明らかに迷いのない声で言っているのに、どこか心もとなさを残していた。一人にするのが、完全には気に入らないらしい。
まりもは静かに手を差し出した。掌の上に、淡い緑の光が集まり、小さなペンダントの形になる。葉を模したような、透き通った飾りだった。
「これを持っていろ」
「え……」
「何かあれば、祈れ。ぼくに届く」
「……ありがとう」
「礼はいい。なくすなよ」
そう言って、まりもはペンダントを私の手に置いた。温かい。彼女の気配が薄く残っている。
「気をつけてね」
「当たり前だ」
そう言いながらも、まりもは少しだけ私の方を見た。いつもの毅然とした目なのに、今夜はわずかに柔らかい。
翌朝。
私が目を覚ますと、まりもの姿はもうなかった。窓が少し開いていて、朝の風が入ってくる。枕元には、昨夜もらったペンダントが置いてあった。透き通った葉の形が、部屋の明かりを受けて静かに光っている。
「……行っちゃったんだ」
一日、ここには戻らない。
森のお盆を、まりもは一人で静かに務めるのだろう。
当然、夜になっても、まりもは帰ってこなかった。
部屋は静かで、いつもの気配だけが薄く残っている。胸元のペンダントを指で確かめると、わずかに温かかった。
「……待ってるよ、まりも」
返事はない。
代わりに、ペンダントの縁が、部屋の明かりを受けてわずかに光っていた。




