1x08 Part 3 / 4
小松が外傷4号に呼ばれる。
「はいはーい、どうしましたー?」割と気安い感じで小松がやってくる。もちろんグローブは交換している。
「これ、毒物を盛られてる可能性ありです ちょっと見てもらえますか?」西園寺がフルートを指差している。
その間にも救命措置は進み、胃洗浄は行われているが、揮発しているものを吸い込んでいるためほとんど効果はない。
「マルシア、輸液を全開にしましょう 酸素を10リッターずつ入れて…定期的に痙攣をおこしているのでジアゼパムを1㎎ゆっくりと」
「呼吸が抑制されるかもしれないけど、どうしますか?」安藤が一応確認する。
「もう挿管してあるからそこはあまり心配ない…けど、フルマゼニルを用意しておいて」
「りょうかいしました!フルマゼニルはすでにじゅんびずみです!」
「そそ、既に準備してあるわ ニコチン中毒には何も拮抗するものがないから、代謝するまで時間を稼がないと」安藤も既に準備している。
小松がフルートを見る。小松も楽器には全く詳しくないが、マウスピース部分に直接唇をつける…ということはわかる。
「マウスピースの裏をみてください小松さん」西園寺が小松に助言する。
「裏…?ああ、この裏側ね」
と、斜めからマウスピースの奥側を見る。マグライトをヘッドバンドで固定して光を当てつつ単眼鏡を使って注意深く観察する。
「なにか…ジェル状のものが乾燥しているように見える これかな?」と無地の黒いダッフルバッグから素早く採取キットを取り出す。
「ジェルですか?」北条が聞く。
「大部分の成分は揮発性の何でもないものが多いんですが、それに混ぜることで様々な毒物が…」ツッと綿棒で内側を拭い、それを検出器に掛ける。
「毒物が…盛れます 盛るのは自撮りだけにして欲しいですね」少しうんざりしながら小松がラップトップ経由で検出器を作動させる。
…
受付。既に0時を回っている。もちろんこのエリアは人は皆無だ。
塩谷が端末でカルテの整理を行っている。
バンと自動ドアが開く。
初老の目をギラギラさせた男が入ってくる。
塩谷の目の色も変わる。
「…ルナ、警報準備 銃を持ってたらその時点でインターセプト 警備を呼んでくれ」小声で塩谷がルナに命令する。
ルナは静かにグリーンの了解の合図をチカチカッと受け付け内のディスプレイで点滅させて知らせる。
深夜でも、警備は警報があれば30秒でERに到着する。そう、昼間のように、サブマシンガンを携えて。
…
「あーアコニチン検出」測定結果をラップトップで見ていた小松があっさりと告げる。
「…は?トリカブト毒ですよね?なんでニコチンと…」西園寺が不思議がるが、
「ちょっとづつニコチン入れて行って、最後にアコニチン…ってことかしらね?」北条が推測する。
「んーその通り!北条部長さすがですね!CSIでも仕事できますよ?」冗談半分で小松が答える。
「いやー私は遠慮しとくわ」北条が苦笑いする。サラリーが…と言いかけたが、それはやめる。
「つまり二段階にしてたってことですかね」カーテンエリアで複数の患者を診ていたオニールが合流し、口を挟んでくる。オニールは英国陸軍出身なので、こうした化学戦(?)には十分な知識を持っている。
「…うん、そうなんだけどビル、なんか外が不穏なので、ちょっと塩ちゃんと見てきてもらえるかな」北条が何かを察する。
…
塩谷はヘッドセットを付ける。受付にあるマイクと同じ性能を持ち、コマンド一つでルナと双方向で通信も可能だ。
ゆっくり塩谷は立ち上がり、殺意を隠した柔らかい表情で初老の男を見る。
その向こうで、さらに人が一人入ってくる。
こちらは、昔の少年漫画に出てくるような暗殺者そのものの格好をしている。
すなわち、野球帽、サングラス、マスク、年齢相応にはとても思えないスタジャン、安っぽいジーンズ、音を立てなさそうなスニーカー。
(いまどきこんなのがいるのかよ…)と塩谷はあきれている。
【ツピ!侵入者警報 現在2名の人物が銃を携行】
「ルナ、ちょっと待ってくれ、一か所に「集める」から」塩谷がささやく。
ツピ!と了解音だけが鳴る。
「この病院に……」と初老の男が塩谷に向かって言いかける。
が、塩谷は全くそれを聞かず、いきなり男を抱え上げる。
「むん!」
次の瞬間、男はもう一人の野球帽の男に向けてすごい勢いで空中を飛んでいく。
何がなんだかわからないまま、二人の男は激突し、その場に崩れ落ちる。
「ルナ!やれ!」塩谷が合図する。
【ツピ!「ウォール」展開 E1からE2】
まず受付側のほうにシュッ!と透明なアクリルの防護壁が降りる。
男たちは痛さを我慢しつつも自分たちが閉じ込められようとしていることを自覚して、急いで出口にダッシュしようとする。
刹那、出口の自動ドアがロックされる。そのうえで同じようにアクリルの防護壁が降りる。
信じられないようなスピードだが、人が挟まれることなど考慮に入れられていない。
野球帽の男は少しは運動能力が高いのだろう、あわてて銃を扉に向けようと懐に手を伸ばすが、その前に通路の上からガスが噴出される。
ものの5秒で狭い領域をガスが充満する。二人の男はがっくりと膝をつき、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。
「…はい、同時に無力化完了 これはいいねえ…僕の技は披露できないけど」にんまりしつつも、どこか寂しそうな笑顔を浮かべる塩谷。
オニールがやってくる。
「おいおい塩ちゃん…なんか前と同じような事になってないかこれ?」以前DV男をノックダウンしたときにはオニールはその場に居なかったが、当然伝説になってしまった以前の事件を蒸し返す。
「いやいや、あれがあったから、このシステムが作られたんですよビル先生?僕だって弱い者いじめはキライですよ」塩谷がわざとらしく肩をすくめる。
「ルナ、これ何のガスだっけ?」オニールが確認する。
【ツピ!炭酸ガスです】
「…ルナ?おい」オニールが再度確認する。
【ツピ!炭酸ガスです】
「ルナ、ボクはスタッフドクターと同じ権限だぜ?」オニールが再度確認する。
【ツピ!炭酸ガスです】
「LUNA, Gimme a break.」
【CHIRP! CARBON DIOXIDE GAS】
一回英語でフェイントを入れる。
「いい加減にしようかルナ?」オニールがしつこく確認する。
【ツピ!デクスメデトミジンです】
「あー、じゃあ意識はあるけど抵抗能力が無くなる…ってやつだな…効果はどのくらいだっけ」
【ツピ!吸入後最低でも10分は無抵抗状態を維持します ツピ!ガスが安全な濃度まで排出されました ウォールはどうしますか?】
2名の警備員がやってくる。小松もやってくる。
「よーし、そろそろ御開帳だ ちょっと聞きたいことがあってね」オニールがゲスな笑顔を浮かべる。
「こりゃまた…すごいものを…」小松が半分呆れている。
「おーい塩ちゃん、弱いものいじめじゃなかったぞ、こいつらどっちも銃を持ってた」オニールが二人の男を足で転がして確認する。
初老の男の方はS&W M686の2.5インチモデルを持っていた。
「おいおい…357マグナムかよ…殺る気満々だったが…6発全部不発弾だったようだな、残念」オニールが皮肉を飛ばす。
「じゃあとりあえず不法侵入の現行犯で逮捕…0時10分…っと おっとおっとぉ?こっちはどっかで見たぞー」小松が鉄パイプのような一見粗末に見える銃を拾い上げる。
「…ウェルロッドかよ……マジかよ…」オニールが呆れる。
「あー、骨董店から盗んできたのかしら?」
「WW2の頃にUKが開発した暗殺銃だ ボルトアクションの45口径だけど、とてつもなくデカいサプレッサーが入ってて、さらに亜音速の45口径だからね 全くと言っていいほど射撃音がしない 暗殺者御用達だった銃だね」
都合の悪い時だけは「わが」スコットランドが、という言い方をしないオニール。
「はい、消音器、もしくはそれに準ずるものの所持は禁止なので、銃刀法違反でも逮捕 一石二鳥ね」
「俺も王立陸軍の訓練で撃ったことがあるけど、本当に音がしないんだこれ」
「イギリスは暗殺銃を将兵に持たせるの?」怪訝そうに小松が聞く。
「いや、銃器の訓練だけだね こんなのが兵隊に必要な状況は……大英帝国崩壊の末期だと思うよ」ニヤリとオニールが笑う。
「刑事さん、意識はあるので尋問できるそうですけど?」塩谷が小松にささやくように言う。
「…んー、聞かなかったことにしておくね塩谷さん 「雑談」するだけだから」小松がサラッと返す。
本来なら自白を強要して自供させるのはデュー・プロセスからは外れる。しかし、
「…何かはわからなかった、ということですね?」塩谷が悪人ヅラをして答える。
「えっ、これ消火用の二酸化炭素じゃないの?私はそう思ってたけど?」シラを切るのは小松の得意技だ。
「…小松刑事…おぬしもワルよのう」見たばかりの日本の時代劇の真似をするオニール。
「いや、ワルはこいつらですから」しれっと返して男たちを指差す小松。
…
「なんか騒がしいですね…ロクな事じゃないっぽいですけど」西園寺が露骨に嫌な顔をしている。
【ツピ!銃を所持した侵入者2名を無力化しました 警察に通報および引き渡し済みです】
「いいところに小松刑事いたわね…今夜はフィーバーだわ」北条は虚無な表情をしている。
「ファシキュレーションは止まってきましたが、微細な震えがありますね」
山内は痙攣こそしなくなっているが、手先が細かく震えている。
「まだ振戦があるけど回復基調ね…このまま良くなると良いんだけど…補液は続けよう というかこれしかないわね」
「了解です先生 …受付の方はどうします?」
「もう少し落ち着いたら見に行きましょう…それとも西園寺先生にここは任せてもいいかな?」
「いいですよ、ここは僕とマルシアで診ています」
「ほうじょうせんせー、おまかせくださいませ!」
「安藤ちゃんは仮眠に入ってるんだっけ?じゃあ安藤ちゃんが戻ったらマルシアが仮眠取ってね」
「りょうかいですー!ありがたきしあわせー!」手を前に組んで嬉しがるガルシア。
「いや仮眠は権利だから大丈夫よ…じゃあね」
北条は1号にいる酒井に声を掛けに行く。
「理乃ちゃん、こっちは大丈夫?」
「あっはい北条先生、といってももうやることは無いんですけどね」苦笑いする酒井。
「そうよね…なんか勉強にならないことやらせちゃってごめんね」手を合わせて本当に申し訳なさそうにする北条。
「いえいえ、そんなことはないですよ!ここはいろいろあるので勉強になります!」胸を張る酒井。
「適当なところで切り上げて、仮眠取ってね 取らないとあなたのところのボスが殴り込みに来るから」
「えっ、そんなことをしてるんですか真琴先生は!」
「ふふ、冗談よ…」笑って1号を出る北条。
(わたしは…あのわけわからん2人組を見てから休憩するかあ…)
…
「はい、それでオレハ、消音銃を持ってゼンブコロシてこいと専務にイワレテココニきましタ」
「ワシはあの女ガてっきりこの計画をしってフリン関係ヲ清算したいノカト思い、フルートにドクブツを塗りましタ」
野球帽はプレシジョン建設の会長からの命令で、口封じに入院中の作業員を殺しにきたようだ。
反社のフロント企業という線もこれで固められそうだ。反社もプレシジョン建設も殲滅させられる。そう考えた小松の口元がゲスな喜びで思わず歪む。
もう一方の初老の男は山内の指導教授で、山内を愛人にしていたのだが…
「で、そのプレシジョン建設との計画ってのは何だったの?」尋問している小松だが、証拠として採用されないのは承知で一応録音はしている。証拠としては採用されなくてもアタリは付けられるので、捜査には俄然有利となるからだ。
「あのビルは、うチの大学がもトモト持ってた土地のビルだったから、そこにベンギをワシが図っテヤっていろんなものを捨ててイタノダ」
「なんというか…つまらないというか…」小松が呆れる。
「つーかなんでこんなペラペラしゃべるのこいつら…メスカリンとか入れてるんじゃないでしょうねルナ?」北条が有名な自白剤の名前を口にしてルナに聞く。
【ツピ!入手は費用の面で困難でした】
「でした、とは」呆れている北条。
なにやらごまかした言い方をしているルナだが、もう北条もそれ以上は聞くのをやめた。
「よし…そろそろ翡翠橋警察署から応援が来るので、引き渡します プレシジョン建設の役員どもは、すべて逮捕状を裁判所に請求しますので、片っ端から別荘へのご案内となります 捜査へのご協力、ありがとうございました!」北条にきれいな敬礼をする小松。時刻は3時を過ぎている。
「いえいえ、これも協定の一部ですからね…それよりも小松さん、これから仮眠取りに帰るのかしら?」
「あ、そうですね…分析の後はシャワーも浴びたいですし…気分的に…」
「良かったらうちの仮眠室どうぞ?うちのは綺麗でプライヴァシーも完璧ですよ なんならシャワーもご自由に」
「い、いえ、ご厚意はありがたいのですが、さすがに公務員が民間の施設を使うのは…」
「なーに言ってるんですか、うちにきてる国際公務員は遠慮なしにバンバン使ってますよ、確かHALOとかいう連中」北条がおどける。
「よろしいんですか??では…お言葉に甘えて…」小松が遠慮せずに答える。
…
(確かにすごいなーここは…)シャワーを浴びながら小松が考える。
(うちもこのくらいだったらいいのになー)ボディソープをボトルからわっさわっさと出して洗い始めたのだが、思い切って髪も洗おうと思い、ボトルからわっさわっさとシャンプーを出して髪を洗う。
(…酒井先生には気が付かれたかな…南先生に興味があるって…)2件の難しい事件の分析はもう頭の中には無い。先ほどの酒井とのガールズトークを思い出している。
世の中の汚い事件などは仕事中に考えればいい。
休憩時間やプライベートの時間は、仕事のことを考えるような趣味はない…と小松は思っている。
女性用の仮眠室は、カプセルホテルよりもはるかに大きく、ビジネスホテルのシングルルームよりは小さいというサイズだった。
「あー…こりゃすごいなあ…さすが私立病院、うらやま」と言いつつもすぐに横になる小松。疲れがさすがに出てきている。スマホのタイマーを3時間にセットしたあと、メールの確認をしていたが、途中で落とし穴に落ちるように寝落ちする。
…
…
…
(あれ…なんだこれ…昔一回だけセックスした女の子じゃない……なんでまたセックスしてるの私…)
小松が好奇心で一度だけ関係した大学の女性の先輩がいる。なにやらいろんなことをしている。第三者の目で小松はそれを見ており、夢の中だが赤面している。
(うわあ……これは……なかなか……)
先輩はかなり遊び慣れているみたいで、夢の中の小松はメロメロにさせられている。
(こんなに良かったのに、なんで一回だけだったんだっけ??)
何度目かの頂点を小松が迎えるときに、遠くからアラームの音が聞こえる。
スマホのアラームが鳴っている。
「…は?もう3時間???嘘でしょ…」頭を抱えながら小松は起きる。
(…なんだこの夢………南先生の話をしてたからだろうか……うーん……)まだ悩んでいる小松だったが、とりあえず起きてトイレを使い顔を洗い、簡単にメイクしたのちに仮眠室を出る。
「んー…なんかおなかすいた…なんかないかな…」何もあるわけはないので、病院内のコンビニに行こうとする。
「あら小松さんおはよう、どうでしたかうちの設備は?」北条がドヤ顔している。
「おはようございます北条先生、ありがとうございました 素晴らしいの一言ですね 今度警視庁内にも作らせます」希望がかなり混じった冗談だ。
「ふふ、それがいいかもね…食事はまだカフェテリアはやってないので、コンビニのものになりますけど、どうしますか?」
「あ、今から行こうと思っていたんですよ」
「じゃあ案内するわ、一緒に行きましょう」
…
コンビニから帰ってきたら、日勤の南が出勤していた。小松が思わずドキッとする。
「おー小松警部補、おつかれさん!ここの仮眠室使ったみたいだね」南がコーヒーを飲みながら小松に語り掛ける。
「あっ、はいおはようございます南先生 聖路都の仮眠室は素晴らしいですね!」
「ああ、まあ、まあまあだね」わざと意地悪そうに南が言うが、隣で北条が聞いていた。
「…えっ真琴先生、ご不満があるなら外で寝袋使いますか?タバコも吸い放題ですが?」北条が若干意地悪なことを冗談でいう。
「やめてくれよ結衣…寝袋なんか冗談じゃないよ…もう歳なんだからさあ…」
「んもー、昨晩は結構大変だったんですからね…」
「ああ…聞いたよ…大変だったというか何というか…やっぱり警備は強化しないとだな ちょっと前のベンゼン事故の件もあるし」顔をしかめながら南が答える。
「そうね…じゃあ私は先に帰るわね…あっそうだ、例のものは…佐々木さん今日が最後だから」
「おう、わかってるよ結衣…ちゃんと持ってる 天音ちゃんが出勤したら私が渡すから」
「よろしくね…じゃあお疲れ様でした小松さん 真琴さんよろしくねー」大きなあくびをしながらラウンジを北条が出ていく。
何の事だろう?と一瞬小松は思ったが、それどころではない。チャンス到来である。
「み、南先生」
「うん、何?」ニコニコしている南。
何から聞こうか考えを巡らせている小松。
「そ、その、今お付き合いしている人はいるんでしょうか」いきなり暴投する小松。
「……なんじゃそりゃ小松警部補…?」さすがに斜め上の質問が来たので困惑している。
「あ、いえその、昨晩酒井先生とそういうガールズトークをしていたので…」酒井先生ダシにしてごめん!と小松は心の中で謝っている。
「今はいないよ、というか私…」
「い、いえ、なんか失礼でしたね ごめんなさい」
「…なんかいろいろ悩んでるみたいだね、小松警部補」
「何というか悩んでいるというか…わからないというか…すいませんやっぱりまだ寝ぼけてますね私」小松が下を向く。
「私もそういう自分がわからない時期というのはあったんだよ 特に事故に逢ってからね」
「事故というのは、その、傷ですか…」
「うん、まあそれも一つある 航空自衛隊に入って2年目に、陸自のヘリに便乗して百里基地に帰る途中で墜落したんだよ ヘリがね」
「…そうだったんですか…」実は小松は知っていた。自衛隊のヘリコプターの事故をネットで検索して、それらしい事故が20年以上前にあったのは知っていた。12名中10名が殉職、2名が重傷という記事だった。重症者の2名のうちの1名が南だったのだろう。筑波山中で霧の中で航法をミスしたのが原因…とされていた。
「で、ヘルメットが真っ二つに割れてね この傷だよ」
「やはり…つらかったでしょうね…」あまり気の利いたことは言えない小松。
「最初は隠そうとしたよ、まあひどい怪我だったからね……池尻の自衛隊病院に4か月くらいいたよ………見る?」気軽に自分の傷を見たいかを小松に聞く。
小松は見たいような見たくないような気持ちだったので、「い、いえ、無理には」と言ったが、次の瞬間南は自分の額の髪をかき上げて傷を見せる。
「!」
想像以上に大きな傷だ。これだけの傷が20そこそこの女性の顔についてしまうというのは、なかなかつらいだろうと小松は感じる。
「こんな感じなんだけど、最初は気になって髪型変えたりしてたんだ 自衛隊からもマシマシで慰労金が出たのはいいとしてね その時思ったんだ 人は簡単に死ぬなあって」
「…」
「自衛隊は3年で満期除隊するんだけど、そのときの任期満了金と公務災害補償、マシマシの特別賞恤金、併せたら国立の6年間の授業料は余裕だったんだよ まあカネがあるのと能力があるのは別問題だけど」
「そ、そんなに出たんですか…でもそのくらいの過酷な事故ですよね…」
「多分警察も似たようなものがあるよね」
「はい…ありますね…あまり貰いたくはないですけど」
「それで何を勘違いしたのか、もらえるマシマシ慰労金で医大に行って、医者になってやろう…ってね」
「なるほど…それが原体験だったんですね…」
「だからさ、悩みなんていうのはいつもついてまわるものだから、気にしても仕方ねえなあ…って思ったわけ この傷跡もね もう仕方ないことだからね だからもう気にしないのよ」
「…なんかすいません ありがとうございます、南先生」
「よくわからないけど感謝されるのは気分はいいね 小松警部補」
「おーいおはよー真琴先生ーそろそろお仕事ですよお?」出勤して来ていた福岡がラウンジにやってくる。
「はいよ咲、今行く じゃあお疲れ様小松警部補 今度どっかに呑みに行こう!」下手なウインクをして南がラウンジを後にする。
「…」
(なるほどなあ…気にしない…か…)小松の心にも何かが残ったようだ。




