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1x02 Part 3 / 4

救急車のドアが開くと、ストレッチャーに乗せられたこどもがいる。


小春だった。


今度は父親だけがついて来ている。


「12歳女性、2階のベランダから誤って転落、右足首骨折の疑い、着地時にトタン板で左大腿部に裂傷、出血は軽微、ヴァイタル120の90、心拍100、グラスゴースケール14」

てきぱきと若い男性の救急隊員、中嶋(なかじま)が告げる。

「…この子はさっき来たばかりだから知ってる」酒井が絞り出すように答える。

「トタン板は亜鉛メッキ製のもので古いです」と中嶋のバディの片山が答える。こちらはとても小柄な女性救急隊員だ。

このコンビを南は「F1ネオジャパネスク」と言っているが、酒井はなんのことかよくわからない。

「よし、じゃあ外傷4号に入れましょう!」高嶺が答える。

「あとはよろしくです!高嶺先生!」二本指で片山が敬礼する。


「…こいつです」と酒井がそっと築城に耳打ちする。

「っ…了解です酒井先生、じゃあ「書類」を取ってきます!」

「なるべく丁重に「おもてなし」しててくださいね」横田の笑顔の裏には怒りが見える。


高嶺が制服組に重要なことを話す。

「この手の奴は制服を見たら逃げるから、なるべく目立たない場所で監視をお願いするね」


「なるほど…了解です高嶺先生」

「この制服は嫌われるのね…私たち仕事してるだけなのに…」

「ランチはお預けね…行こう岩国」

「…はっ!あんぱん食べながら柱の陰で監視は…?」

「昭和かよ」


勤務を終えて帰ろうとしていたチェンだが、おかしな雰囲気を感じて外傷4号の前までくる。

(<くっ…この戇鳩(オンガウ)か…>)朝罵倒された男の顔を見てイラっとする。内心思っている広東語は、ロクな意味ではない。


外傷4号にストレッチャーが入る。

「3の合図で移すわよ、いち、に、さん!」高嶺が合図して小春を処置台に乗せる。

「血算、生化学…」と酒井が言いかけたところで絶句した。


なぜこの子は死にそうな顔をしているの…


小春の顔は青ざめ、痛いはずなのにそれを表情に出していない。


「いやーこいつこんどはベランダから落ちちゃってさあーまったくダサい…」と男が言いかけたところで

「治療の邪魔ですから外に出てください!」と大きな声を出す酒井。


「なん…だと?ガイジンの次はガキかよ!ふざけやがって!おい小春!」

と叫ぶ。


小春の目がカッと見開かれる。


【ツピ!警告 心室細動】


「なんと…ルナ、シヴァーム展開、除細動器(パドル)をシヴァームに乗せてこちらに」酒井の顔色が変わる。

【ツピ!シヴァーム展開 DCパドルを使用 展開まで10秒 展開までに任意の出力に設定可能】


処置室の天井にあるレールから、超軽量ロボットアームの「シヴァーム」が展開される。

アームの先端に各種検査ユニットを交換式で使用することが可能だが、今回はDCパドルセットを展開する。

まだ試験導入の段階なので、外傷4号にしか設置されていない。


「12歳のこどもが心室細動…なんで…」酒井がつぶやく

「推測はあとで理乃ちゃん、服は最低限だけ切ってやろう」長妻が言う。通常は服を切ってジェルを塗布するが、そこに「男性」がいる以上は不必要な肌の露出は避けたいと長妻は考えた。


挿絵(By みてみん)


「パドルは私が」

「酒井先生了解、任せるわよ」そう言っている高嶺だが、酒井は見ずに裂傷を見ている。深くはなさそうだが傷口が汚れている。

長妻は小春のシャツをほんの少しだけカットし、導電性ジェルをその隙間から塗布する。

「このくらい切ればいい?」

「十分です長妻さん!」


「ルナ、100にチャージ」酒井がパドルを取り出す。

【100ジュール確認 既にチャージ完了】


ポータブルのDCパドルはチャージに若干時間がかかるが、シヴァーム経由だとチャージは一瞬で完了する。

メインディスプレイに100J READYと白抜き赤文字で表示される。

心拍はゼロを表示している。同時に表示されているVF波形が細かく震えている。


「100!下がって!」酒井がボタンを押す。手技中の高嶺がスッと手を下げて指を上に向けて引く。


バン!


パドルから電流が走りショックが小春の心室に伝わる。

即座にルナが反応する。


【心拍正常に復帰 心拍数105】


「よし… 洞調律どうちょうりつ…」


「私も入ろうか?」チェンが外傷4号に入ってくる。


「いえ、チェン先生!チェン先生は付添人を待合室に!<絶対にそいつを帰さないで!>」


外傷4号の外にいたチェンに大声で伝える。文末だけ英語を使う。

「…?…!了解!さあ、御父様はこちらで…今のはバーサーカー症候群というもので心配はありません…これは19世紀末に英国領香港で…」

とチェンが架空の病気の名前をそれらしく口にしながら「案内」する。


「ルナ、シヴァーム展開、患者の右足首をレントゲンで撮ります ユニット展開後即時起動」

【ツピ! シヴァーム展開 X線撮影ユニットを使用 15秒で撮影可能です】


シヴァームが天井にあるユニット格納庫にアームを伸ばす。

ガチャンとユニットを入れ替える。

そしてシヴァームの先端が小春の右足首近くまで音もなく展開される。

撮影エリアを酒井が手動で微調整する。

撮影可能エリアはレーザーで可視化されているので、レーザーのグリッドが右足首をカバーするように酒井が目視して調整する。

カメラユニットの周辺には、放射線を防護する鉛製の薄いロールカーテンが自動展開される。


「X線撮影のため、妊娠、またはその可能性のある方は申し出てください」酒井が室内で言う。

「残念ながら当方そのような結果になる可能性のある行為を最近しておりません」棒読みで高嶺が答える。

「右に同じ」表情を変えずに長妻が答える。

「はい、私も右に同じ…」(なんか腹立つな…)と思いつつ酒井も答える。


「ルナ、微調整完了 直ちに撮影して 線量はオート」

【ツピ! 実効線量10.0μSvでX線撮影します 放射線防護ロール展開確認 5秒カウントダウン後ゼロで撮影 警告 医療関係者はさがれ ユニットから50センチ以内には近寄るな ご、よん、さん】


放射線被曝の危険があるので、ルナは命令口調で安全を促す。


【ぜろ 撮影終了 空間被曝量0.1μSv/h以下 映像は10秒後に確認可能です】

「ありがとうルナ」


シヴァームで展開されるX線撮影ユニットは、従来の8分の1以下の線量で完璧に撮影することができる革新的な装置だ。X線の粒子を直接カウントする光子計数…つまりフォトン・カウンティングにより、驚異的な低被曝量を実現している。

「GOOD ENOUGH…グッド・イナッフ(これだけあれば十分)」というひねった商品名が付けられている。


そして10秒も経たずに外傷4号の16K相当の超高解像度メインディスプレイに足首のX線写真が表示される。


「…あった…フラクチャーライン…第5中足骨の骨折を確認」酒井が即時に判断する。

「…え…ジョーンズ骨折?」高嶺が不思議そうに撮影写真を見る。

「2階から転落しているのに、高所落下による骨折ではないという事ですね」

「…逃げるときにひねった?」

「恐らく」

「添木はチタンを使う?」長妻が機材を準備している。

「ですね、ここは外傷は無さそうなので、チタンでお願いします」

「了解、ラインは既に確保」長妻がベテランらしい落ち着いた確実な動きで準備する。


「体重は…40キロ…アセトアミノフェンを点滴で600㎎ ルナ、一応体重検算してね」

【ツピ! 計測体重39.8キロ 投薬量は適正です アセトアミノフェン600㎎】


「長妻さん、リドカインを40mg追加でラインからお願いします!」

「ラインからリドカイン40㎎、アセトアミノフェン600㎎了解」


「私は引き続き左大腿部の裂傷を診る ルナ、シヴァーム展開、温めた生食をパイプラインで準備して」高嶺はあえて簡単だが感染症の恐れのある裂傷を診る。


【ツピ! シヴァーム展開 洗浄ユニットを使用 10秒で展開可能です 生理食塩水は36.0℃】

シヴァームが天井に設置されたユニット格納用ドックにアームの先を差し込み、ガチャンとユニットを入れ替える。

生食ラインはシヴァームのアームとともに付属されており、自動で洗浄ユニットと接続される。

「ルナ、裂傷が比較的浅いので生食は36.5℃にしましょう」

【ツピ!36.5℃に設定 生理食塩水ラインとの接続確認、シール問題なし 手動または半自動で洗浄可能】


「手動でやるのでそのまま降ろしてルナ」

ツピ!と了解音が鳴り、音もなく高嶺のほぼ真上からシヴァームが展開される。


「ルナ、洗浄中に異物、特に鉛が無いかを超音波でチェックして、私も目視するからダブルチェックするわよ」


【ツピ! アルトラソニックで術野をスキャンします プライマリターゲット 鉛】


金属による中毒の中でも、鉛中毒は特に警戒する必要がある。

「ルナ、破傷風トキソイドを0.5ml」高嶺がリクエストする。洗浄の手は緩めない。

【ツピ! 破傷風トキソイド0.5ml入ります】


「あと2分で裂傷の処置は完了」高嶺が宣言する。


【血算の数値が出ました カリウム値3.0mEq/L】

「はあ?3.0メックって…これなら心室細動も理解できる」酒井が絶句する。

「…食事も与えられていない…」高嶺が呆れながら最後の縫合を終えようとしている。


「…酒井先生、他は…あるかな…」長妻が酒井に聞く。表情はややこわばっているように見える。


「…毒物検査、そして」酒井が目を伏せるが、毅然と顔を上げ意を決して話す。


「……レイプキット」


高嶺が愕然とする。

長妻はやはり来たか…という顔をする。


「理乃ちゃ…いや…酒井先生………そうね…うん、やろう」高嶺は腹を決めた。

「レイプキット準備」長妻は外傷4号のロッカーからレイプキットを取り出そうとしている。


「ルナ、レイプキットによる証拠収集をはじめます 外傷4号はシャドウモード、IRジャマーをオン」グローブを替えながら酒井が言う。

【ツピ! 外傷4号はシャドウモードに移行します IR(赤外線)ジャマー オン 出力10ミリワット 波長900ナノメートル】

外傷4号の扉の窓が液晶シャッターによって暗くなる。廊下からは外傷4号の室内は全く見えなくなる。

また室内に赤外線ジャマーを展開するため、スマホでの盗撮は不可能となる。撮影した画像が真っ白になるためだ。


小春は相変わらず喋らないが、痛みは和らいでいるように見える。アセトアミノフェンとキシロカインが効いているようだ。

意を決して酒井が椅子に座り、小春の横に椅子を動かす。


「…ねえ小春ちゃん、たぶん…何かをされていたと思うんだけど、それは言わなくていい」


「…うん」


「それでね小春ちゃん、その何かをした人をこらしめるために、どうしても証拠をそろえなくてはいけないの…どういうことかわかるかな?」

「………だいたい」


「これはね、あなたの未来を取り戻すためにどうしても必要なの、だから、ごめんね」


「……もう何もかもいやになって飛び降りようとしたの…でも…うまくいかなかった…もういやになったの、もういやに…」


「わかった、もういいよ小春ちゃん」酒井が小春を抱きしめる。


(あーだめだ、涙が出そう…ちくしょう…)


その時コツンと酒井の足に触れるものがあった。


長妻の足。

長妻は黙って酒井を見て首を軽く左右に振る。


涙をこらえて酒井は立ち上がる。

「ル…ルナ、ベッドは砕石位(さいせきい)にしないで位置はこのまま仰臥位(ぎょうがい)でいく」

【ツピ! 了解です酒井先生】


長妻や高嶺はもちろんだが、酒井もレイプキットに関するトレーニングはエジプトのアレクサンドリアにあるHALOの本部で受けている。

会陰部分が丸見えになる砕石位にはあえてせずに、普通の仰向けの状態でタオルだけをかけて処置を行う。

アチバンを投与することにしているので、安定性から考えても最適解だと酒井は判断する。


長妻が、小春の膝を優しく立て、バスタオルを腰から下にかけて視界を遮ってやる。

「酒井先生が担当するからね、私はここであなたとおしゃべりしましょう」と長妻は先程まで酒井が座っていた椅子に座り、小春の顔に近づく。

「そして、眠るわけじゃないけど、こころが落ち着く薬を入れる…全然痛くないよ、点滴から入れるから」

「…うん」


「ルナ、アチバンを0.5mg、ラインから2分でゆっくり」酒井がルナに指令する。

【ツピ! アチバン0.5mgを2分でスロープッシュ 呼吸モニタしつつ慎重に投与】


「高嶺先生、モニタリングよろしくです、すいません」

「ここはティーチングホスピタル…任せなさい」高嶺と酒井ではキャリアが8年ほど違う。

「痛かったら言ってね小春ちゃん…ルナ、時刻記録 プライヴェートモード、会陰部分以外はすべて記録から排除」

【ツピ! 了解です プライヴェートモードへ移行 手技開始16時43分】


「…さっきから誰とおしゃべりしているの?」小春が初めて自分から言葉を発する。朦朧としているからなのだろうか。

「あーこれはね、ルナっていうAIなのよ。超優秀な働きをしてくれるの。」


「…今日もね…お父さんがね…セックスさせろと迫ってきたの…お母さんはどこかにいつも遊びに行くから…だから…私をね…」


「うん」


「…だいたい…1週間に…1回…いや2回…くらいかな…でも生理が来たときは…血だらけでキモいからってやめてくれたの…」


「…うん」


「…だからね…危険日はね…生理だって言ってたの…」


「………うん」


「…それでね…ホントの…せいりのとき…は……くち……で……」


そこで小春は眠ってしまったように見えた。

長妻はそっと小春の手を握る。


酒井はモニタしている高嶺を見る。高嶺はサムアップしたあとで自分の目から下に向けて人差し指で顔をなぞり、さらに指を左右に軽く振る。


酒井はあふれようとしていた涙をこらえる。

(涙は拭けない、証拠がすべて無駄になる)



「…採取終了、キット封印、精査用と緊急用と二つ」それぞれに

『酒井理乃』

とサインする。


「…よく頑張ったね、酒井先生」高嶺がねぎらいつつ

『高嶺朋世』

とサインする。


「…これで永久におしまいにしてやりましょう」と長妻が怒りをおさめながら

『長妻響』

とサインする。


緊急用は差し当っての証拠用、精査用は裁判所が証拠として受理するものでしばらく時間がかかる。

ここでは緊急用だけが必要だ。


「少し落ち着いたら…レボノルゲストレルを1.5mg」酒井が苦々しく長妻に伝える。

「…ノルレボね…了解」唇をかみしめて長妻が答える。

ノルレボはアフターピルなので、本来なら小春のような幼い女性には必要とされないはずだ。

しかしここでは確実にそれが必要とされている。この場にいる全員が猛烈な怒りを感じている。



待合エリアでは、チェンが自分のタブレットを見せながら「バーサーカー症候群」の説明を父親にしていた。

画面はルナが作ったフェイク画像である。

「えーですからー、この場合はー」と言いながら長々と時間稼ぎをしている。


(<理乃ちゃん、もう日本語マジ限界…早く…>)


「ったくいつまで待たせるんだよォ?早く家に帰りてえんだよ!」父親が怒鳴る。

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