1x02 Part 4 / 4
「…最短でも20年ほど帰れませんよ、町山昌也さん」
酒井が待合エリアにやってくる。高嶺と長妻も横にいる。
「あなたは、実の娘をレイプしていましたね、それも定期的に」怒りの表情を隠すことなく酒井が言い放つ。
「はあ???何の証拠が」と町山が言い終わらないうちに酒井が
「証拠はある!私たちをなめるな!!!」
いつもニコニコしている小柄な酒井が信じられないような大声を上げる。
ガキだと言っていた医師の一喝に驚く町山。
「っざけんなよぶっ殺すぞ」
「笑わせる!やれもしないことを!やってみろよ!!」酒井が強い口調で言い返す。
「さてと…20年ブチ込まれるくらいじゃ足りないかしらね…」冷たく長妻が言い放つ。
「30年くらいかしらね…ホントはもっと長くてもいいけど」高嶺も怒りを隠さない。
いつの間にか横田と築城が来ている。「書類」が取れたようだ。
「酒井先生、ありがと ここから先は…」築城が酒井の肩に手を乗せる。
「私たちのターンよ…」横田が酒井をガードするかのように酒井の前に出る。
「町山昌也、あなたに公文書偽造の疑いで東京地裁より逮捕状が出ています」と無表情で築城が逮捕状を見せる。
「保険証の偽造は罪になるというのは…知らなかったとは言わせませんが?」若干ゲスっぽい笑顔を見せて横田が話す。
「それにねえお父さん、なんですかねえ、娘に対して…人のすることですか…?…あ?」
最後の「あ」に横田の殺意が宿る。
突然横田を突き飛ばして逃げようとする町山。
「あっっ!」小柄な横田が椅子に背中を打ち付ける。
町山は折り畳みナイフを出して威圧しながら逃げる。
待合エリアには人が少なかったが、騒然としてくる。
制服組が出てくる。見かけによらず足の速い岩国が追いつこうとするが、ナイフで威圧されたのを避けて岩国は転倒する。
「がはっ!!」
「胡桃!こいつ!」三沢は躊躇なく腰のホルスターから拳銃を抜く。
三沢はグロック19を構える。初弾はチェンバーに入っている。グロックには厳密な意味での手動セイフティが無い。トリガーを触るとセイフティが解除され、いつでも発砲可能となる。
「止まれ!撃つぞ!」
「バックアップ入る!凛ちゃん、左側からの射線に注意!」
築城がヒップホルスターからグロック26を抜いている。三沢に明確に射線の警告をしているので、築城も撃つつもりだ。
三沢はありがたいと思う反面、ほんの1秒の間に考えを巡らせる。
跳弾が危険だから出口を出たところで足を撃つ…
でも当てられるの?マジで…
いや、必ず当てる!
岩国をひどい目に合わせやがってあの男!
…男…?あの大男は…このERの受付の人…塩谷さん!ちょっと邪魔よ!
「伏せろ!撃つ!」三沢はトリガーに指を掛ける。
「どけデブが!刺し殺すぞ!!」
ちょっと塩谷さん…ホントお願い避けて、なんでそこで片腕上げて立ってるの…
…って…え??
「むん!」
刹那、町山の上半身がありえないくらい後ろにねじ曲がり吹っ飛ばされていく。
3メートル以上は余裕で飛ばされ、廊下のマットにぼろ布のように崩れ落ちる町山。
矯 正 扼 殺
塩谷伊右衛門こと悪役アマチュアレスラー「銅鑼伊右衛門」の得意技であり必殺技。
アマチュアにもかかわらず、数多くのプロレスラーをマットに沈めた質量兵器。
真偽はともかく、秋田の山中で襲ってきたヒグマを一撃で仕留めた技…だそうだ。
しかし…
「いやあーなんかこけちゃったね派手に…」
悪役レスラーならではのゲスな笑顔で町山を見下ろす塩谷。
ホルスターに拳銃を戻し駆けつけてくる三沢。
「あー三沢さん、これはですね…」あらぬ方向を見ながら鳴らない口笛を吹いている塩谷。
「……逃走を図って廊下で転倒して気絶…ですよね?」三沢がしれっと言う。
「……そうですね!そう!」と言いながら、塩谷は町山の足を持つ。
塩谷は雑に足を持って町山を引きずっていき、築城に引き渡す。
「ほい刑事さん、お届け物です、サインは結構」
「…町山昌也、公務執行妨害の現行犯で逮捕する 17時55分」手錠を後ろ手にして掛ける築城。
「…で、20日くらいしたらこの逮捕状使って公文書偽造罪と詐欺罪で再逮捕、そして20日経ったら口にするのも憚られる罪で再逮捕」横田が吐き捨てる。
「ゆっくり刑事課で締め上げるから、そのつもりで…」築城は刑事課である。
「一応手加減したので死んでないとは思うけど…診てもらえるかな理乃ちゃん」恐る恐る聞く塩谷。
「診るまでもないですね、ただの気絶です…がまあ、一応診ます…」
酒井は足で町山の顔をこちらに向け「はい問題なし」と適当に町山を診察した後に、今度は廊下で吹っ飛ばされた岩国を丁寧に診る。
「大丈夫?岩国さん?痛いところとか、血が出ているところとか、ない?鎮痛剤、必要ない?吐き気がするとか、ある?」
「…む…んおー、はっ、はい、大丈夫です、警察学校で鍛えた甲斐がありました…あざます酒井先生」
「んもー、これ死んでたらどうするつもりだったの塩谷さん」高嶺が言うが、本気で心配はしていない。
「だとしても正当防衛…かなあこれは…」三沢が肩をすくめる。
「でもまあ…」腕と肩をバキバキ鳴らしながら塩谷が続ける。
「相手を殺さずにダウンさせるのも僕たちレスラーの重要なスキルなのでね」普段温厚な大男の塩谷が、一瞬だけ見せる悪役レスラーの凄み。
…
床にあぐらをかいて座らされて後ろ手に手錠がかけられ、さらに椅子のフレームに手錠をかけられた町山。
それを先ほど輪になっていた「怒れる8人の女」が見下ろす。
「ちょっと、起こそうか?」思い出したかのように長妻が言う。
ドスッ!長妻の左足が町山のだらしない腹にめりこむ。
「あー起きないわね…じゃあみんなお疲れ様」と長妻は吐き捨てながら女性用ロッカールームに歩いて行く。
「仆街」
と一言だけチェンが言って去っていく。
言うまでもなくロクな意味ではない。
「ブタ野郎!」と築城が吐き捨てるように言うが、それを諌めるように横田が答える。
「詩織ちゃん…公務員がそんな事言っちゃダメ…それは豚ちゃんに失礼だよぉ……」
そして横田は吐き捨てるようにつぶやく。
「死ねペド野郎」
(うわあ…詩織ちゃんもなおちゃんもエグっ)と思いつつ「じゃあ都の児童相談センターに書類一式持って行きますね」と三沢が話す。
「あいててて…やっと動けるようになってきたわ、このやろう!」と町山を見下ろし拳銃を抜く真似をする岩国。
「でも部長、本当に撃つつもりだったんですか?」
「当然、こんなクッソ重いものぶら下げているのには意味があるのよ、それにくる…岩国が酷い目に…」
「えっ??今、胡桃って言おうとしました?言いましたよね?キャー!やっとバディと認めてくれるんですね!じゃあ私も凛ちゃんって呼びますよ?」
「…うるさいな…言ってないよ…あんた巡査のくせに巡査部長に向かって…さあ、もう一仕事!回収班に引き継いだらパトで都庁行くわよ!」
「があーおなかすいたあー」
「うるさいわね…仕事終わったら…吉牛行きましょう 都庁の地下にあるはずよ」
「…吉牛!やった!ぶちょー私特盛にします!ポテサラもつけたいっす!」
「…私並盛でいいや…あ、いや、やっぱ大盛で…」
どうやら三沢の食欲は戻ってきたようだ。
翡翠橋警察署からハイエースの警察車両が到着し、6人ほどの屈強な男女の刑事がやってくる。
そして拘束されている町山を引き立て、ルナや防犯カメラの死角になるところではかなり乱暴に町山をワンボックスカーに押し込める。
腰の入ったかなりいい蹴りで町山を押し込める女性刑事もいた。
酒井はさすがに疲れた表情でER出口から廊下に戻り、受付のテーブルで一息つく。
「お疲れ様です、理乃ちゃん先生」仕事上がりの本宮が話しかける。
「ああ、梨沙ちゃん…今日は大変だったね」
「ええ…まあ…でも、一つ再認識したことがありますよ私」
「?」
「男が信用できない、ってことですよ」急に女の顔をして本宮がつぶやく。
(梨沙ちゃん、なんだどうしたんだ…)と少しだけ酒井は驚く。
「でわでわーお疲れ様でしたー」とパッと明るい顔に戻り、外に向かう本宮。
(…なんで今日は三つ編みにしてたんだろ梨沙ちゃん…デートかな…いいなあ…女子してるなあ…私も女子のはずなのになあ…)
少しだけうらやま…と感じている自分に苦笑する酒井。
依然としてシャドウモードが続く外傷4号では、ソーシャルワーカーが小春と話している。
「あっ、酒井先生、もう小春さんにはこの後の話について説明しました」ソーシャルワーカーの鳴瀬が話す。
既婚者で、ソーシャルワーカーとして聖路都に勤務しつつもこどもを4人も育てているスーパーマミーだ。
「ありがとうございます鳴瀬さん」
「…あなたは大丈夫?酒井先生?もし…つらかったら…セラピストの須藤さん呼ぼうか?」
「…いえ、大丈夫です…もう、大丈夫」気丈に笑顔を作る酒井。
「では私は…それじゃあ」鳴瀬が退室しようとするが、思いとどまって小春のところに戻り小春を抱きしめる。
「あなたは一人じゃない、それは忘れないでね」
「……はい」
「この後はね小春ちゃん、鳴瀬さんに聞いたと思うけど、簡単に言うと…まずもうあの家には帰らせません」
「……うん」
「そしてもう、あなたはあの男にも、母親にも、二度と会うことはありません」
「……うん…ほっとした」
「彼らはしかるべき法の裁きを受けます 母親は10年程度、男は30年以上刑務所にいるかもしれませんが、それはもうあなたには無関係です」
「…うん…よかった」
「ちょっとだけ難しい話をすると…あなたはこの聖路都国際病院で1週間ほど入院します その間のあなたの保護者代理として、この病院の院長兼理事長の勅使河原花子先生があなたの安全を保障します」
「…その人は強いの?」
「聞いて驚くなよー、大昔は女子プロレスラーで世界を制覇したそうよ!」
「…ふふっ、それは強い」初めて小春が笑う。
「退院後は適切な場所、つまり児童養護施設が責任をもってあなたが成人になるまで面倒を見ます 勉強もできます」
「…実は…」
「なあに?」
「…あまり字が読めないの…アルファベットは読めるけど…まずそこから教えてもらえるのかな?」
識字率99%以上の日本で?酒井は猛烈な怒りを覚えた。
「大丈夫、大切なのはこれからよ」
「…」
「私は世界保健連盟…HALOというところからこの病院に勉強しに来ているの」
「…だからみんなと服が違うんだ?」
「おぉ、よく見てるねえ この病院に来てるうちのボスね、彼女も児童養護施設に18歳までいたの…でもかえってそちらのほうがよかったんじゃないかって」
「…そうなの?」
「彼女には家族がいなくて…だから彼女はこう言ったの『私の家族の肖像はその施設にあったんだ』ってね」
「…うん」
「その肖像が今は無い、でもそれは重要じゃない いい小春ちゃん?これから、その家族の肖像はあなた自身で見つけるのよ」
「………うん」
「私もね、おとうさんとおかあさんがいないの」
「…えっそうなんだ」
「私が21のとき…今から5年くらい前にね…経営していた病院が倒産して、その直後に二人とも病気で死んでしまったの だからわたしもずっと家族の肖像を探しているんだよ」
「…うん…ねえ先生?」
「うん?」
「…どうしてこうなっちゃったのかな」
酒井は何も言えなかった。
ただ小春を抱きしめて、これしか言えなかった。
「ごめんね がんばろうね」
…
…
今日は途方もなくハードな一日だった。
そして、小春がこの後の人生を切り拓いていくことを祈るしかなかった。
現行の法律では、父親は最低でも30年は刑務所にいるだろう。
保険証の偽造の件で母親も逮捕されたが、詐欺罪で起訴されたら実刑は免れない。
彼女の家族の肖像は無くなってしまった。
だからそれは小春自身がこれから見つけるしかない。
私にはまだ家族の肖像は感じられる。
そう思いつつ、着替えた後なんとなく歩いて帰っている。
シニヨンは解かれ、綺麗で艶のある黒髪がぼさぼさになっている。
もう夜だ。今日は食事も朝にあんぱんしか食べていないが、何か食事を作る気にはとてもなれない。
「岩国さん牛丼食べるって言ってたな…いいなあー私も食べて帰ろっかなあ…駐車場のあるお店は…」
ハッと気が付いた。
「クルマ…病院に置いて来ちゃった……サンバーくん…」
TUNE INTO THE NEXT
SAME SERVANT NEST
SAME ST. ROAT EMERGENCY ROOM




