1x08 Part 2 / 4
足立区西新井。
「おかーさーん、なんか新宿でビルが爆発したそうだよー?」
「…んあー…うちの病院かな…どこって言ってる?」
夜勤前に仮眠していた安藤が起き抜けに、娘の葵から不穏なニュースを聞かされる。
「…あー聖路都が写ってるみたいだよー?」
葵が見ているテレビでは、夕方のニュースで延々とこの事故を報道している。
「…ちっくしょーマジか…うっざ……」
「んもーおかーさん、そんなこと言っちゃダメだよ…」
「…あ、小梅ちゃんが映ってる」
安藤が他人事みたいにテレビにちらっと映ったチェンを指差している。
『患者の様子は如何ですか?』無遠慮、無神経、無教養と三拍子揃っていそうな女性キャスターがチェンにマイクを向ける。しかし相手が悪かった。
『は?んだよあんた、すっこんでろ!<蛆蟲!>』最後だけ広東語で暴言を放つチェン。
「…多分ロクな事言ってないわね…小梅ちゃん…」安藤にとってチェンの広東語は、当然だがまったくわからない。
「おかーさんの病院って、なんか変な人多いよね あ、いやいい意味で」最後に取り繕ったような一言を付け加える葵。
「まあ、それは否定しないわ…」苦笑いしながらコーヒーをすする安藤。
「それよりはい、ごはんできたよ ちゃんと食べてってね」割と軽めの和食が完璧に用意されている。葵は小学6年生だが、自分の家がシングルマザーの家庭という事を良く知っている。
「ありがと葵……なんかあんたさ…」
「うん、なに?」
「もう私より背が高くなってしまった?」葵を見上げるようにつぶやく安藤。
「先週測った時は161センチだったよ?」
「ぐはっ……私157だからもう完全に負けたわ…」嬉しさ半分、嘆き半分でダイニングテーブルに座る。
「葵…あんたさ、クラスで一番背が高いでしょ?」
「まあね…でもまあいろいろあるんですよ…」大人びた顔で呆れる葵。
「んん?まさかあんた、いじめられてるとかはないでしょうね?」
「いやーそれは無いんだけどね…まあ目立つよね…」どうやら背が高いことを気にしているみたいだ。
「葵くらいの歳だと、男の子よりも女の子の方が成長が早いからね いずれ抜かれちゃうから気にしない気にしない」あっけらかんと安藤がアドバイス?する。
「あ、ごめんおかーさん、そういえば縦笛無くなっちゃったんで買ってもいいかな?3000円くらい」
「え…いいけど、無くなるものなのあれ?」不思議がる安藤。
「なんかさ…変な臨時教師がいてさ、女子の縦笛全部盗んで警察に捕まってさ、当然クビになったらしいんだ」
「…世も末だわ…いや、昔からいたか…そういう変態は…」
「何が面白いんだろうね 何に使うのかな…」不思議そうに葵が聞く。
「いや……あんたは知らない方がいいかもしんない」性的なことをいくつか思いついたが、さすがに葵には言えないな…と安藤は考える。
「あー…なんかえっちなことね」ため息をつく葵。
「んじゃ行ってくる、戸締りと火の用心、頼むわね?変なのがピンポンしたら、迷うことなく110番よ?」安藤は自宅に銃は置いてあるが、葵には使い方を教えていない。したがって生体認証鍵の付いた金庫に入れている。2DKの賃貸ではあるが、母娘が住むには十分だ。葵の部屋もちゃんとある。
「わかってるよおかーさん 仕事気をつけてね」
「それとあれ、ゲームは宿題終わってから、ほどほどにね」と安藤が言い終わらないうちに葵が
「あ、もう終わった 超余裕よ」フフンと葵がドヤ顔する。
自分が不良出身、父親と思しき男は何人かいたが…そのどれもがろくな男ではない。今は関係は完全に絶っているが。
なのに葵がかしこく育っているのが不思議だと安藤はいつも思っている。
小6で背も高く大人びている部分も多々あり、現在の環境がそうさせているのだよなあと申し訳ない気持ちにもなっている。夜勤もそうだ。葵が小4の頃からなのでもう慣れている部分はあるが、最初は不安でたまらなかった。
しかしそれは今言っても始まらないこと…やれることをやっていくしかない。
そう思いつつ、安藤はアパートの駐車場に停めてあるホンダN-BOXに乗り込み、カバンを助手席のシートに放り投げてエンジンをかける。
この夕方の時間帯、西新井から聖路都まではラッシュとは逆方向だ。快適に通勤できる。
働くシングルマザーのN-BOXが、やや制限速度を越えつつ尾久橋通りを南下する。
…
…
救急搬送されてきた工事関係者は10名でうち2名は死亡、3名が重症で5名が軽傷。死亡の1名の頭はまだ見つかっていない。
しかし爆発事故にしては不審な点が多く、当然ながら聖路都も警察もそこに注視していた。
さらに、一人の患者のレントゲン写真からは、信じがたいものが見つかっている。
「…なにこの白いの?」ラウンジでレントゲン写真を見ながら帰り支度をした南が暗い表情をする。
「これ、なんかのチップに見えませんかね」チェンがディスプレイを凝視している。
「ルナ、この物体の素性を分析せよ」南がルナに確認を取る。
【ツピ!導電性ポリマーを主体としたポリイミド樹脂です 大きさは1mm四方未満】
「ペット用のICチップちゃうかこれ?」安蒜が呆れる。
「ちょっとこの会社が会社なので、まさかと思ってホールボディスキャン撮ってみたらね…」南も若干怒っている。
「こんなの……許せねえ…」塚本が拳を握りしめている。
「見なよこれ、大臀筋と中臀筋の間に入れてる 普通は医療関係のレントゲンを取る場所じゃないからね」
「私たちのような医療機関にバレないように…ということですか?」チェンも驚いているが、帰り支度をしたままだ。
「お疲れ様でーす…ってどうしたんですかみなさん?」西園寺が夜勤に出勤してくる。
「お、西園寺、おつかれ 今日のビル解体現場の爆発事故さ」南が申し送りと同時に状況を説明する。
「んでまあ、このあと警察も来る予定やな CSIが来るそうや」
「ま、まあそうなりますよね…」
バーンとラウンジの扉が開く。
「っかれさまでーす!って…あーまたなんかあったんですね真琴先生…」同じく夜勤に出勤してきた酒井が、大勢で輪になって協議しているところを見て苦笑いをする。
「ご名答だ理乃、1ポイント獲得」いい笑顔でサムアップする南。
「ポイント貯まったら賞品ありますか?」
「10ポイントでなんと!エジプト旅行にご招待だ!」
「エジプトって…アレキサンドリアの本部ですよね…真琴先生に差し上げます」苦笑いする酒井。
「ですよねー」
その後ろに北条がいる。彼女も夜勤だ。あらかじめ情報をメールで入手していたのだろう。ややドヤ顔しているようにも見える。
「話は全て聞いたわ!」
「家政婦は見たか結衣」
「誰が家政婦ですか」
つまりこういうことらしい。
プレシジョン建設は、数多くの不法入国者も含めて、安い労働力で危険な作業をさせていた。
このビルには違法廃棄物が貯蔵されていることを知りながら、その解体作業と証拠隠滅を図っていた。
おそらくメタンガスだと思われるが、その分析に警視庁刑事9課「ナンバーナイン」よりCSIが調査しに来る予定で、さらに聖路都からサンプルがラボに送られている。
それと加えて要監視対象と判断した人物に対し、監視用のチップを「ワクチンだ」と偽って臀部に埋め込んでいる…というわけである。
これ以外にもプレシジョン建設には反社のフロント企業という疑惑がかかっている…というのはナンバーナインからの報告だ。
「もう悪質すぎて言葉がないですね」切って捨てるように酒井がつぶやく。
「すでに重傷者と軽傷者はすべて上に入院中だから、あとはCSIから…たぶん小松警部補だと思うけど、彼女がきたらここで分析をしてもらう…という手筈になってる」南もうんざりしている。
「まあ内部告発者がいるからね、法令にのっとって、あとは私が対応します」北条が毅然と皆に対して言い放つ。
「今夜は警備を増やしておいたほうがいいのでしょうか?」酒井が牛乳パックにストローを差しながらのんびり聞いている。とてもじゃないが緊迫した雰囲気には見えない。
「まあ、表立って妨害するほど間抜けじゃないと思うけど…警備にお願いしておきましょう」
「とりあえず、俺は一発殴りたいぜ」塚本がかなり怒っている。しかし、安蒜がたしなめるように即答する。
「塚本、やめときや こういうのは殴ってもしゃあない」
「そそ、こんなゴミどもを殴って医師免許剥奪とか、あまりにもバカバカしいからやめときな」南も同意する。
…
…
桜田門。
警視庁内の刑事9課。
「ナンバーナイン」のオフィスだが、さすがに夜も8時を過ぎると捜査員も少なくなり、夜勤者だけとなってくる。
日勤の千歳が帰り支度をしている。
夜勤の小松も出かける支度をしてる…が、夜勤でこれから聖路都国際病院まで行き捜査するのだ。
警視庁の夜勤のシフトは15時半から開始し、翌朝の9時半までの勤務となる。
「さてと、よし 瑠奈、じゃあ聖路都まで送ってくれる?」目立たないようなダッフルバッグと私物のトートバッグを持っている。
通常は臨場の際には警察とすぐにわかるものを持っているが、今回は民間病院に行っての捜査だ。そのため目立つようなもの、とりわけCSIとわかるようなものは持っていないが、白衣だけはダッフルバッグに丁寧に折りたたんで入れてある。
「もちろんいいけど、帰りはどうするの?」千歳がビジネスリュックに自分のラップトップを入れながら小松に聞く。
「ん?普通に電車乗って帰るわよ?」
「…ホントかあ緑?」
「…嘘、多分タクシー 疲れ果てると思う つーか今日はもう疲れてる…」
「だよね」
二人してエレヴェータで地下駐車場に向かう。
途中で3カ所のチェックポイントがあるが、虹彩認証と骨格認証によって止められることはない。
「…聖路都ってさ、エリートの集団っぽいんだけど、なんか雰囲気はそうじゃないんだよね」千歳がボソッと呟く。
「そうね……変人ばかりだしね…」
「って私たちが言うのはおかしくないか緑?」
「んーそうかも」
「…なんかちょっと浮かれてる?」
「いや……なんで?」逆に小松が千歳に聞く。
「そう見えたから…としか言えない」直球で千歳が投げ返す。
「…なんかあの病院、面白いんだよね…としか言えない」
二人ともいい感じで疲れているのだろう。へへっと笑顔で返しあう。疲れている時には失笑するしかない。
エレヴェータの扉が開く。
二人が千歳のトヨタ・RAV4に乗り込む。
…
…
バーンとERの扉が開いてストレッチャーが入ってくる。
「21歳、女性、音楽大学の練習中に意識喪失し昏倒、血圧85の55、心拍125、グラスゴースケールは8」テキパキと女性救急隊員の南雲が申し送りをする。
「…誰かタバコ吸った?」北条がその場の皆に聞く。
「いえ、私は吸いませんけど…」南雲が答える。
「ここで吸うのは南先生だけなのでは?」西園寺も答える。
「じゃあこのタバコの匂いは患者のかな…南雲さん名前は?」
「学生証には山内美愛とあります」
「やまうちさーん、聞こえますかー?」北条が確認して聞いてみるが、グラスゴースケールが8なので今ひとつ不明瞭だ。
「…ニコチン中毒っぽいですねこれ 僕が昔タバコ吸ってた時に、こんな感じになったことがあります」
「へー西園寺先生、昔はタバコ吸ってたのね」
「大昔ですよ…大昔…高校生の頃です」
「…ハイ通報ー」北条がおどけて西園寺を指差す。
「あーもうはいはい… おまわりさん僕です」かなり投げやりに西園寺が答える。
「はーいじゃあ私が通報しときますね あとはよろしくです!」南雲が珍しく冗談で返している。
「血算、生化学、毒物検査 他はどうでもいいので生化学と毒物検査を最優先にお願い」北条がフィリピンから来ている看護師のマルシア・ガルシアにリクエストする。
「はいほうじょうせんせい、りょうかいしました!」ややおおげさに答えるガルシア。
付き添って来た学生風の女性が話す。
「フルートで演奏中だったんですけど、なんか最後に向けて濁ったような音になって段々乱れて来て、曲が終わった直後にその場で倒れて…」
「曲ってなんだったの?」西園寺が聞く。
「ヴィヴァルディの「ゴシキヒワ」です…先生ご存知なんですか?」
「うん…高校までブラスバンドやってたからね…フルートはメインパートだよね」
「そうですね…ってうわっ!」
山内が嘔吐する。
「吐瀉物で窒息しないように注意…ファシキュレーションもみられるので急性ニコチン中毒ね」
「でもおかしいですね北条先生、ニコチン中毒で成人女性がこんな反応になるでしょうか?」西園寺も不思議がる。
「彼女はスモーカーなので、タバコの匂いがしても特におかしいとは思いませんでしたね」付き添いの学生も怪訝そうに答える。
「マルシア、この吐瀉物をルナに分析させましょう ルナ、特に毒物に関して精査をお願い」
【ツピ!先程の血液検査による毒物と合わせて精査します】
「りょうかいですほうじょうせんせい!そしてこのフルートはおあずかりしました!」
「よーしマルシア、ちょっと僕に貸してみて マウスピースを見てみる」何かを思いついた西園寺。そして綿棒と少量のアルコールで、マウスピースをぬぐい取ろうとする。
「ここに毒物があるかもしれない」西園寺が呟く。意外な言葉に北条とマルシア、学生が驚く。
…
少し前、外傷1号。
昼間の爆発事故による治療がなされていたので、外傷1号に事故の残留物を集められ、部屋には負圧がかけられている。
CSIの小松がこの部屋を借りて、酒井が立ち会って残留物の分析を進めている…というわけだ。
小松が自分のラップトップPCをテーブルに持ち出し、無線とUSBで繋げるタイプの化合物分析装置を接続して、瓦礫の一部や遺体の一部から採取したサンプルを分析している。
「瓦礫からの分析は…そんなに難しくはないんだけど…酒井先生は治療現場にはいなかったのよね?」小松が手を休めずに酒井に聞く。
「そうですね、私は夜勤ですから…」酒井は遺体の破片を準備している。小松には遺体を触る権限が基本的にはない。この場では令状が無いから…という理由もある。
「なにか爆発時とか、搬送された患者の匂いとか、そういうのは誰か言ってなかったかな?」
「んーと…南先生が言ってましたね 火薬による爆発物ではない…と」
「なるほど、さすが南先生ね 彼女のイスラエル時代の話って酒井先生は何か聞いてる?」仕事の話をしているようだが、これは小松による「外堀を埋める行為」だ。
小松は南に対して興味がある…のかもしれないと自分で感じている。
が、それは酒井には悟られないようにする。
「不思議とイスラエル時代の話はあまりしてくれませんね…HALOに入った頃の話のはずなんですけどねー」酒井にとっても南については知っている話と知らない話がある。どちらかと言うと大昔の話、つまり航空自衛隊の頃の話はよく聞く。
「でも…南先生は聞かれたことはいろいろと答えてくれますよ」と酒井が普通に答える。そこには特段の意図はなかったが…。
「うーん……興味がないというわけではないんだけどね…でもね、不思議な人なんだよねえ…」小松がちょっと答えにくそうにしている。
(…あーひょっとして小松さんは真琴先生に「興味」があるのかな??)割と鈍めの酒井にも何となく気がつき始めている。
恋愛経験の少ない酒井にも読まれるくらいなので、小松のさりげない「外堀埋め」は失敗しているようにも見える。
が、分析結果が出たようだ。ガールズトークの時間はおしまいだ。
「…硫黄化合物が検出測定限界値以下…これ間違いなく都市ガスじゃないわね」
「…というと?」酒井はどちらかというと化学は苦手だ。医大受験時も化学は回避して物理で受験している。
「もともと都市ガスには匂いがついていない 匂いがしないと漏れた時にわからなくて危ないので、わざと匂いがついているのよ タマネギが腐ったような…硫黄化合物がね」
「あー私もたまねぎ何回かダメにしたことあります」あまり関係のないことを酒井が言う。よっぽど悔しかったのだろう。
「それが検出されない にもかかわらず一人は頭部切断で即死くらいの爆発力はあった でもね、もしこれが都市ガスなら」
「都市ガスなら?」
「全部即死 犠牲者2名くらいじゃ済まないくらいの大爆発 ビルは半壊じゃなくて全壊 ハイパーレスキュー隊も出てお祭り騒ぎだわ」
「おおう…じゃあなんでそんなものが解体現場に?」
「…この建設会社の社長が言うには、配管が腐食していてそこからガスが発生したと言い張っているの」
「んー?なんかおかしいですよね?うちもボロ家なので自分で直してるんですけど」
「DIYしてるの酒井先生?すごいわね…なんかカッコいい」小松が驚く。小柄で可愛らしい酒井がDIYで作業している姿は小松には想像できなかった。
「へへへ…で、パイプが腐ったとしてもメタンなんかできませんよね」
「そう だから頭の悪い言い訳よね そして本当にそうならば、公益通報なんかされないわ」
「疑惑の総合商社ですね…じゃあ何らかの廃棄物質からメタンガスが発生したということなのでしょうか?」
「そこは…実際には礼状取って家宅捜索しないと入れないんだけど、まあ間違いないところね」
「ゴミ箱かあ…それを解体させようとしたということですよね…」
「そうね…そして作業員の体内から不審なチップが見つかっているという事も聞いてるわ」
「まあ…私たち医師にとってはどんな犯罪があるのかは関係なくて治療するだけですが…でも…」
「でも?」
「人にチップ埋め込むのは外道ですね 人間のクズです」目が怒っている酒井。
「ま…私たち警察は何か起こらないと対応はできないんだけど、起こることを防ぐことはできるわ…患者は明日警察病院に移されるそうよ」
「ほー、それはまたどうして?」
「これだけの悪質な連中なら、口封じにくるかもしれないからね」
「口封じって…殺人ですか?」驚いて酒井が小松を問い詰める。
「公益通報受けたからね、それだけでも保護対象になるから…」
と小松が言いかけたところで、スピーカーで西園寺から呼ばれる。
『小松さん、別件で悪いんですけど、外傷4号に来ていただけますか 相談したいことがあって』




