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サーヴァント・ネスト〜神の気まぐれを打ち破り、死神の鎌を折り続ける人たち  作者: 渡辺金太郎
Case-1x08 「天使が来りて笛を吹く」~ The angel cometh playing the flute
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1x08 Part 4 / 4

天音(あまね)っち、いよいよ明日から産休だねえー」野川が腕組みして佐々木に話す。珍しく穏やかな顔だ。

「寂しくなりますけど…育休中は私にお任せくださいっ!」佐々木の産休・育休の期間に代わりとなるアルバイトの本宮がドヤ顔する。


ERの受付組が受付の周りで明るい声を上げる。その中心にいる佐々木は、妊娠36週の大きなお腹を愛おしそうにさすりながら、少し照れたように微笑んだ。


「いやーどもども でも、少し早かったかな まだ予定日まで1ヶ月あるし、結局逆子も直ってないから、再来週に帝王切開の予定入れてるんだけどね」

「まあまあ、元気ならいいじゃないですか」

「そーだよ天音っち、それが一番じゃねえか」


受付に南が顔を出す。

「おはようー 天音ちゃん、お届け物だ」


南はスッ…と一通の封筒を取り出し、佐々木に手渡す。


「え? 南先生、これは……?」

「ERの連中から 北条をはじめ、高嶺(たかみね)、福岡が音頭を取ってね 『出産前祝いだ、受け取れ』ってさ」


佐々木が不思議そうに封筒を開け、中身を取り出す。

そこに入っていたのは、世界最大の通販サイト、Mitsurinのギフトカード。

無造作にプリントアウトされたものが、申し訳程度のかわいい封筒に入っている。

しかし、そこに記載された金額を見た瞬間、佐々木の目が点になる。


「えっ……ごっ、50万円……!?」


その桁外れの数字に、本宮と野川がのけぞる。

「えええっ!? 50万!? ゼロ一個多くないですか!?」

「っべー、お前らやべーな……パねーわ」


南はコーヒーを啜りながら、呆れたように肩をすくめた。

「私もそりゃさすがに…って止めたんだけどさ、『ベビーカーもおベビーベッドもお、欲しいものは全部カートにブチ込めばいいのよお』って咲が聞かなくてね…そしたらみんなで万単位のカンパがはじまってさ…サラなんて『まあ!なんてステキな!10万ディルハムくらいでよろしいでしょうか?』とか恐ろしいこと言い始めてな…それはマジで止めたんだが…」福岡とアルサウードの口調を真似て南が喋る。結構似ている。10万UAEディルハムは、邦貨で軽く450万円を超える。

「そ、そんな……悪いですよ……」

「いいんだよ…ドクターはみんなコガネだけは持ってるからな…HALO組も含む私たち全員の気持ちだと思って受け取って」

「いやでも…さすがにこんな額は…」

恐縮しきりの佐々木に、南はニヤッと笑った。

「私たちは、天音ちゃんのこと身内だと思ってるよ」


「先生……みなさん……ありがとうございます……本当に…私、頑張ります」

佐々木が封筒を胸に抱き、幸せそうに微笑む。



バシャッ、という湿った音が受付に響く。

誰かが水をこぼしたような音ではない。もっと重く、大量の液体が床を打つ音。


「え……?」


佐々木が呆然と立ち尽くす。彼女の足元から、大量の液体が広がり、ベージュのスカートと床を瞬く間に濡らしていく。その液体には、明らかに鮮血が混じっていた。


「きゃああっ! 血!?」

「ど、どした天音っち!?」


本宮と野川が悲鳴を上げる。さきほどまでの祝福ムードは一瞬で吹き飛び、暖かかったはずの受付の空気が凍り付く。

だが、南だけは冷静にコーヒーカップを置き、佐々木のもとへ歩み寄る。


「破水だ 動かないで、そのまま支えて…壁に背中を付けよう、天音ちゃん、できる?」


南は佐々木を支えるため膝をつく。

そして南は、あえてまだ事態を楽観視して周りを落ち着かせるかのように、少し困ったような口調で言った。


「あー、これは産科だな…天音ちゃん、完璧な出産プランが無駄になっちまうが……まあ、元気なら良しとしよう」

「そ…そんな…職場で生むとか…」


破水からの陣痛開始。早産ではあるが、病院内だ。すぐに産科へ連絡すればいい――南は最初はそう思っていた。


「失礼、診るよ モナちゃんと梨沙ちゃんはシャペロン(お目付け役)頼む 私をチェックしといてね」

「おっ…おう…」

「し、シャペロン了解です、南先生!」


産科の触診なので間違いなくセンシティヴである。

そのためこの場にいるのは全員女性ではあるが、南は野川と本宮のチェックをリクエストする。


南は躊躇なく佐々木のスカートの中に手を伸ばし、触診を行う。

しかし、その指先に触れた瞬間、南の表情が変わる。


(は……?)


子宮口はすでに全開大。そして、触れるのは硬い頭ではない。

小さな足。そしてその脇で脈打つ、ひも状のもの。


「あー……天音ちゃん、悪いんだけどERに行こう」

「えっ……? い、ERですか? 産科じゃなくて……?」

佐々木が戸惑いの声を上げる。


「産科にすら…もう間に合わないって…いうことかなそれは…」佐々木が苦悶の表情を浮かべつつある。

「すでに左足が出ている」

「!」

臍帯(さいたい)も降りて一部が出ている」

「さ…臍帯脱出…うそ……」一気に佐々木の顔色が蒼白になる。


「今は11時前、産科は計画出産でラッシュ中だ 間に合わない」


南はきっぱりと言い切った。


「だからERで出産だ 私がやる……大丈夫、任せて」


その言葉に、佐々木はガタガタと震えながらも、覚悟を決めたように頷いた。


南は佐々木の産道を内側から圧迫し、胎児が降りてこようとするのを防ぎながら本宮にリクエストする。

「梨沙ちゃん、上でサボってケーキ喰ってる福岡先生をコールして『32歳女性、初産婦、36週骨盤位、足位、臍帯脱出 緊急搬入』と伝えてくれ! とっとと降りてこいと!」


「り、了解です!3号か4号を使いますか?」本宮がシヴァームのある外傷3、4号を提案する。

「…ふむ…それもいいね、梨沙ちゃんナイスだ」

「あ、ありがとうございます……外傷4号です!し、シヴァーム、スタンバイ!です!」


自動ドアが開き、南がまたがったストレッチャーが外傷4号に滑り込む。


「もー真琴先生ぇ、どうしたんですかぁ? ここ産科じゃないですよお?」


福岡が間延びした声で出迎える。とっとと降りてきたみたいだ。


「お前さんも知ってる32歳女性、妊娠36週で逆子、足位 子宮口10センチで既に全開だが臍帯脱出、臍帯圧迫、左足が左ひざまで出ている」

「羊水はどのくらい出ましたかあ?」福岡はERにいるが、本来は小児科である。産科もカバーできる。確認事項は確実だ。

「あー、推定1000ccだからほぼ全部 一番多い時に破水したな 一部血液が混じっていた」と南は血で汚れた自分のチノパンを指差す。

「じゃあ10分以内で出産したいですねぇ」あくまでのんびりした口調の福岡だが、てきぱきと準備している。

「その通り…ルナ、こないだアイルランドのメーカからかっぱらった新型胎児モニタ(ルキナ・シリンクス)を付けてシヴァームを展開せよ せっかくだから試そう」

【ツピ!シヴァーム展開 高精度胎児モニタユニット使用 8秒で展開します】

「妊婦は我々のVIPである 失礼のないようにされたし」南が軽くジョークを飛ばす。


【ツピ!一部訂正 ルキナ・シリンクス(出産へ導く女神の笛)は正当な手段でアイルランドから輸入されています】

「うわあーこれがAIのハルシネーション(架空の事実情報)というやつですねぇ!すごぉい!」福岡が半分馬鹿にしたように呆れて笑う。福岡も南も、これが導入されたいきさつを知っているようだ。

「この痛さは事実ですけどね…ってあいたたたた」佐々木も冗談を返したいが、それどころじゃないくらいに痛くなってきたらしい。


胎児モニタユニットには、超音波、ヴァイタル計測の一式のユニットが装備されている。

アイルランドの医療機器メーカが開発したルキナ・シリンクスは、胎児や母体に一切センサをつけることなく、完全に遠隔で測定することが可能なユニットだ。シヴァーム用に改造されたものを、聖路都がテスト運用と称して「かっぱらって」いる。

言うまでもなく、かっぱらったのは勅使河原院長だ。


南はシヴァームの展開までを待たずに、

「産科医を待ってる時間はない ここで経腟分娩(けいちつぶんべん)でいこう」と告げる。

「えぇー、逆子ちゃんを経腟でぇ? 真琴先生、それってすっごく大変じゃないですかぁ?」

「イスラエルやパレスチナ、南スーダン、マリ、エリトリア…何度もやった…両手じゃ数えられないくらいの国でやった…咲は母体管理、長妻ちゃんはNCPR(新生児心肺蘇生)準備 吸引器も念のため準備」


大変かどうかは、南にとっては問題ではない。

逆子の経膣分娩は、何もないところで何十例も経験している。

もちろんそのすべてが成功したわけではないが…


しかしそれにも福岡はニコニコと動じない。

「はぁーい、了解でーす がんばろうねー天音ちゃーん (ひびき)ちゃーん、準備お願いしまあす」

「すでに準備中…慌てない…」冷静に手早く準備を行っている長妻にも、特に焦りの色は無い。

長妻は福岡とは対照的な鋭い動きで器具を展開する。


「がっ…は…っ!! いっ…痛ったあ……!」

麻酔はないので、無痛分娩の予定だった佐々木を想像を絶する激痛が襲う。

通常の無痛分娩なら腰の仙骨付近にある硬膜外腔にカテーテルを入れ、リドカインやロピバカインなどの麻酔を継続的に入れるケースが多いが、いずれにしろ効き始めるまでには10分程度かかる。

現在進行中のケースでは、麻酔が効く前にすべてが終わってしまう。

しかし佐々木の恐怖は、麻酔が効かないこともそうだが、我が子に対する懸念のほうが大きかった。


「…まだ36週なの……早産になっちゃうよ……」

佐々木が脂汗を流しながら、絞り出すように訴える。


「ならない 36週なら何の問題もない」南があっさり答える。


「ねえ、福岡先生、赤ちゃん、大丈夫なの……? ちゃんと育ってるの……?」

「私の話を聞けよ天音ちゃん…まあ専門家の方が聞くにはいいけどね」南が苦笑する。


佐々木の震える手を、福岡が力強く、しかし優しく包み込んだ。

「大丈夫よお天音ちゃん 36週なら肺の機能もほとんど完成してるから心配いらなーい」

「福岡先生……」

「私の娘も37週だったしいー全然問題ないわよおー」

咲月(さつき)ちゃんも…そうだったんですね…」


「ここは世界最強のER…そして私たちがここにいる 50万円分のお祝いは使ってもらわなくちゃ…でしょ?」

長妻が珍しく冗談交じりに答える。その頼もしい冗談に、佐々木の瞳に少しだけ力が戻る。

「はい……っ!」


「よし咲、長妻ちゃん、15秒で説明する ルナ、断面図をメインディスプレイに表示せよ 天音ちゃんは見ちゃダメ」

ツピ!と反応し、ルキナ・シリンクスによるAR画像を出す。

南は佐々木の顔の真横に移動し、少々…いや、かなりグロテスクに見えるAR(拡張現実)画像を佐々木に見せないようにする。


極めてリアルなクオータービューで、会陰から肋骨の下まで斜めの断面図が表示される。

そしてそこには、とても窮屈な姿勢の胎児が表示されている。

これは母親にとっては見たくない画像だ。


「もう胎児は右足が出ている したがってカイザー(帝王切開)するためのザバネリは論外」ディスプレイではなく、佐々木の会陰部分を指差して南が説明する。

「ここまで出てる逆子ちゃんを押し戻すザバネリはダメよねぇー」

ザバネリは通常分娩で肩が引っかかって産道を通らないときに、子宮内に胎児を押し戻して帝王切開する「最終手段」だ。

「つまり、このまま経膣分娩を行うのが最も安全だ」

「そうね、それが一番かも」分娩を何度もこなしている長妻が頷く。

「さっ、さっ、逆子なのに下から出すの?」佐々木がどうしても心配そうに聞く。

「昔はみんな下から出してたんだよ そういう技術を持った産科医がワンサカいたのさ」南が答える。あくまで普通に。

「私もできるわよぉー たぶん」福岡が答える。あくまで普通に。

「今の逆子分娩はみんな帝王切開するけどね」長妻が答える。あくまで普通に。


「しかしこの状態からだと頭と臍帯が子宮口で引っかかる可能性大だ したがって会陰を…そうだな、4センチ程度会陰切開(えいんせっかい)する つまり術式は側方切開、5時の方向に肛門から反対方向に切る ルナ、このプランの妥当性を推論されたし」

【ツピ!やや難易度は高いですが 手技が確実であれば最も安全です】

「…おいおい誰に言ってんだルナ?」南が不敵に微笑む。


「え、え、え、え、え、会陰切開!?」佐々木が仰天する。

「もう麻酔打っても時間ないし、どっちみち陣痛の痛みのほうが勝るから、ごめん、麻酔なしで切るわ天音ちゃん」苦笑いしている南。

「っ…!」


「よし手技を始める ベストを尽くそう 天使を迎えるぞ」またしても下手なウインクを披露する南。

「そのウインクよりはうまくできます」キリッと長妻が笑う。

「ウインクらしきものは置いといて、りょうかあーい」ゆるっと福岡が笑う。


「…ウインク練習してるんだけどな……まあいい ルナ、分娩開始、時刻記録、プライヴェートモード 会陰以外の部分は記録から削除されたし」

【ツピ!南先生、福岡先生、手技開始 プライヴェートモード オン 現時刻11時00分 プライマリターゲット 経膣分娩】


「よし、切る 長妻ちゃん、ブラウンスタドラー」

会陰切開用のハサミを長妻から受け取り、胎児の足を慎重に避けながら会陰切開を入れる。

「切開量訂正…4センチから…3センチ…にする…よし完了…骨盤が大きいから、これで十分だ」


「南先生、私のおしりが大きいとでもいいたいのかしら?あー?…あいたたたたた」

「あーもう…後で殴りたかったら好きなだけ殴っていいから、ちょっと黙ってようか天音ちゃん」顔をしかめる南。


【ツピ!血圧90の65 心拍115、血圧やや低下】

「んー、じゃあ輸液全開でいきまあす ルナー、オキシトシン準備ー」

【ツピ!オキシトシン スタンバイします 分娩開始後にオートで投与】 


「まだいきまない… 引っ張らないで…」


南が佐々木に優しく告げる。赤ちゃんの足と腰までがスルッと出てくる。ここから不用意に引けば、最後に一番大きな頭が引っかかり、首の骨を折るか窒息する。


(臍帯拍動は微弱だが……急ぐが焦らない…ベエズラト・ハシェム(神の力を借りて行く)

いつも通り南が神に「邪魔すんな」と暗示をかける。


「肩が出た…から…ここで…回す」


「回す?」福岡が思わずつぶやく。


南は慎重に、かつ大胆に胎児の体を回転させ、背中側を上に向ける。

そして、その手を佐々木の胎内深く、赤ちゃんの顔面へと差し込む。


(よし、口と顎を確認 ぜんぜん行ける 難易度は…それほど高くない…!)


南は自分の人差し指を迷わず胎児の口にかけ、顎を引かせる。


「えっ…マウリツェー法……!」

長妻が息を呑む。


「おぉー、真琴先生すごぉい 教科書でしか見たことないですぅ」

福岡が感心したように呟きつつ、モニターから目を離さない。

「母体安定してまぁす いけまーす」

「産科から学生呼んで見物料取るべきだったな」南がつぶやく。

「もう!あんま見られたくないんだ…ってば…があああっ!」


「天音ちゃん、今よ! いきんで!!」

「んんーーーーっ!!」


母の叫びとともに、南は手首を返し、ゆったりとした円を描くように胎児を引き抜く。


ずるり、と重い塊が完全に抜け出し、南の腕の中に収まる。

一瞬の静寂。

ぐったりとして、青白い小さな体。

ヒュッ、と小さな吸気音が聞こえ――。


「オギャアアアアア! オギャアアアア!」


力強い、けれど少し高い泣き声が外傷4号に響き渡る。


「泣いた……!」

「はぁい 11時7分誕生ー 元気な女の子ですねぇー」

福岡が笑顔で計測器を覗き込む。

「体重は……2502グラム…んー、様子を見てみたいけど、チアノーゼは全く無いしぃ…これならギリギリ保育器に入らなくて平気かなぁー? よかったですねぇー」


「よかったな! おめでとう天音ちゃん」南がサムアップする。

「はい、ママ」長妻が綺麗に拭いてタオルに包んだ赤ちゃんを差し出すと、佐々木の目から大粒の涙が溢れ出した。

「よかった……よかったぁ……ありがとう…」


南は深い息を吐き、血と羊水で汚れた手袋を外す。

「よく頑張ったね天音ちゃん 今度は…Mitsurinで買いたいものをカートにガンガン入れる快感に浸ろう…」

「あれ気持ちいいわよね、私も酒呑んでる時にやったことがある 酔いがさめた後に全部キャンセルしたけど」長妻が結構迷惑なことを言う。


「はーいカワイコちゃんにはおばちゃんがベロベロバアー」面白い顔をする南。


「…」


「…」


「…」


一瞬、場が静まる。


「…キャラ崩壊してますよお?真琴先生?」

「キャラとは何だキャラとは」


へその緒の処置が終わり、ようやく落ち着きを取り戻した外傷4号。

会陰切開の後を長妻が縫合している。

「3-0のバイクリルだから…まあ4~5日で溶けるわ…突っ張る感じもなくなる」

「…長妻さん…なんか微妙に痛いんですけど…」

「チクチクやってるからね…もうちょいだから我慢してね…それと…」

「それと?」

「4週間はセックス禁止」

「しませんよ! しかし…職場だから恥ずかしいなあーああーもう!」

「私たちは仕事だから…気にしてないわ そうよね、南先生?」

「…なんで私に振るのさ…反応しづらいなあ…」と苦笑いする南。


「まあでも会陰切開やってて大正解、肛門括約筋まで裂けるところだったわよ…そうなると…1か月以上トイレが…」長妻がおどけて脅す。

「ひいっ…もう痛いのはカンベンですなあ…」佐々木もリラックスしてきた。

「しかし…南先生、今の日本ではほとんど行われないマウリツェー法に完璧な会陰切開…これどこで?」

「そいつぁ…企業秘密よ」ニヤリと笑う南。

「…またそれですか…今度アレクサンドリア(H A L O 本部)に鬼電して聞きます」長妻の冗談も心なしか滑らかだ。


そこへ、


バーーーン!!


処置室のドアが勢いよく開いた。

肩で息をして、汗だくの男性が飛び込んでくる。佐々木の夫、疾風(はやて)だ。


「はぁ、はぁ……っ! 天音!! 大丈夫か!? 生まれるって……!」


彼が見たのは、分娩台の上で穏やかに微笑む妻と、その腕の中で眠る小さな命。そして、満足げに片付けをしている医療スタッフたち。


「……え? もう、生まれた……?」

疾風が間の抜けた声を出す。


福岡がふふっと笑って、彼に歩み寄る。

「旦那さぁん、ちょっと遅かったですねぇ でも、とーっても可愛い女の子ですよぉ」


「あ……」

疾風が妻のもとへ駆け寄る。

「天音、無事か!? 赤ちゃんは……?」

「うん……見て、疾風…女の子よ……2500グラムちょっとだって」

佐々木が涙ぐみながら、小さな包みを夫に見せる。


「ちいさい……でも、温かい……」

疾風は震える手で赤ちゃんの頬に触れ、そして二人で決めていた名前を呼ぶ。


「ようこそ……風音(かざね)


それを聞いた長妻が、カルテに名前を書き込みながら微笑んだ。

「かざねちゃん、ね。いい名前」


佐々木が優しく頷く。

「はい…「疾風」の風と、私の天音の音、で風音です」

「何があっても風の音のように軽やかに超えていける強い子になりますようにって」

疾風が少し照れくさそうに付け加えた。

「いいわね…!実に哲学的だ!」少々オーバーに手を広げて南が答える。

「真琴先生ぇ、お疲れ様でしたぁ。かっこよかったですよぉ?」

福岡に茶化され、南はわざとらしく腕組みをしてドヤ顔をする。

「むん…! …これでいいかな?」

「よーしそのままストップ みんなで写真撮りましょー」どこからともなくスマホスタンドを取り出し、全員が映る位置に置く。

福岡がスタンドの上に自分のスマホを置き、セルフタイマーをかける。


パシャ


挿絵(By みてみん)


「よーしあとでそれくれ咲」

「りょうかーい」

「日本でマウリツェー法ができる産科医はもういないかも…産科に行けますね、南先生」長妻もニヤリとする。

「……ただ仕事をしただけだよ… たまには……悪魔じゃなく、天使が来る方がずっといい 気分もね」


南は去り際に風音に近づき語りかける。

「……シャローム(שָׁלוֹם)マルハバン(مرحبا)! 」


平和あれ。ようこそ、この世界へ。





TUNE INTO THE NEXT

SAME SERVANT NEST

SAME ST. ROAT EMERGENCY ROOM


挿絵(By みてみん)

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